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古典リメイク『レッド・レンズマン』11章-5

 

11章-5 クリス

 広場に降り立ったわたしは、まず、一人で歩み出て、大柄な女性に握手を求めた。

「あなたが女王ヘレンですね。初めまして。外交団の代表、クラリッサ・マクドゥガルです」

 わたしも小柄ではないが、彼女はわたしより一回り大きく、たくましい。予期していた通り、差し出した手は無視された。ヘレンは昂然と顔を上げたまま、わたしに宣告する。

「指揮官よ、侵略でないふりは止めよ」

 豊かな声量、そして堂々たる態度。思わず見惚れてしまう。

「我々は、おまえたちの科学力には勝てないと認識している。だから、やむなくおまえたちの上陸を認めたのだ。用件だけ、端的に言うがよい」

 苦笑が浮かびそうになったが、こらえた。先に接触したレンズマンたちは、よほど彼女たちを警戒させたらしい。いや、男がこの聖なる星に上陸を求めただけで、彼女たちには許せない暴挙だったのだ。
 
「では……教えて下さい。あなたがかつて、イロナに持たせたレンズは、どこから来たものなのか。あれは、あなた方の科学水準で創れるものではないはずです」

 この会見の様子は、艦隊の全員が上空から見守っているし、リックたちレンズマンもレンズで見通している。というより、リックはわたしの心に同調して、わたしが見るものを、一緒に見ているのだ。

「それが、そんなに大事なことか。精神力を補佐する、ただの道具に過ぎないというのに」

 ライレーンの女たちには、元々、精神感応の能力があるから、それを拡大する装置を、たいしたものだとは思っていないのか。だが、わたしたちの知るどんな異星種族も、レンズを発明したりはしていない。アリシア人を除いては。

「いいえ、レンズは銀河パトロール隊の象徴です。正義の旗印なのです。多くの種族が、レンズを持つ者を法の執行官と認識しています。似たようなものが出回っていては、威信に傷がつきます。ましてや、それがボスコーンと関係のあるものならば」

 正義の旗印……わたしの言い方に込められた皮肉に、リックが苦笑しているのがわかる。

 もし、この会話の間に、リックが女王の心をちらりとでも読めれば、それだけで大きな収穫だ。また、わたしの心を彼女が読めば、わたしの真意がわかるだろう。

 わたしの心から、アリシア人の存在を読み取られても、おそらく問題はない……この惑星自体を封鎖すれば、実害はないからだ。そもそも、鎖国をしている星なのだから、困難ではない。

「既にご存じと思いますが、デッサ・デスプレーンズと名乗っていた女が、ブラック・レンズを使用して、多数の死傷者を出しました。彼女は、このライレーンの出身ですね。つまり、彼女のレンズもまた、あなたが与えたのではありませんか。あなた方は、その気になれば、レンズの力で人を殺すことができる、ということですね。そういう、凶器とも言えるものを、銀河文明の中で自由に使わせることはできません」

 女王ヘレンの表情は動かない。さあ、どこまで突っ張り通すのか。

「彼女のレンズがイロナのレンズときわめて似通っていたことは、多くのレンズマンが確認しています。我々は、どうしてもレンズの出所を突き止めたいのです。あなたの手から彼女たちに渡したレンズ、そもそもはどこから来たものですか? 誰かが、あなた方に与えているのではありませんか?」

 それがアイヒ族であれ、他の誰かであれ、ボスコーンの上位者であることは間違いないだろう。

 ヘレンは口許に冷笑を浮かべた。

「我々のレンズは、我々が独自に開発したものだ。しかし、その答えでは満足しないのだな」

「ええ、それは信用しかねます」

「では、わたしを拷問して、真実を聞き出したらどうだ」

「そんな必要はありません。話し合いをすれば、解決できることですから」

「おまえたちの話し合いというのは、大艦隊で包囲して、圧力をかけることだろう。脅しに屈するライレーン人はいないぞ。我々は、魂の独立を求めて、この星にやってきたのだから」

 わたしだって、レンズの秘密を暴いて、魂の独立を守りたい。ため息をつきたいところだが、今は外交官だ。穏やかに、友好的に振る舞わなくては……まだ、もう少しの間は。

「わたしは銀河文明を代表して、このライレーンと友好関係を結ぶために来ました。暴力で占領するようなことはしません。どうか、捜査にご協力をお願いします」

「背後に大艦隊を率いて、ミサイルの照準を合わせてな……それを、男文明では、お願いと言うらしい」

 とヘレンは冷ややかな笑みで言う。

「パトロール隊には、ボスコーンという敵がいます。いつ何時、攻撃を仕掛けられるかわかりません。我々の武装は、ボスコーンに対する用心です」

「我々は、ボスコーンなどという連中と付き合いはない。そんな連中が、この星系に来たことはない」

「そうですか」

 さあ、どうしよう。

「あなた方はこの星系で長く孤立して、いえ、独立を保っていらした。でも、外の世界では、ボスコーンが海賊行為や麻薬生産などで、大勢の市民を犠牲にしています。あなた方のレンズも、もしかしたら……」

