恋愛SF『ミッドナイト・ブルー グリフィン編』7章
7章 紅泉
みんな、あたしを馬鹿だと思っている。
一族の総帥であるヴェーラお祖母さまも、従兄弟のシレールも、司法局員にしては物分かりのいいミギワ・クローデルも、そして親友の探春でさえも。
思い立ったらすぐに飛び出す軽はずみ、反省を知らない能天気、と言うのだ。
いちいち反論はしないが、あたしだって、少しはものを考える。
――いいのか、このままで。
〝リリス〟が懸賞金リストに載せられたのは、これまでの活動の結果だから、仕方ない。違法強化体であるあたしたちを、市民社会の要人たちと並べて評価してくれたのだから、感謝してもいい。
〝リリス〟というのは、あたしと探春のペアのことだが、戦いの主役はあたしである。あたしがいなければ、探春は、一族の領宙から出ることはなかっただろうから。
その〝リリス〟が世間の注目の的になったからと言って、おとなしく隠れ暮らしたままでいいのか。
快適なホテルとはいえ、いつまで籠もっていれば済む?
司法局はあたしたちに任務を続けさせたがったが、連邦最高議会から横槍が入ったのだ。市民社会に違法強化体をうろつかせるのはまずい、マスコミも騒いでいるし、しばらく謹慎させておけ、と。
もしかすると、このままお役御免かもしれない。司法局では二度と雇ってくれず、市民社会への出入りも禁じられるかもしれない。
探春は、平和な植民惑星で過ごすバカンスを愛しているのに。
かといって、故郷の違法都市《ティルス》へ戻っても、あたしは座敷牢行きかもしれない。ヴェーラお祖母さまは元々、ハンター稼業には反対だったから。
『そんなものは、あなたの自己満足でしょう、紅泉。小悪党を退治したところで、〝連合〟の支配体制は変わらないわ』
この懸賞金騒ぎで、ますますお怒りなのではないだろうか。
一族の最高指導者である麗香姉さまも、今度ばかりは、あたしをかばってくれないかも。
それは困る。一族の支援がないと、必要な艦隊を維持できない。司法局からの賞金だけで、何年も違法組織と戦い続けられるものか。
最高議会の連中、〝リリス〟への報酬が高すぎるなんて、辺境の現実を知らないのだ。一回まともな戦闘をやったら、船や装備の補充に、いくらかかると思ってる。
一族の造船工場に実費で頼んでいるから、何とかやりくりがついているだけだ。そのあたしが、報酬目当てのハイエナだって?
冗談ではない。ボランティアと言ってもいいくらいだ。
あれこれ思い悩んでいると、むかむかしてくる。最高幹部会の思惑通り、〝リリス〟は行動を封じられてしまったのだ。
あたしがいなかったら、他に誰が、はるばる辺境まで、凶悪犯を追っていく? そいつらとつるんでいる違法組織を、どうやって壊滅させる?
もしも、そんな奇特な闘士が現れたとしても、しばらく活躍したら、その人物まで賞金首にされてしまう。
政治家だって学者だって、目立つ活動をしたら懸賞金リストに載せられると思えば、自己規制してしまうだろう。つまり、市民社会は無力化する一方だ。
「紅泉、おかしなこと考えないで」
探春が、あたしの背中にそっと顔を寄せてきた。蜂蜜のような、甘い香水の香りがする。
あたしたちはホテルの中庭を見下ろす窓辺にいるが、バルコニーには緑の植え込みがあって、目隠しになっているから、中庭に面した他の部屋からの視線を気にしなくて済む。
惑星首都の一角にありながら、プライバシーが守れる作りのホテルだった。作家や映画スターなどの有名人が、便利な隠れ家として愛用している宿らしい。
つまり、あたしたちも有名人になってしまったわけ。
グリフィンの放送までは、軍と司法局のわずかな関係者にしか知られていなかったから、あちこち素顔で出歩けたのに。買い物をしたり、クラシック音楽や流行歌手のコンサートを楽しんだり、温泉宿を泊まり歩いたり。こういう日々を過ごすために、ハンターの仕事をしているのだと言ってもいい。
「わたしたちは指示通り、隠れていればいいのよ。懸賞金制度にどう対応するかは、連邦政府が決めることだわ」
「ないよ、対策なんか」
「えっ?」
「政府の機能なんて、とっくに骨抜きだ。惑星連邦自体が、虚構みたいなもんだ」
