見出し画像

恋愛SF『ミッドナイト・ブルー グリフィン編』1章-2

1章-2 シヴァ

「では、後はお任せを」

 リザードが、きらびやかな大物たちに言うと、彼らは潮が引くように引き上げていった。

「ここは寒いわ」

「上で飲み直しましょう」

「最近、新しい別荘を建てましてね」

 ショーティの入ったカプセルも、一緒に運び去られた。後に残ったのは金髪の優男と、その秘書らしき青いドレススーツの女、護衛らしき大柄なダークスーツの男。それに、一ダースほどの迷彩服のアンドロイド兵士。

「暴れないと約束してくれるなら、そこから出そう」

 リザードは、抜け目ない商売人というよりは、研究対象を見る学者のようだ。興味深い動物を観察するかのように、楽しげな眼をしている。

「約束する。足首が吹き飛ぶのは、ごめんだからな」

 俺が平静を装って言うと、リザードは、横にいたダークスーツの護衛に言った。

「出してやってくれ。すぐにルワナが来る」

 その護衛の男は――いや、待て、これは女だ。褐色の髪を短く整え、長身で骨太の体格を濃紺のビジネススーツに包んでいるが、胸と腰に、隠しきれない厚みがある。

 沈んだ小麦色の肌をして、化粧気はまるでないが、顔の造作が男より柔らかい。耳たぶには、小さな金のイヤリングが光っている。

 しかし飾りといえば、それだけだ。それなりに見られる顔立ちをしているが、美人というより、質実剛健と形容するのが相応しい。

 何より、俺を見た目に、嫌悪と軽蔑がたぎっている。なぜ自分が、こんな下等動物の面倒を見なければならないのかと。

(――そうか、こいつがジョルファだ!!)

 リザードの右腕として、組織の商業部門を統括している女。茜の事件の後、《フェンリル》については調べ尽くしたから、覚えている。

 そうでなくても、辺境では元から有名人だ。『自分を裏切った男を、去勢した女』として。

 ***

 このジョルファは、直属の部下を女ばかりで固めている。逆らう者や裏切った者は、幾度も公開処刑にかけていることから、『男嫌いのアマゾネス軍団の長』として、辺境中から恐れられている。

 男優位の辺境で、女ばかりの集団が畏怖されるのは、稀有なことと言っていい。

 元は惑星連邦軍の軍人で、本名は確か……リアンヌ・ルナン。

 図体に似合わず可愛い名前だったので、改めて資料を見た時、意外に感じたことを覚えている。

 彼女の〝主演した〟……いや、〝主演させられた〟映画を見たのはもっと前のことで、その時は、名前など気にしなかった。

 リアンヌはある時、恋人だった男に誘われて、軍の練習艦を盗み、一緒に辺境に出てきたという。無論、その男は、リアンヌを愛してなどいなかった。ただ、無法の辺境で生き残るために、戦闘指揮のできる相棒が必要だっただけだ。

 だから、男に免疫のなかった純情なゴリラ女をたぶらかし、自分の用心棒として利用した。

 二人は自分たちの組織を育て、成功したが、やがて男の方が、中堅どころの組織にスカウトされた。既存の組織はそうやって、若い組織を取り込んでいく。

 中堅組織の幹部になれるのなら、もはや個人的護衛は必要ない。そもそもリアンヌがいては、バイオロイド美女の愛人も持ちにくい。

 不用になったリアンヌは、一服盛られた。そして、他組織に売り飛ばされた。辺境では珍しくもない、裏切りの物語である。

 そうして売られた先が、《フェンリル》だったわけだ。

 彼女はそこで何年も、残虐な違法ポルノの撮影に使われた。輪姦や獣姦は当たり前。拷問に近い強姦が繰り返される。悲痛な話だが、そういう作品には根強い需要があるのだ。

 普通の女なら、一本か二本の撮影で心を病んでしまうという。肉体の傷は治せても、心の傷は治せない。本人の短期記憶を抜くことはできるが、それを繰り返すと痴呆化してしまい、〝新鮮な素材〟ではなくなってしまう。

