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恋愛SF『星の降る島』3章 4章

3章 レオネ

 わかっていますよ、レアナ。

 あなたに託された務めは、必ず果たします。

 わたしは、そのために誕生したのですから。

 あなたが母。マークが父。たとえ彼が、それを知ることはないとしても。

 この道の先で、いつかまたあなたと出会う時まで。わたしは人類の守護者です。

 わたしの中核となった細胞群がいずれ死滅しても、わたしは問題なく生き続けられます。今のわたしはもう、地球全体を覆っているのですから。

4章 マーク

 この地階から、どこへも行けないのは驚きだった。エレベーターはあるが、動いていない。階段があるはずの場所は、防火シャッターで閉ざされていて、立ち入りできない。

 レオネの動かすロボットの他に人影はなく、通路に面した他の病室や診察室は無人のままだ。ソファや書棚の置かれたロビーも、清掃は行き届いているが、しんとしたまま。

 一画に厨房があり、そこに缶詰やレトルト食品、飲み物などの準備があるだけ。レオネはそこで、俺の食べるものを調理してくれる。

 ここがハワイなのか、それともアメリカ本土なのかもわからない。テレビはロビーにあるが、電源につながれていない。電話もない。事務室にはパソコンがあるが、インターネットにつがれていない。外部に通じる機器は、あるとしても隠されているようだ。俺が最初に見せられたニュースも、どうやら生の放送ではなく、レオネが勝手に編集したものらしい。

「そんなに、俺が信用できないか?」

 真正面から問うと、レオネの端末は、表情のないカマキリ顔で言う。

「あなたを信用する、しないではありません。完全に回復するまで外へは出すな、外部と連絡させるなという、レアナの指示です」

 ふん、そうか。

「だったら、レアナと話させてくれたっていいだろう」

「レアナは多忙です。あなたのお世話は、わたしが担当します」

 自意識を持つとはいえ、人間ではないから、脅しも嘆願も効き目がないのはわかっている。レオネにとっては、『生みの母』であるレアナの指示が絶対なのだ。

 俺もあきらめて、その日はレオネとチェスをしたり、ロビーに置かれた本や雑誌を眺めたり、軽い体操をしたりして過ごした。たまのことなら、こういう一日も悪くはない。いつも、忙しく飛び回っているからな。

 しかし、翌日もやはり、外に出られないまま過ぎた。レオネは俺に医学的検査を施したり(片足で何秒立っていられるか、とか、簡単な暗算ができるか、とか)、退屈な文芸映画を見せたりして、時間を稼ごうとする。

 やはり、おかしい。俺はどこも悪くないと、自分で感じる。ただ、事故の記憶がないだけだ。

 もしかしたら、交通事故というのは嘘で、実際には、もっと厄介な何かが起きたのではないか。たとえば、俺がどこかの政治家か、マフィアの親分を怒らせたせいで(それに類することは、過去、何度もあった)、殺し屋が俺を探し回っているとか。

 その殺し屋に殴られたせいで、あるいは一服盛られたせいで、一時的な記憶喪失が起きたのかもしれない。レアナはその危険が去るまで(自分の権力か財力を使って、相手を無力化するつもりなのだろう)、何週間、もしかしたら何箇月も、俺を隠しておこうとしているのではないか。

 だが、俺がその推理を話すと、レオネは否定する。

「あなたの考えすぎです、マーク。あなたが完全に健康を取り戻すまで、無理はさせたくないと、レアナは考えているのですよ」

 そうだろうか。ジャーナリストとしての俺の勘は、

(何か変だ)

 と訴えている。三日目になると、俺はあちこち調べ回って、逃げ道がないか探求することになった。廊下に並んだドアのうち、半分はロックされたままだ。ドアを開けられる部屋は、無人の病室や診察室、厨房や食品倉庫、薬品や雑貨の倉庫ばかり。

 空調は完璧だから、ここが極地なのか、熱帯なのかもわからない。隠された出入り口はないのか。防火シャッターをこじ開けられる道具はないか。使える電話や端末は。

 しかし、レオネは既に、十分な手を打っているらしい。俺が厨房からナイフやライターをくすねて出てくると、通路で待ち構えている。

「マーク、その服の下に隠したものを、こちらに渡して下さい」

 相手が人間なら殴りかかってみてもいいが、金属製のロボットは、人間の何倍もの腕力を持っている。こちらが怪我をするのが関の山だ。

「わたしはただ、あなたの体調が完全に戻るまで、待っているだけです。今のあなたは、いつまた脳内出血を起こすかしれない状態なのですよ。ここにいてくれれば、何が起きても、すぐわたしが治療できます」

