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恋愛SF『ブルー・ギャラクシー 天使編』14-章10

14章-10 ミカエル

 ぼくがグリフィンとしての職務を果たすオフィスは、違法都市《ティルス》の市街地に用意された。

 ここならば、リリーさんが帰郷してくる時、すぐに麗香さんの隠居屋敷がある小惑星に戻って、何食わぬ顔で出迎えられる。ずっと、屋敷で暮らしていたかのように。

 そして、新しいオフィスには、ぼくの侍女としてセイラがやってきた。ジャン=クロードに頼んで、異動を認めてもらったという。

「ミカエルさまが許して下されば、わたし、ミカエルさまの元で働きたいのです。知識の足りない部分は、これから学びます。どうか使って下さい」

 白い肌を淡いピンクに染め、両手を胸の前で握りしめて、ひどく嬉しそうである。しかし、ぼくは最初、セイラの意図がよくわからなかった。

「ジャン=クロードと離れていいのかい? ぼくは彼とは、たまにしか会わないと思うよ」

 すると黒髪の少女は、にっこり笑って言う。

「ジャン=クロードさまには、とても感謝しています。でも、わたしがお側にいたい方は、ミカエルさまなんです」

 ぼくは驚き、いささか狼狽えた。

「ちょっと待ってて」

 いったん中座して、別室でジャン=クロードに連絡を取ってみたら、セイラは初対面の頃から、ぼくのことが大好きなのだそうだ。

 ――知らなかった。迂闊だった。ぼくときたら、リリーさんのことしか考えていなくて。

「使ってやればいい。セイラの気が済むまで、五年でも十年でも」

 というのが、ジャン=クロードの意見だった。たまたまセイラを拾って以来、親代わりとして、あれこれ学ばせながら手元に置いてきたが、セイラ本人が道を見つけた以上、そちらへ行かせてやるべきだと思ったそうだ。

「本当なら、セイラ自身を愛してくれる男の方がよかったが、まあ、仕方ない。きみの元なら、他の場所より安全度は高いだろうし」

 ぼくならば、セイラを一番に愛することはなくても、無責任な扱いや、冷酷な仕打ちはしないだろう、というのがジャン=クロードの判断なのだ。それはまあ、あえてそんな真似をするつもりはないけれど、ぼく自身、いつまでこの地位にいられるか、わからないのに。

 ぼくはまたセイラの元に戻り、にこにこしている彼女に向き合った。

「確認しておきたいのだが、いいかな?」

 精一杯、厳粛に言うように努力した。

「きみはこれから普通に成長して、大人の女性になっていく。でも、ぼくはずっとこのまま、子供の姿でいることに決めている。仕事以外のことに、気を散らさないためだ。そんな不自然な存在、気味が悪いと思わないか?」

 しかし、セイラはにこやかなままだ。

「それも、ジャン=クロードさまから聞いています。ミカエルさまの今のお姿、わたしは好きですわ。ずっとそのままでいて下さるなんて、素敵です」

 そういうことか。セイラはたぶん、以前の組織で虐待された記憶のせいで、成人男子に対する恐怖や反感が強いのだろう。

「きみが気にしないのなら、それでいいけれど……でも、それではぼくは、きみの好意を利用するだけになるよ。きみに尽くしてもらっても、ぼくが、リリーさん以上に誰かを愛することはないのだから」

 すると、にっこり微笑んで返された。

「ミカエルさま、それは違います。わたしはわたしの幸福のために、ミカエルさまを利用しているんですわ」

 ――あ?

「わたしが勝手にミカエルさまを好きで、そのことで勝手に幸福なんですから、気になさらないで下さい。わたしの人生の幸福は、わたしが自分で決められます」

 驚いた。そんな台詞を言えるほど、セイラが人間に近づいているなんて。

 素晴らしい進歩だ。

 どうせなら、もっと普通の男を好きになればよかったと思うけれど。

 まあ、今はセイラの好意を受けることにしよう。先になって、セイラが他の道を見つけたら、知られていては困る記憶を抜いた上で、そちらへ行かせてやればいいのだから。

「わかったよ。よろしく、セイラ。それでは早速、二人分のお茶を淹れてきてもらおうか?」

   ***

 リリーさんとは年に一度か二度、《ティルス》への帰郷の折に会うだけになった。リリーさんはやはり、ぼくが子供の姿でいることに、苦いものを感じているようだが、ぼくの意志を尊重してくれるので、文句は言わない。

