恋愛SF『ミッドナイト・ブルー グリフィン編』6章
6章 シヴァ
やられた。
やりやがった。
まさか、こんなに早く、暗殺の成功例が出るとは。懸賞金リストを公表してから、たった一か月ではないか。
やってのけたのは、学生だ。男二人、女一人の三人組。母校である大学に講演に来た政治家を(まともな人物で、しかも二児の母親だったのに!!)、毒殺しやがった。
護衛官たちも、聴衆や大学職員たちは警戒していたが、講演会を企画した若い学生たちのことは、疑っていなかったのだ。軍と司法局、議会に付属する護衛庁、それに地元警察の間で、警備要員の相互乗り入れがあったせいもある。関係者が多くなると、どこかで連絡洩れや依存心が発生するものだ。
その学生三人組は、張議員が演壇で喉を潤すための水に、特殊な微生物を仕込んだ。そして講演会が終わってから、グリフィン事務局に要求してきた。自分たち三人の、脱出の手配をしてくれと。
微生物が標的の体内で増殖し、致命的な毒物を分泌するまで、一日か二日はかかるという。それは、大学の付属研究所から盗んだ微生物だというから、まったく、中央の警備体制はなっていない。
俺は最初、張議員の治療ができないものかと考えた。何らかの偽装で当局に情報を漏らしてやれば、治療が間に合うのではないか。しかし、ルワナに止められた。
「いけません。リザードさまに禁じられています。そんな小細工はさせられません。グリフィンという存在を、甘く見られてしまいます」
「だが、相手が〝リリス〟なら、守ってもいいんだろう」
「今回は議員です。失っても代わりはいます」
「子供の母親だぞ!!」
「実行の前なら、まだ方法はありました。でも、どのみち、今からでは間に合いません」
俺がグリフィン艦隊の指揮官だとはいえ、真の決定権を握っているのは、遠隔地にいるリザードだ。リザードが認めない行動は、艦隊の管理システムに拒否される。
実際、ルワナと議論しているうちに、張議員は倒れ、病院に搬送された直後に死亡した。学生たちが予測していたより、早い展開だ。死因が特定され、追及が始まるまでには、たいした猶予がない。
やむなく、複数ある惑星脱出ルートの一つを使い(〝連合〟傘下の組織が協力者のために用意していたものを、横取りしたのだ)、学生三人組をいったん民間企業の倉庫に匿ってから、コンテナに隠して宇宙空間に脱出させた。本格的な捜査が始まる頃には、学生たちは遠くへ運ばれている。複数の企業の輸送船を利用し、中央の外れで、違法組織の船に出迎えさせる手筈を整えたのだ。
俺は自分の仕事の汚さにむかむかしたが、通話画面で話したリザードは涼しい顔だった。
「最初の成功例だ、派手に歓迎してやればいい。その様子を見たら、次の跳ね上がり者が現れるだろう」
まだ社会に出てもいない学生のくせに、母校の大先輩を殺して、その報酬でぬくぬく暮らそうとは。何という、腐りきったガキどもだ。
通話を終えてから、ルワナの前で怒鳴り散らしてしまった。
「そんなに辺境に出たいのか!? 不老処置を受けたいのか!? 永遠に、闘争し続けなきゃならないんだぞ!! 大体、よくもグリフィンなんて、得体の知れない奴を頼ろうなんて思ったな!!」
ルワナは自分のデスクで書類の整理をしながら、穏やかに言う。
「若いうちは、何でもできると思っているのですわ。優秀な若者は、天井知らずに自惚れているのが普通です」
口の中に、苦いものを感じた。俺も、以前はそうだったかもしれない。だが、実際には女一人、守れなかった。親友は今も、どこかで冷凍カプセル詰めだ。
……自分の無力を知ることが、大人になるということか。
「いいだろう、派手に歓迎してやる。有力組織に迎えて、幹部に据えてやろう。だが、ちやほやするのは半年程度だ。その後は、俺の好きにさせてもらう」
ルワナは平静だ。
「どうなさるおつもりです?」
「三人とも、冷凍保存だ。十年ばかり寝かせておいてから、司法局に送り届けてやろう」
ルワナは首をかしげたが、反対はしなかった。十年後、俺がこの地位に残っているかどうかわからないのだから、当然だ。言うだけ言わせておいても害はない、と思うのだろう。
もちろん、俺だって綺麗な身ではない。だが、人を殺したとしても、これまでは、対等な戦いの結果だった。殺さなければ殺される、というぎりぎりの場面をしのいできただけだ。
暗殺の幇助は、後味が悪い。不安も強い。もし、〝リリス〟を暗殺しようと企む奴が、こちらの知らないうちに、独自の計画を進めていたら。
(頼むから、事前に連絡してきてくれ)
と祈った。暗殺計画に最初から関与できるなら、効果的に妨害できる。性能の劣った武器を渡すとか、狙撃の邪魔をするとか、爆弾の爆破タイミングをずらすとか、当局に密告するとか。
グリフィンをあてにする腐った犯人の方が、望ましいのだ。
「グリフィンさま、お茶の時間です」