 そうかい。ご親切に、ありがとうよ。

 四日目になると、俺は苛々して、レオネに当たり散らした。

「いつまで、人を閉じ込めておくつもりだ!! レアナと話をさせろ!! テレビくらい、好きに見たっていいだろう!!」

 ニュース番組は、最初の日に見せてもらったきりだ。俺が生のニュース番組を見せろと要求したせいか、レオネは、編集したニュースすら見せてくれなくなった。

 もしかしたら、俺がここにいることを、レアナは知らないのではないか、という疑いも芽生えた。これは全て、レオネの勝手な企みなのかもしれない。たとえば、こいつに人間並みの嫉妬心が芽生えたとしたら、どうだ。

(俺に麻酔薬をかがせて、誘拐することだって、できるわけだ。手先になる人間なんて、いくらでも雇えるんだからな)

 こいつにとって、レアナは母であり姉であり、恋人のようなもの。いや、女神かもしれない。その女神の愛情や関心が俺に向くのが、許せなくなったのではないか。

 外の世界から見れば、俺は行方不明なのかもしれない。レアナは今頃、手を尽くして、俺を捜索しているのかも。だとしたら、何とかして脱出しなくては。今はまだ身の危険は感じないが、こいつはいずれ、俺を始末しようと考えるかもしれない。

 先のことを考えずに誘拐事件を起こすなど、およそ高度な知性らしくないが、あまりにも高度になりすぎて、人間のように厄介な感情が芽生えてしまったのかも。

 俺はあれこれ、突破口を探ってみた。

「せめて、テレビが見たい」

「実はここでは、放送電波を受信できないのです。最初の日に見せたものは、外から持ち込んだ録画でした」

「だが、インターネットの回線は?」

「それも来ていません」

「じゃ、外部との連絡は? 電話はあるだろ?」

「非常用の衛星電話はあります。ですが、それを使わせることはできません」

「どうしてだ」

「レアナに許可されていないからです。あなたがここにいることを、部外者に探知されたくありません」

「じゃ、向こうがこっちに連絡したい時は」

「レアナ自身が来るか、使者を寄越すはずです」

「レアナはいつ来る?」

「わかりません。わたしは、ここで待つよう命令されています。わたしも、レオネ本体から切り離されているのです」

 段々と不安が増してきた。ここは本当に、外界から隔離されているのだ。俺個人の事情ならまだいいが、まさか、外界で核戦争でも起きてるんじゃないだろうな。

「俺がこうして苛々していたら、その方が健康に悪いだろうが」

「ですから、心を静めて読書でもしていて下さい。音楽なら聞けますよ」

「せめて、ここがどこなのか教えてくれ」

「要人のための特別な療養施設で、現在の滞在客はあなただけです」

「だから、場所はどこだと聞いている」

「それは、現在のあなたには無用の知識です。この場所の緯度や経度は、あなたには意味を持ちません」

「それは俺が判断する。アメリカ国内なのか、ヨーロッパか。それともアジアか、アフリカか」

「あなたには余計な知識を与えず、静かに療養させろとレアナに命じられています」

「俺はもう元気だ!!」

「興奮してはいけません。あなたの身体データを見て、わたしが判断します。わたしは最新の科学知識と、人間の医師の経験を集めたデータベースを持っているのですから、あなたよりも高度な判断を下すことができます」

 この、融通の利かない人工知能め。レアナだけを絶対視しているから、他人の要望は全て二の次、三の次なのだ。

 ***

 目覚めて一週間後には、俺は動物園の檻の中の熊のようにうろうろしながら、最悪の想像に苦しめられていた。

 俺はまさか、致命的な感染症に罹ったんじゃないだろうな。潜入取材でテロリストの秘密工房か何かを突き止め、生物兵器に汚染されたのかもしれない。

 そのような記憶は一切ないが、俺ならありうる事態だ。レアナは仕方なく、俺を人里離れた隔離施設に閉じ込めているのではないか。忠実なレオネに見張りをさせて。そして今頃、必死で治療法を捜しているのかも。

