恋愛SF『ブルー・ギャラクシー 泉編』3章-3 4章-1
3章-3 シレール
違法都市《サラスヴァティ》の管理仕事は、別に、心躍る仕事ではない。
都市内にオフィスや店舗を持ちたがる中小組織を選別する。繁華街を見て回り、悪質すぎる商売を止めさせる。組織同士の対立が、治安の悪化を招かないよう調停する。土地やビルの賃貸料、つまり上納金をきちんと取り立てる。都市の管制宙域に出入りする艦船の監視をする……
ほとんどは、神経を使う対外業務だ。上の世代の負担を軽くするためにも、第四世代の最年長者であるわたしが、厄介事を引き受けるしかない。
何しろ、同じ第四世代のシヴァは家出したきりだし、紅泉と探春は市民社会に入り浸りである。第二世代の筆頭である総帥、マダム・ヴェーラは、紅泉たちのことは既にあきらめている。
「あの子たちは、何年経っても、違法都市の経営などする気はないわ。わたしだって、いつまでもこんな重荷に耐えていられないから、いずれ、ダイナに仕事を継いでもらいます」
ダイナ自身はまだ知らないことだが、それが一族の総意になっていた。不老の一族といえど、世代交替は必要だからだ。肉体が若くても、心は老いる。飽きる。疲れる。古い考えから、なかなか抜けられない。
そして、ダイナが新たな総帥となる時、わたしにその補佐を任せるというのが、年長者たちの心積もりだった。
「シレール、あなたなら生涯、立派にあの子の補佐を務めてくれるでしょう」
わたしだって、それを願っている。ダイナ本人が、それを認めてくれればの話だが。
現在、マダム・ヴェーラやマダム・ヴァネッサの補佐を、それぞれの夫がしているのと同じこと。
わが一族は、最長老以来、代々、女性主導なのである。
過剰に好戦的になったり、つまらない見栄や沽券にこだわったりする男より、緻密で冷静な女性の方が指導者に向く。いざという時の度胸も、女性の方に分がある。それは、上の世代を見てきて、わたしも納得していること。
それならば、わたしが《サラスヴァティ》の中核業務を経験しておくことは、将来、ダイナの役に立つだろう。そう思えばこそ、ややこしい仕事に立ち向かう気力も、少しは湧く。
そもそも、第三世代の半数近くがこの世界を嫌い、銀河系外移民団を率いて出ていって以来、一族は慢性的に人手不足なのである。
わたしの恋人だったサマラも第三世代だが、彼女は他組織との抗争で死んでしまった。長い年月の間には、他にも何人もの欠員が生じている。だが、新たな誕生には、最長老が制限をかけている。
やたら人数を増やすと、一族の分裂・弱体化につながるというのだ。
我々としては、そのうちまた、最長老が新しい子供を〝創って〟くれるのを待つしかない。
一族の新しいメンバーは、最長老が自分の研究室で〝創り出す〟。非常に凝り性な人なので、納得がいく強化体を生み出すのに何年、何十年もかかるのだ。だからダイナを最後にして、一族内に新しい子供は誕生していない。
もちろん、かつては一族内でも普通の妊娠・出産が行われていたが、遺伝子操作による肉体強化が進むにつれ、自然妊娠は〝困難〟もしくは〝無謀な賭け〟になってしまった。
一族内の仕事はトラブルが少ないので(都市に付属する小惑星工場の運営や、都市内のインフラ整備、生態系の管理など)、第二世代と第三世代の年長者たちが(つまり、他組織との戦いに倦んだ者たちが)引き受けてくれている。
一族の者はそれぞれに遺伝子操作を受けて誕生する上、最新の不老処置を繰り返しているので、肉体的には強壮な者ばかりだが、精神的な疲労は蓄積していく。希望を持つことに倦み、新たな冒険をしなくなる。
伴侶を失った記憶、大失敗をした記憶、友人に裏切られた記憶。
そういう疲労の沈殿を防ぐには、定期的に記憶を抹消する他ないだろうが、それを望む者はあまりいない。喜びと悲しみは表裏一体なので、悲しみだけ消すわけにはいかないのだ。
わたしもまた、中央の市民たちから見れば老人の部類に入る年齢だが、これでも、一族の中では若手なのである。責任の重圧は、わたしが引き受けていくしかない。
だが、ダイナと長く離れているつもりではなかった。
精々、十年。
そうすれば、育ての親としてのわたしの記憶は、ダイナの中で薄れていくはずだ。わたしはいずれ、一人の男として、新たにダイナの前に立てるだろう。その前に、あの子が他の誰かに惚れ込んでいなければ。
泉は、わたしが予期していなかった因子だった。自分がまさか、こんな風に情を移してしまうとは。
4章-1 泉
わたしは過去を捨て、名前を捨てた。
家族も故郷も忘れた。拳法の稽古に明け暮れた学校時代も、友達の誰彼も、全て前世のことになった。
敗北に終わった前世など、思い出すのも時間の無駄。
いいえ、思い出すと言うのは語弊がある。写真や動画、書類や関係者の証言、報道局のニュース番組、ジャーナリストの分析本、司法局の公式記録、たくさんの証拠を見せられて、それが事実なのだと納得しただけの話。