議員や高官、学者や財界の有力者のうち、誰が〝連合〟の操り人形になっているか、わかりはしない。多くの市民は、汚染がどこまで進行しているか、その実態を知らないのだ。
連邦軍の艦隊など、とうの昔に〝連合〟の大艦隊の敵ではない。まともにぶつかれば、いや、ぶつかる前に遠隔で制御を乗っ取られる。既に、それだけの技術格差がついてしまっている。
市民たちはこのまま未来永劫、羊の群れでいるつもりか。
真の飼い主は、最高幹部会だ。市民たちは、彼らに捧げるために、子供を育てている。
「だからって、わたしたちに何ができるの? こうなったのは、市民たちが長いこと、辺境の無法状態から目を背けていたからよ」
「ま、そうなんだけどね」
普通の人間は、自分の生活の安泰を真っ先に考える。だから、彼らが辺境を無視していたことは、責められない。まともな市民は、自分たちの暮らす植民惑星を理想郷にすることに忙しかったのだ。
その間に、辺境の宇宙へ出た開拓者たちは、組織を作ってバイオロイドの部下を培養し、互いに勢力争いを繰り返していた。その争いの中で、戦術も科学技術も急速に磨かれた。
研究に制限がないのだから、進歩は速い。使える資源とエネルギーは、無尽蔵だ。
そうして、多くの市民が気づいた時、辺境の違法組織は、大きな連合体になっていた。人口からすれば小さな集まりだが、科学技術では、市民社会を大きく引き離している。
〝連合〟はその優位を保つため、市民社会から有能な研究者を引き抜き、まともな対策を立てられる政治家や官僚たちを、次々に洗脳したり、暗殺したりしてきた。
このままでは、辺境の優位はいつまでも続く。
このホテルに押し込められてから、あたしはずっと考えていた。何か一つでいい。最高幹部会に、打撃を与えてやれないか。
――たとえば、あたしがグリフィンを仕留められたら。
最高幹部会は次の誰かを立てるだろうが、そうしたら、そいつも倒す。誰も、懸賞金制度の責任者になりたがらなくなるまで。
「ねえ、屋敷に帰らない?」
探春は、あたしの背中に顔をすりつけたまま言う。
「もうハンターとして、十分に戦ったわ。〝リリス〟が引退すれば、誰も追ってこないわよ。何年か、屋敷でのんびりしてから、また何か、新しい活動を考えればいいじゃない」
探春の気持ちはわかる。あたしは元々、勝ち目のない戦いをしているのだ。〝連合〟はもはや市民社会を包囲し、内部にも浸透している。
しかし、戦いをあきらめたら、何が残る?
何より、自分で自分を軽蔑してしまう。
戦うこと、抵抗し続けることに意義があるのだ。少なくとも、あたしの場合はそうだ。
――ああ、まったくもう。
壁にぶつかると、あいつのことを思い出す。二つ年上の従兄弟。シヴァがいたら、一族の守りを託し、探春を預けておけるのに。そうしたら、あたしは、もっと思いきった動きができる。
今はあたしが行く所、どこにでも探春が付いてくるから、本当の危険は避けるしかないのだ。
あたしが絶対に失えないものは、この従姉妹だけ。
「離していいよ。勝手に逃げたりしないから」
身をねじって言うと、細い腕があたしの胴体から離れた。探春は何か言いたげにしているけれど、でも、言えないでいる。あたしが活動を欲していることを、よく理解しているのだ。強化体であるあたしは、湧き上がるエネルギーを持て余している。何もしなければ、このエネルギーは無駄に爆発してしまうだろう。
「ごめん、苦労ばかりかけて」
すると、白い顔が花のように微笑んだ。金茶色の瞳は、いつものように間近であたしを映している。探春が一番に望んでいるものは……昔からずっと、従姉妹のあたしだけ。それは本当は、良くないことなのかもしれないけれど。
「そう思うなら、いたわって。わたし、ダンスがしたいの。ワルツを踊ってちょうだい」
いいですとも。お安いご用。男役ばかりの自分が、自分で哀れになるけれど。
それは、なるべく表には出さないようにしている。天下無敵の能天気。それが、あたしの役回りなのだから。
『ミッドナイト・ブルー グリフィン編』8章に続く
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