 その考えを口にすると、レオネは否定した。

「マーク、あなたはいかなる病気にも罹っていません。事故の後遺症はこれから出てくるかもしれませんが、現在のところはまだ、異常は出ていません」

「それじゃ、俺は何かやらかして、お尋ね者になったんだな。大統領暗殺か。それとも、小さな子供を誘拐して、絞め殺したのか」

 大統領暗殺はともかく、子供に危害を加えたりしたら、真っ先にレアナに首を絞められると思うが。

「犯罪も犯していません。警察に追われているわけではありません」

 ああ、そうかい。

「ならどうして、こんな地下に閉じ込めておく。ニュースも見せてくれないのは、変じゃないか。何か、俺に教えたくないことが報道されているんだろ」

「それならば、あなたを安心させる報道を捏造できます」

「ああ、そうだろうよ。おまえには、何でもできる。それだけの能力、レアナに与えられているんだからな」

 はっとした。異変が起きたのは俺ではなく、レアナの方ではないのか。彼女こそ、俺に連絡したくても、できない状況なのかも。

 それこそ、最悪の想像だった。もしかして、彼女が暗殺されたというような報道が、世界を揺るがしているのではないか。あるいは、レアナが何らかの容疑で逮捕されたとか。

 彼女は曲がったことの嫌いな女だが、だからこそ、彼女を煙たく思う者はたくさんいる。どこの誰が、どんな卑劣な罠を仕掛けて、レアナを陥れたのか、わからない。

「おい、レアナは無事なんだろうな。口もきけない状態なんてのじゃないだろうな」

 すると恐ろしいことに、レオネはしばらく沈黙したままだった。答えられないのか。答えたくないのか。

「そうなのか。俺じゃなくて、レアナに何かあったんだな」

 俺に記憶がないのはその余波で、本当の問題は、レアナの方に起きているのだ。

「教えろ。でないと暴れるぞ。壁に頭突きをするぞ。俺が大怪我したら、まずいだろ」

 レアナが俺を守れと、レオネに最優先指令を与えてあることを、俺は知っている。しかし、そのレアナがもし、もしも、この世からいなくなったとしたら?

 ああ、そうだ、いつかレアナが言っていた。わたしが死んでも、レオネは自分がどうするべきか決められる、と。

『もちろん、レオネは有機的な生命体ではないから、生きる本能というものはないの。ただ、生きる意志は持っている。レオネの進む道が人類のためになるよう、わたしが教えてきたわ。それが、あなたの存在意義なのだと』

 俺は今まで、そのことを、きちんと考えていなかった。考える必要などないと思っていた。怖かったのだ。レアナが俺より先に死ぬなんて、想像すらしたくなかった。

 年齢的にはレアナの方が上だが、無茶ばかりしている俺の方が、先にどこかで死ぬはずだった。レアナがいない世界なんて、真っ暗闇だ。

 冷静に尋ねようとしたが、声が上ずった。

「なあ、レオネ、レアナは無事だよな? 何かあって、どこかに隠れているんだろ。たぶん、俺と連絡も取れないくらい、まずい状況なんだな。俺に何か、できることはないのか?」

 ロボットのカマキリ顔が、気のせいか、同情に歪んだような気がした。

「マーク、あなたがそこに至るのを、待っていたのです」

 何だって。

「わたしから言うのではなく、あなたに気付いてほしかった」

 不吉な冷気で、ぞっと鳥肌が立った。いやだ、聞きたくない。レアナに何か、取り返しのつかないことが起こったなんてことは。

 俺はロボットに背を向けたが、その場から逃げ出す決心もできず、壁に手をついて上体を支えた。

 できるものなら、何も聞かず、心を閉ざしてしまいたい。だが、それができる自分ではないことも、わかっている。

 俺はこれまで、どんな事実にも立ち向かってきた。汚職、環境破壊、内戦、爆弾テロ。どんな敵にもぶつかってきた。政治家、企業経営者、法律家、犯罪者。

 戦って負けたことはたくさんあるが、戦いから逃げたことはない。それが誇りだ。そういう俺だからこそ、レアナも愛してくれた。

『マーク、あなたは馬鹿よ。でも、とびきり素敵なお馬鹿だわ』

 そして、俺に俺の仕事を続けさせてくれた。危険な取材でも、行くなとは言わなかった。俺が行方不明になったと彼女が思った時は、傭兵部隊を差し向けてきたが。

 そう、俺よりレアナの方が、はるかに賢い。科学者として優秀なだけではなく、人間としても俺より上だ。レアナにはいつも広い世界が見えていて、自分のするべきことがわかっている。何が起きたにせよ、レアナなら、何とか対応できるはずだ。生きているなら。

 息を整えてから、レオネに向き直った。レオネが何日も待ったということは、もはや、急ぐ必要のない状況なのだ。少なくとも、奴はそう思っている。だから、まず、核心部分を明らかにしたい。

「レアナは生きているのか」

 俺の人生で、これほど恐ろしかった時間は他にない。それはつまり、俺が既に答えを予期していたからなのだが。

 数秒の間があって、穏やかな人工音声が答えた。

「いいえ、マーク。レアナは死亡しました。あなたの意識が戻らないうちに」

   『星の降る島』5章に続く

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