リナがにこにこして、ワゴンを押してきた。おかげで、深刻な気分が薄れてしまう。
リナはすっかり、秘書ごっこに熱中していた。俺の好みも把握して、毎日、至れり尽くせりの世話焼きぶりだ。コーヒーには濃いクリーム、ハンバーガーには玉ねぎとピクルス、フライドポテトには強めの塩味、アップルパイはレーズン入り。
「ルワナさんには、紅茶とクッキーです」
「あら、ありがとう」
「わたしは、バナナパフェをいただきます」
相変わらず幼稚だが、この娘もこれで、事情を抱えているのだ。ルワナから聞いた。子供の頃、両親と共に中央の客船から拉致され、他の数百名の船客と同様、競りにかけられ、別々に売り飛ばされたのだという。
売られた先の組織をリザードが潰して、生体実験の材料にされていた子供たちを手に入れた。何人かはそのまま継続して実験に使い、死なせたが、リナは生体強化がうまくいき、運良く生き残った一人だという。
利発で負けず嫌いだったので、リザードに気に入られ、手元で幹部要員として鍛えられたのだとか。
聞いてしまえば、哀れな話だ。本人はもう、子供時代の記憶を失い(生体強化の実験台にされ、色々な薬品を使われた結果だ)、リザードのことを父親のように慕っている。
「旅行にも連れていっていただいたし、毎年、誕生日のプレゼントももらっているんですよ」
「おまえ、自分の誕生日を覚えているのか?」
「リザードさまと会った日を、新しい誕生日にしたんです」
自慢げなリナの顔を、直視できないくらいだった。彼にとっては、道具の一つに過ぎないというのに。金では買えない忠誠心を、子供時代から育てることによって、手に入れただけのこと。
もし、この娘のことを本気で心配してやる者がいるとしたら、それは、俺くらいのものではないか。
それで、ルワナがいない時を狙い、そっとリナに問いかけてみた。
「リナ、おまえ、中央に帰りたくないのか。本当の家族が恋しくないのか」
すると、リナは黒い目を見開いて、きょとんとする。
「だって、何も覚えていませんから……」
「だが、おまえの一族は、おまえを待ち続けているはずだ。売られた両親はもう死んでいるかもしれないが、故郷の星には、祖父母も親戚もいるはずだぞ」
俺に権限があれば、この子を中央に送り届けてやれるのだが。リナは少し考えたが、首を横に振った。
「無駄です。わたしの乗った船が襲われても、軍は助けてくれませんでした」
「それは、間に合わなかっただけだ」
「いいえ。違法都市で売られても、実験台にされても、ずっとずっと、助けは来ませんでした。軍も司法局も、被害者のことを未解決事件のファイルに入れて、忘れてしまいました」
俺はつい、反論に詰まる。確かに軍や司法局は、違法組織がらみの犯罪には及び腰だ。辺境は広すぎ、違法組織は数多い。だからこそ、紅泉たちのようなハンターを利用する。正規の軍人や捜査官は法に縛られるが、灰色のハンターなら、当局は成果だけを受け取ればいい。ハンターがしくじって死んでも、市民社会に損失はない。
「市民社会にいても、安全ではないってことでしょう? 戻ったところで、また誘拐されるかもしれないじゃないですか。だったら、有力な違法組織にいた方がましです。ここから更に誘拐されることなんて、まずないんですもの」
皮肉な話だ。市民社会にいるより、大手の違法組織の一員でいる方が安心だとは。
「しかし、ここにいて楽しいか。こんな戦闘艦の中で暮らして」
「あら、そうですね」
リナはなぜか、笑いをこらえる顔をした。
「少なくとも、セレネとレティシアは、わたしをうらやんでくれます。わたし、グリフィンさまの秘書になれて、ラッキーかな」
何をぬかす。
「俺を殺しかけておいて、言う台詞か?」
「あら、わたしは本気じゃありませんでした。グリフィンさまだって、余裕でかわせたじゃありませんか」
「本気で怒ってたように見えたぞ」
すると、リナはころころ笑う。
「グリフィンさまって、女心が全然おわかりにならないんですね。男の人だから、仕方ないですけど」
何が女心だ。まだ小娘のくせに。
だが、そう言ったらまた、リナはぎゃんぎゃん反論してくるだろうから、口には出さない。
それにしても、だ。小娘にも恐れられないグリフィンで、いいのだろうか。
***
ジョルファは週に二回程度、セレネとレティシアを従えて、俺の暮らす船にやってくる。そして、俺の指図したことのあれこれに、細かく難癖をつけてくる。
「この男には、もう一段階、見張りを付けた方がいい。この性格からして、予想外の行動をとりかねない」
「この援助はやりすぎだ。無駄な死人が増える。与える武器は最小限でいい」
「この妨害工作は露骨すぎる。もっと遠回しにするべきだ。後で司法局にたどられてしまう」
言い返せることもあれば、できないこともあった。向こうも馬鹿ではない。資料をよく検討して、計画の穴を突いてくる。