 誇り高い女王の額で、脈動しながらきらめく宝石。彼女はいつ、あれを使うのだろうか。

「ボスコーンと関係があるのではと、我々は疑っています。ボスコーンは何らかの偽装で、あなた方を利用しているのかもしれません。学者とか、貿易商人とか、漂流者というふりをして、あなた方に援助を求めたのではありませんか?」

「我々が、それほど不用心だと思うのか?」

「いいえ、ただ、ボスコーンが狡猾なだけです。よろしければ、どこかの部屋をお借りできませんか? 長くなるでしょうから、座ってお話したいのです」

「いいだろう」

 虚弱な代表者だと思われたかもしれないが、構わない。背の高い女王の後について、わたしと部下たちは市庁舎のような宮殿に入った。大理石の階段を昇り、案内されたのは、女王の執務室に続く応接室らしい。

「地方からの陳情団と会う部屋だ。各地域の要望を聞き、予算と人員を公正に配分する。虚偽は一切、ない」

「効率的に運営されているのですね」

 広場周辺の市街は、どこも清潔で機能的に見えた。首都の交通は遮断されているようだが、それは戦闘を予期しているからだろう。一般市民を郊外に避難させていることは、上空からの観測でわかっている。

 他の者たちは廊下で待たせ、簡素な応接セットでわたしと向き合って座ってから、ヘレンは言った。

「国民の大多数は、レンズのことを知らなかった。これは、わたしと側近たち、それに、星系外へ送り出す工作員だけの秘密だったのだ。しかし、こうなっては仕方ないので、公表してある。銀河パトロール隊が、我々のレンズを奪いに来たのだとな」

 やれやれ。

「我々はレンズの由来を知りたいだけで、奪うつもりではありません。大量殺人に使われないのなら、ですが」

 これは、我ながら、不正直な言い分だった。銀河パトロール隊のレンズマンたちは、ライレーンの女たちがレンズを持っていることが許せないのだ。それは、自分たちだけの特権にしておきたいと願っている。

 そこで、女王の部下らしき女が、お茶道具を運んできた。緑茶の香りで、少し癒される。まさか、毒殺されることはないだろう。わたしは確かに、惑星を占領できるだけの戦力を引き連れてきている。

 喉を潤すと、改めて、身を前に乗り出した。

「何代も前の女王から、このような仕組みなのですか。工作員にレンズを与えて、外界へ送り出すという」

「古いことは知らない。わたしは、自分が必要と思う行為を行っている。外界を知るために、優秀な女たちを派遣したのは事実だ」

 ヘレンはゆったり構え、冷然としている。たいした政治家だ。

「彼女たちが銀河市民と入れ替わるために、周囲の人間の記憶を操作しましたね。そのために、レンズが必要だった。元々のテレパシー能力だけでは、あそこまで完璧な偽装はできなかったでしょう。銀河文明の要所には、レンズマンがいますからね。彼女たちに授けたレンズは、どこから手に入れたのですか。そのレンズをくれた何者かは、あなた方に何かを要求したのではありませんか。たとえば、海賊船に補給を行うとか?」

 ヘレンは肩をすくめる動作をしてみせた。

「知りたければ、実力で聞き出せばいいだろう。いつまで、臭い芝居を続けるつもりだ?」

 そこでわたしが合図をすると、廊下で待機していた随行団の中から、イロナが前に進み出た。

「ヘレンさま。わたしはイロナです。あなたに送り出された、工作員の一人です」

 とヘレンの近くまで来て、訴える。イロナというのは、銀河文明の中で市民登録されている名前ではなく、歌手デビューした時の芸名だったが、実際には、ライレーンでの元々の名前だったのだ。彼女の心には、ずっと母星への想いがあった。

 とはいえ、この星を離れて、既に十年近く経っているのだ。もはや、ひたすらに女王を畏怖していた、幼い少女ではない。敬意は残っていても、より広い視野の中でものを考えられる。

「このマクドゥガル将軍……クリスと心を通わせて、わかりました。この人は本当に、我々ライレーンのことを心配してくれているのです。恐ろしいのは、人類の男ではありません。ボスコーンです。どうか、あなたのレンズで彼女の心を読んでください。そうすれば……」