大量出血による記憶の破壊があったので、十一、二歳以降の記憶は、今も断片的にしか取り戻せないままだ。ダイナのことすら、本当に思い出したのか、それとも記録によって知っただけなのか、よくわからない。
中央星域の植民惑星。首都から遠い山奥にある隔離施設で、わたしは十七歳からの二年あまりを過ごした。
『泉、あなたは重い病気だったのよ。だから、ここで静養しているの』
とスタッフに言われ、何の疑いもなく勉強したり、ボールや人形で遊んだり。山を巡る小道で、自転車を走らせたり。けれどそのうち、不満が生まれた。肉体はすぐに回復し、知的能力も再度、育っていったから。
『わたしはどうして、家に帰れないの。学校に行けないの。町に出られないの。どうして!!』
病気のせいだからとなだめられては、引き下がり、また不満をふくらませる。
真実は、わたしが重犯罪者だったからだ。生涯、前科者として監視される身の上だったから。
かつてわたしは、辺境の大物であるグリフィンにそそのかされて――いいえ、それよりは自分の意志で――ダイナを捕まえる役目を負った。
辺境生まれの強化体であるダイナは、有力議員の娘を護衛するため、わたしの在籍していた女学校に、転入生としてやってきたのだ。そのダイナを誘拐して人質に取れば、グリフィンの仇敵である〝リリス〟をおびき寄せられるという話だった。
そしてわたしは、ダイナを生かしたまま、首だけを切断して運ぼうとして、失敗した。ダイナの手刀に心臓を破られ、危うくショック死するところだったのだ。
治療が間に合い、かろうじて命は助かったけれど、わたしは人生を子供時代からやり直すことになった。司法局の厳重な監視の元で。
若かったから、肉体の回復は早かった。旺盛な知識欲もあり、失った知識はすぐ補充できた。それと同時に、生来の負けん気も頭をもたげてきた。
『いったい、わたしはなぜ、こんな場所に閉じ込められているの』
『同級生はみんな、大学に進んだり、仕事に就いたりしているのに』
『パパもママも、たまに面会に来てくれるだけで、なぜそそくさと帰ってしまうの』
『どうしてわたし、お祖母さまのお葬式にも出られなかったの』
わたしの疑問に答えてくれたのは、わたしを〝可哀想な子供〟扱いする施設のスタッフではなく、遠い辺境の宇宙から、違法アクセスによって接触してきた人物だった。
『泉、きみは自分の過去を封印されている。同時に、未来も制限されている。本来は非常に優秀なのに、あらゆる可能性を奪われてしまったのだ。きみが望むなら、わたしが真実を教えてやろう』
その時のわたしは再教育のおかげで、十四、五歳程度の知的能力を取り戻していた。だから、謎の人物の説明が理解できた。
――わたしはまだ何年も、この施設から出られない。いつか出られても、生涯、危険人物として監視の対象になる。望む仕事にも就けないだろうし、〝まともな市民〟からは、友人としても、結婚相手としても忌避されるだろう。
既に、家族からも見放されているのだ。家族は身内から犯罪者を出したことを恥じ、わたしの存在を忘れようとしている。
何より、祖母が心労で寿命を縮めたことがわかってしまった。わたしを愛し、将来を期待していてくれた人を、わたしは深く絶望させてしまったのだ。
(ごめんなさい。お祖母さま、ごめんなさい)
何日も泣き暮らした。何週間も沈み込んでいた。それから少しずつ、感じ方が変わってきた。
――どう考えても、理不尽だ。
今のわたしは、身に覚えのない罪で軟禁されている。グリフィンの手先となり、誘拐未遂と殺人未遂をやってのけた重犯罪者は、わたしの知らない、過去のわたしではないか。
わたし自身が覚えていない罪のために、なぜ、このわたしが未来を奪われるのか。
それを見透かしたように、グリフィンから、新たな誘いが来た。彼は辺境の宇宙にいながら(顔は見せないし、本当に男性かどうかも知らないが、重厚な男性の声を用いていた)、市民社会の通信ネットワークに侵入し、施設内のわたしにアクセスできる。
『泉、きみが自由になりたいのなら、手を貸そう。ただし、きみがわたしの部下になることが条件だ』
つまり、そういうこと。いったん悪の手先になってしまったら、もう戻る道はない。あとは、とことん突き進むだけ。
こう考えるわたしだから、悪いのか。それとも、わたしを許さない市民社会が愚かなのか。
(もういい。自由になる。欲しいものを手に入れる。ここにいたって、未来はないんだから)
ダイナはどこかで、好きに羽ばたいているのだ。ダイナを愛する人々に見守られて。わたしのことなんか、とうに忘れて。
『ブルー・ギャラクシー 泉編』4章-2に続く
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