「ミカエルが幸せでいてくれるなら、あたしもそれでいいわ」

 常にリリーさんの傍らにいるヴァイオレットさんは、ぼくたちのたまの逢瀬には文句をつけず、素知らぬ顔をしていてくれる。

「わたしはお姉さまとお話しているから、ミカエルたちは、散歩にでも行ったきたら?」

 花の咲き乱れる庭園で二人きりになっても、リリーさんはぼくに〝本当のキス〟をすることはなく、友達以上、恋人未満の距離を保ってくれる。そこはさすがに、見切りというものがついている人だ。内心では、どれだけ苦しんでいるとしても。

(ごめんなさい。でも、貴女が生きていてくれることが全てなんです)

 ぼくはもちろん、リリーさんがどこにいて何をしているか、グリフィンの監視網を通じて、常に把握している。

 リリーさんの敵に回る側も、同様に監視しているから、必要が生じれば、適切な邪魔を入れられる。偽情報で撹乱したり、毒薬や爆弾を威力の弱いものにすり替えたり、狙撃を妨害したり。

 リリーさんが元気でいてくれるなら、気晴らしのボーイハントをしたって、構わない。婚約だろうが結婚だろうが、リリーさんのしたいことを、何でもしてくれていい。相手の男に嫉妬は感じるだろうが、ぼくが、それに振り回されることはないはずだ。

 ――これはもはや、保護者の感覚ではないだろうか?

(たぶん、ショーティもシヴァのことを、こういう風に見ているんだろうな)

 愛してはいるが、囚われてはいない。

 生きて幸福でいてくれれば、それでいい。

 ぼくはぼくで、することがある。市民社会にも辺境にも目配りしなければならないから、毎日が忙しい。新たな研究、新たな計画、計画の修正、人材の発掘、配置替え。

 いずれはぼく自身、超越化に乗り出すことになるだろう。生身の人間のままでは、できることが限られるから。

 ぼくの他にも、麗香さんが目をかけて育てた新人たちが、宇宙のあちこちに散っている。ぼくは彼らと競いながら、進化の階段を登っていくだろう。

 何万年、何億年、何兆年。

 できれば、愛する気持ちだけは、失いたくないけれど。

 やはり、この選択は正しかった、と感じるようになっている。

 未来のいつか、リリーさん自身が消滅しても、リリーさんの魂の記憶は、ぼくの魂に刻印されて残る。だから、ぼくが望めば、いつでもリリーさんを復活させることができる。

 現在のリリーさんならば、そんな復活は否定するかもしれないが、復活させられたリリーさんならば、その時点から元気に生きていくはずだ。自分が複製だろうと何だろうと、構わずに。

 遠い未来のぼくは、この宇宙に限定されず、別の宇宙へも進出できるだろう。望ましい宇宙がなければ、新たに創る。命を育てることができる宇宙を。

 ぼくらがいるこの宇宙も、そうして、誰かに創造されたものかもしれない。無限の過去から、次々に創造が繰り返されてきたのかもしれない。

 どこまで行けるかわからないが、この道をたどってみよう。

 そうすれば、きっと何かが見つかるはずだ。今は、おぼろにしか想像できない何かが。

   『ブルー・ギャラクシー 天使編』 完

 ブルー・シリーズの時系列はこうなります。

●シヴァが主人公……「茜編」「グリフィン編」「ハニー編」

紅泉こうせんが主人公……「ユーシス編」「ジュニア編」「天使編」「ミオ編」「セイラ編」「再会編」

●ダイナが主人公……「サマラ編」「初陣編」「ルディ編」「乙女の楽園編」「泉編」

 レディランサーのシリーズの時系列は……「アイリス編」「ドナ編」「ユーレリア編」「チェリー編」「ティエン編」「帰郷編」「アグライア編」

#恋愛SF  か #フェミニズムSF  で探して頂ければと思います。子供の頃からSFや漫画、アニメを心の糧にしてきました。最近では「コードギアス 奪還のロゼ」を満喫しました。アッシュの運命には、ただ涙です。

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