 だが、ヘレンは冷たい視線を向けただけだった。

「未熟者め。おまえは洗脳され、男たちの奴隷になり下がったのだ。裏切り者になる前に、死ねばよかったのだ」

 イロナが強いショックを受けたのを感じて、わたしは立ち上がり、彼女を支えた。

「裏切ったのではありませんよ。洗脳されたわけでも、ありません。イロナはただ、真実を知ろうとしているだけです。ブラック・レンズを渡した者たちは、ライレーンを利用しているだけなのではないかと。あなたもこの際、無駄な突っ張りをやめたらどうですか……」

 最後の言葉は、わたしが言ったのではない。わたしの心に隠れていたリックが、女王の精神障壁に斬り込みながら、わたしの口を通して言ったのだ。

 ヘレンの額のレンズが、スパークしたように輝いた。まずは、リックの攻撃を受け止めたのだ。

「この、卑怯者めが!! 女の陰からでないと、攻撃もできないのか!!」

 たちまち、レンズマン同士の死闘になった。女王は心を閉ざそうとする。リックはそこに侵入しようとする。女王が反撃して、リックの精神を攻撃する。リックがそれを受け流し、逆に攻撃をかける。

 目に見えない精神波があたりに広がり、衝撃でイロナたち、随行の女たちは気絶した。精神感応力のあるヘレンの部下たちも、頭を抱えて転がってしまう。この余波は、彼女たちが防げる限度を超えているらしい。

 宮殿の離れた区画でも、働く女たちがざわめき、慌てふためくのがわかった。動揺が、外の警備隊の女たちにも伝わっていく。

「何なのだ、何が起きている!?」

「精神攻撃だ。ヘレンさまが苦戦しているようだぞ!!」

 戦いに巻き込まれた形のわたしが、かろうじて立っていられたのは、これを予期していた上、リックの心と同調していたからだ。

 そしてリックの背後には、他のレンズマンたちがいた。艦隊中に、二十名ものレンズマンがいたのだ。リックだけでは足りないと悟ると、彼らはリックの心を通して加勢してきた。女王はたった一人で、よく持ちこたえたと言うべきだろう。

 長く続いたような気がしたが、実際には、ほんの十秒足らずで、女王は精神力を使い果たし、床に倒れていた。

 この短い時間にレンズマンたちは、彼女の心から、多くのことを読み取ったはずだ。そのいくらかは、リックに同調していたわたしにも得られている。

《――神殿だ》

 とリックがわたしに告げる前から、山奥の白い建物のイメージは掴めていた。そこで暮らす、神秘的な女たちの姿も。

 わたしはようやく普通に息ができるようになり、イロナたちが生きていることを確かめると、応援部隊に後を任せ、よろめきながら宮殿の外に出た。警備隊の女たちは、レンズマンたちが、強い暗示で抑えていてくれる。

「離陸して。北部の山脈へ」

 わたしは思考波スクリーンで守られた上陸艇に残っていた隊員たちに助けられ、首都から離れた山中の神殿へと向かった。

「急がないと、証拠を隠滅させられるかも……どんな装置で、レンズを作っているのか知らないけど」

 ライレーンに、特別な宗教はないはずだった。基本的に、合理的な女たちなのだ。ただし、自然の恵みに感謝し、自然と調和することを目指した、素朴な儀礼はある。

 その神殿に、五十数名の巫女たちがいる。長老格の大巫女と、中堅の巫女たち、見習いの若い巫女たち。

 レンズは毎年、彼女たちから授けられる。彼女たちは、幼い頃からの修業によって、高い精神力を備えているために、パトロール隊のレンズに似たレンズを製造できる……それが、ヘレンの意識にあった記憶だった。

 神殿は確かに、深い山の懐に抱かれるようにして存在した。白い大理石と木材で築いた、荘重な建物だ。神殿の脇には、美しい谷川が流れている。かつては、巫女たちがここで水を汲んでいたのだろう。

 ヘレンが正殿の祭壇に、花や香木などの供物を捧げた形跡もあった。彼女は実際に、毎年、ここを訪れていたのだ。

 けれど神殿には、誰もいなかった。最近まで、人が暮らしていたという形跡すらなかった。庭は草木に埋もれ、家具類は小動物のねぐらになり、別棟の厨房では、屋根の木材が腐り落ちている。

 とうの昔に遺棄された廃墟だったのだ。ここに人がいたのは、百年以上は前のことだろう。念のために周辺を捜索したけれど、隠された地下施設もなけければ、科学的な設備も一切ない。

《やられたな》

 リックが上空の艦隊から、無念さを送ってきた。惑星ライレーンは、ブラック・レンズに関しては、行き止まりだったのだ。

   『レッド・レンズマン』11章-6に続く

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