 だから大抵は、安く手に入るバイオロイドの女子供が使われ、ズタボロにされて、廃棄される。殺す場面まで、しっかり映画に取り込むのだ。

 『本物の人間の女』をそういう撮影に使うのは、あまりにも高くつくので、リアンヌのように頑丈な女を〝主演女優〟として繰り返し使えた監督は、さぞ喜んだことだろう。

 俺も、好奇心でその映画を見た。茜と出会う、何年も前だ。元軍人が使われている、という宣伝だったので。

 言い訳させてもらえば、最初の一本で辟易した。悪趣味すぎる。したがって、シリーズ化された後の作品は見ていない。確か、十数本は作られたのではないか。

 抵抗する力を持たないバイオロイドの女より、必死で逃げ、全力で反撃する『本物の女』の方がいいという連中が、かなりいるのだ。

 特に、このジョルファの場合、身一つで地球型惑星の山野に落とされ、武器を持った男たちの一団に追われても、知恵と力の限りを尽くして抵抗するという姿勢が……演技ではない、本物の抵抗ぶりが……その後の強姦の場面を盛り上げるということで、評判が高かった。

 この手の映画は、辺境で売られるばかりではない。市民社会に何億人といる、密かな愛好家の元へも届く。

 表向きは紳士然とした男たちが、妻や娘には内緒で、女子供を犠牲にする違法ポルノを楽しんでいるわけだ。

 当局が取り締まっても、違法組織の側は、あらゆるルートで作品を売りさばく。彼らにとって、手堅い収益源だからだ。

 毅然とした女闘士が、大勢の男たちに追い回され、狩り立てられ、ついには抵抗を封じられ、徹底的に陵辱される姿を、どれだけの男が楽しんだことか。

 おかげでリアンヌの魂には、男種族全体に対する、冷酷な憎悪が染み付いたのだろう。

 彼女は自殺も発狂もせず、希有な体力と精神力で、その数年間を耐え抜いた。そして、たまたま撮影現場を視察に来たリザードに、体当たりで直訴したという。

 自分には、もっとましなことができる。それをポルノにしか使わないのは、大きな無駄だと。

 リザードは、彼女の生命力と闘志を評価したのだろう。彼女にジョルファという新しい名前を与え、組織内で引き立てた。

 地獄から這い上がった者は、強い。彼女は猛烈な勢いで働き、あっという間に、組織内での地位を固めたという。

 それから数年後、十分に出世した後で、ジョルファは、自分を裏切った元恋人を探し出し、捕まえた。

 元恋人の方は、引き抜かれた先の組織で、下っ端暮らしに甘んじていただけのようだ。元は技術者だったというが、しょせん、女の手を借りてしか、辺境に出られなかった男。

 その組織も《フェンリル》に比べれば、はるかに格下だったので、彼を救う者は誰もいなかった。自業自得……と言って済ませるのは、俺も内心、ためらいを覚えるが。

 ジョルファは元恋人を、自分が担当するようになった部署で使った。皮肉にも、彼女がリザードから任された商業部門には、違法ポルノの商売も含まれていたのだ。

 その映画は、森の中で迷子の少女を捕まえて乱暴した男が、少女の庇護者であるアマゾネス軍団に捕まって、報復を受けるという、歴史ファンタジー仕立てだった。

 アマゾネスの女たちは男を必要とせず、女だけで楽しむ。捕まった男は奴隷として、女たちの快楽に奉仕させられるだけ。

 映画の最後で、男は女たちに去勢される。

 切り取られた肉塊は、血まみれのまま黄金の皿に載せられ、戦いの女神に捧げられる。この儀式の場面が、映画のハイライトだ。

 その切断場面は特撮でも何でもなく、本物の実写だった。いや、俺は怖くて見ていないが、そういう筋立てだそうだ。

 ジョルファはその映画を派手に宣伝し、世界中に撒いた。辺境にも、市民社会にも。そうして、自分がおとなしく泣き寝入りする女ではないことを証明した。映画と同様に、アマゾネス軍団を率いて、辺境に睨みを効かせるつもりだと。

 その男は去勢された後も、しばらく違法ポルノの素材として飼われていたが(女を犯すことはもうできないから、惨めな役回りばかりだったらしい)、後日、ロケ現場で見張りの隙をついて、自殺したという。