それもまた、悪くはなかった。議論しているうちに、もっといいやり方が見えてきたりする。他人の発想は、俺には新鮮な驚きだった。言い合いをするのも、脳の刺激になる。これまでは、ひたすらショーティに指導されるだけだったからな。
(俺に足りなかったのは、人間との付き合いか)
とも思うようになった。腹が立つこともあるが、笑えることもあり、毎日が忙しくて、あっという間に時間が過ぎる。
用件が済むと、ジョルファはすぐ自分の拠点に引き上げていくが、セレネとレティシアは一時間かそこら、余計に残っていくことが多かった。そして、何だかんだ俺にまとわりついてくる。
「グリフィンさま、お忍びでドライブに行きません? 森の中なら、少しくらいは散策しても大丈夫ですわ」
「人目を気にせず、のんびりできるホテルがありますのよ。気晴らしにいかが?」
どちらも熟れた美女だが、背後にジョルファがいると思うと、俺はひたすら怖い。どんな罠が待っているか、わからない。間違っても、ちょん切られるような羽目に陥りたくない。
だが、近頃では、リナが俺の盾になってくれる。腰に手を当てて、昂然と言うのだ。
「お二人とも、無駄ですわ。グリフィンさまは、そういう私的な外出はなさいません。もし外出なさる時は、わたしがお供します」
すると美女二人は、冷ややかな笑みを浮かべる。
「あら、リナ、お子様は引っ込んでいていいのよ。わたしたち、あなたは誘っていないんだから」
「誘われなくても、グリフィンさまのいらっしゃる所にはお供します。わたし、護衛ですから」
「まあ、一人前の口を利くようになったわね。ついこの間まで、リザードさまに甘えていたくせに」
むろん、セレネもレティシアも、背伸びしているリナを可愛いと思い、からかうことを楽しんでいるのだが、リナは本気で憤然とする。
「今は、グリフィンさまの秘書です。お二人とも、ジョルファさまのお側にいなくていいんですか。お役目怠慢ですよ!!」
年上の女たちは、余裕で受け流す。
「ジョルファさまにはちゃんと、わたしの部下たちが付いているわ」
「わたしたちにだって、自由時間くらいあるのよ」
「なら、よそで遊べばいいじゃありませんか。グリフィンさまは、迷惑なさっているんですよ!!」
俺はその間に、こそこそ逃げる。ルワナは我関せずで仕事しているので、彼女の執務室に隠れたりする。
「女同士で仲良くすればいいのに、なぜ、ああなるんだ?」
「いいんですのよ、あれで。セレネもレティシアも、グリフィンさまが誘惑に乗らないのはもう納得していますが、意地があるから引けないんです」
「何の意地だ?」
「女にとって、殿方を魅惑できることは、大きな自信になるんですわ」
誘惑ゲームか。ろくでもない。
「女ってやつは、世界中の男が、自分の奴隷にならないと気が済まんのか?」
「あら、何も、世界中の男性でなくていいんですのよ。自分が狙いをつけた殿方だけで」
「俺が、グリフィンの地位にあるからだろ?」
一文無しの負け犬の俺だったら、彼女たちは洟もひっかけないだろう。
「その認識ができる点、グリフィンさまは、まともでいらっしゃいます。大抵の男性は、自分の魅力と、自分の地位の魅力を混同していますからね」
褒められたのだろうか。それとも、あやされたのだろうか。ルワナは俺のことも、小僧扱いしているからな。
そこへ、勝ち誇ったようなリナがやってくる。
「グリフィンさま、しつこい方たちは引き上げました。お夕食が済んだら、お忍びでドライブに行きませんか? よろしければ、ルワナさんも」
ルワナはほんのり苦笑する。
「いいえ、わたくしは結構。二人で行ってらっしゃい。けれど、迂闊に姿をさらしてはいけませんよ。どこに〝リリス〟のスパイがいるか、わからないのだから」
紅泉たちは、ほとんどの違法都市に有機体アンドロイドの助手を配置して、情報収集に当たらせている。それもこちらで把握しているつもりだが、見落としている部分があるかもしれない。
「はあい、わかってます」
《フェンリル》の組織力を後ろ盾に育ったリナはお気楽だが、まあいいだろう。この子が機嫌よくしていると、俺はほっとする。何か、置き忘れてきた大事なものを取り戻したような気がして。
若い娘は本当は、これくらい無邪気でいいはずなのだ。世間の荒波と戦うのは、もっと後でいい。
いや、そうではない……それは違う、な。
この子は家族から引き離され、身体強化の実験台にされ、記憶を奪われた。この明るさは、虚無に通じている。おそらくは、絶望からきた開き直りのようなもの。
だからこそ、せめて、俺の元では安心させてやりたい。この生活がいつまで続くものか、俺にもわからないが。
『ミッドナイト・ブルー グリフィン編』7章に続く
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