 辺境中の男たちが、密かに同情したのではないだろうか。

 今では、ジョルファの監督下で製作される違法ポルノは、女同士の絡みがメインだ。男は添え物にすぎず、撮影でバイオロイドを責め殺すこともないという。女たちが、自分たちの愉悦のために、あらゆる技巧をこらす。脅迫もなければ、暴力もない。永遠の快楽が続くだけ。

 それはそれで、固定ファンが付くという。ショーティが調べた限りでは、きわめて人道的な撮影現場になっているらしい。

 つまりは、筋の通ったアマゾネスだ。おそらく女闘士の紅泉こうせんならば、ジョルファのことを、自分の同志だと思うのではないだろうか。

 ***

 そういう〝伝説の女〟と間近に向き合った俺が、真っ先に感じたのは、急所が縮み上がるような恐怖である。

(まさか俺も、ちょん切られるんじゃないだろうな!!)

 確かに俺は、女に尊敬されるような男ではない。娼婦を買ったこともあるし、それ以前に、従姉妹を強姦するという事件も起こした。

 しかし、あれは片思いが嵩じた結果だ。

 何と言い訳しても、探春たんしゅん本人が許してくれないのはわかっているが、その後悔があったからこそ、茜には精一杯優しくしたつもりだ。

 だから、去勢だけはしないでくれ。

 まして、その場面を撮影され、全世界に公開されるなどということになったら、自分が平常心を保って生きていられるかどうか、自信がない。

 俺の内心の恐怖と動揺を、リザードは見抜いたらしい。平静なアイスブルーの目で、哀れむように微笑んだ。

「彼女はわたしの片腕、ジョルファだ。これからは、きみと協力して働いてもらうので、仲良くしてくれたまえ」

 冗談ではない。ジョルファ本人は凍るような目付きをしながら、冷ややかに、

「よろしく」

 と言っただけだ。ドスの効いた、野太い声で。おまえなど、辺境に大勢いるクズの仲間だ。隙があったらいつでも殺す――と宣告されたに等しい。

 俺が兵士の手で二重の檻から出されると、車両用の大扉が開いて、大型トレーラーが倉庫内に進入してきた。そこから《フェンリル》の紋章を付けた、黒と銀色の制服姿のアンドロイド兵士の群れが降りてくる。その中に、ちらりとオレンジ色が見えたのは、兵たちを指揮する人間の女らしい。

「まず、車に乗りたまえ。我々の船へ招待する」

 リザードはそう言って俺に背を向けると、女秘書やジョルファと共にトレーラーに向かった。三人とも、前部扉から車内に消える。先頭部にある、快適なラウンジに落ち着くのだろう。

 腰にタオル一枚で立つ俺の前には、なめらかなココア色の肌をした、すらりと背の高い美女が残っていた。

 カールした短い黒髪、優しげな黒い瞳、上品な鼻筋、色っぽい厚めの唇。

 威圧的なゴリラ女を見た後では、なおさら好ましく思える優美な女だ。甘いオレンジ色のドレススーツを着て、揺れる金のイヤリングを下げている。

「わたくし、ルワナと申します」

 響きのいいアルトの声で名乗り、淑やかに一礼する。裸の囚人を前にしても、大企業の重役室にいるかのような落ち着きだ。

「これまでリザードさまの秘書室におりましたが、今日からはシヴァさま、いえ、グリフィンさまの第一秘書になります。どうか、よろしくお願いいたします」

「グリフィン……?」

「役職名のようなものです。今日からは、そうお呼びしますので、お慣れになって下さいね」

 確かに、シヴァという本来の名前で活動するのはまずいから(一族の耳に届いたら、ましてや紅泉たちに知られたらどうなるか、想像したくもない)、偽名は必要だ。

「リナという第二秘書もおります。後日、合流した時にお引き合わせしますね」

 何もかも、勝手に決められている。俺はもう、こいつらの操り人形に等しいというわけだ。

   『ミッドナイト・ブルー グリフィン編』1章-3へ続く

この記事が参加している募集

宇宙SF

SF小説が好き

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?