恋愛SF『レディランサー アグライア編』4章-1
4章-1 ジュン
――たかが小旅行に、軍艦での送り迎えなんて!!
あたしは恥ずかしくて、いたたまれなかったが、《エオス》のみんなは、そのくらい当然だという。
「きみは賞金首なんだよ!! 全世界から注目されている、重要人物なんだ!! 全力で護衛してもらわなきゃ、困る!!」
とエディは拳を握って力説する。
「余計な危険を避けるためだ。有難く、護衛してもらいなさい」
と親父も言うし、旧友のバシムも、太い腕を組んで頷いている。
「まあ、いつかはこうなると思っていたよ」
……いつから思っていたのか、聞きたいとこなんだけど!!
仕方がない、と腹をくくった。これまでは『賞金首の娘』だったけれど、今度からは、あたし自身が違法組織の〝連合〟に賞金をかけられる身になったのだ。
つい最近、辺境の大立者、グリフィンが世界に告知したのである。ジュン・ヤザキを懸賞金リストに加えると。もちろん、〝リリス〟や司法局長、最高議会議長など大物が並ぶリストの、うんと下の方だけれど。
マスコミは大喜びで特番を組むし、ファンクラブには加入者が増えた。あたしが公式に認めたわけではない、自主的なファンクラブに過ぎないけれど。軍や司法局にしてみれば、あたしを警護することは、新たな重要任務ということになる。
(……あたしが、重要人物ねえ……)
たかが十七歳の小娘に懸賞金をかけるなんて、悪の帝国もまめというか、暇というか。もっと他に、ちゃんとした政治家とか、軍人とかを選んで、懸賞金リストに加えればいいのに。
まあ、別にいいけど。
これも、有名税の一種だろう。
『辺境航路の英雄』と呼ばれるヤザキ船長の娘として、命を狙われたり、誘拐されたりすることには、もう慣れている。それにちょっと、余計な危険が加わるだけのこと。
あたしは今回、母港である小惑星都市《キュテーラ》から三日の距離にある植民惑星《ファルーネ》を目指していた。そこで、商業船の船長に必要な、パイロットのA級ライセンスの試験を受けるのだ。
B級試験に合格してから二年あまりが過ぎ、ようやくA級の受験に必要な、実務経験の資格を満たしたわけ。
もちろん《エオス》は仕事で別方面に飛ぶから、あたしと付き添いのエディ、ジェイクは休暇をもらい、試験会場まで軍艦に護送されるという段取りだった。
「子供じゃないのに、二人も付き添いなんて」
とぼやいたら、パトロール艦《フレイア》の榊艦長に言われてしまった。
「お嬢さん、あなたが誘拐されてから大追跡するより、最初からきっちり守る方が楽なんですよ」
穏やかな苦笑である。どんな任務であれ、完璧に務めるという覚悟の表れ。軽巡航艦《フレイア》は支援艦三隻を引き連れているから、ささやかながら、小艦隊という陣容だ。
「はあ、そうですね。お世話をかけます」
と神妙に答えるしかない。
まあ、あたしも軍艦で旅行なんて初めてだから(ドナ・カイテルに誘拐された親父を奪回するため、軍の小艦隊と共に辺境に出た時は、旅行ではなく作戦行動だった)、いい経験にはなる。
ジェイクもエディも元軍人だから、軍艦に感激はないらしいけれど、あたしは艦内見学や、若手の女性軍人とのパジャマパーティで、結構盛り上がった。
勤務時間内には、それぞれ颯爽としたお姉さんたちだけれど、素顔はまた違う。彼女たちの武勇伝や失敗談、軍内部のこぼれ話なんかを聞くのが面白い。
「それがね、将軍閣下とは知らないで、気安く肩を叩いて馬鹿話してしまって、後から冷や汗よ」
「そんなこんなで目が覚めたら、式典の五分前よ。もう、あれほど急いだことは、生涯なかったわ」
「まさか、別れた男が、新しい部下になるなんてねえ。気疲れするったらないわ」
逆にあたしは、輸送船《エオス》での日常生活や、親父のこと、他のクルーのことを尋ねられた。
「ねえ、お父さまは再婚なさらないの?」
「エディさんて、あなたの彼なんでしょ? いつ結婚するの?」
「ジェイクさんて、決まった人いる?」
さあて、どう答えよう。
親父本人は、逮捕されて隔離施設にいるドナ・カイテルを忘れられないらしい。自分の部屋から、まめに通話しているらしいから。あたしには隠しているつもりだろうけれど、かまをかければ、すぐにぼろが出る。
『いや、ただちょっと、差し入れをしようかと思って。もうじき、彼女の誕生日だった気が』
だなんて、聞いてもいない言い訳を並べ立てて。
自分を誘拐した女でも、恋愛感情があってのことだと、悪く思えないのだろう。誘拐されている間は、記憶を操作されていて、彼女を妻だと思っていたわけだし。
いずれ、ドナ・カイテルが刑期を終えたら……どうなるか、あまり考えたくない。あたしは絶対、彼女と仲良くなれないと思う。親父を口説くにしても、もっとましな方法があるでしょう? 他に誰か、親父に相応しい女性が現れてくれないだろうかと思うのは、一人娘のひがみ根性?
エディからは、
『ぼくは当面、女性と付き合うつもりはないから。人に尋ねられたら、きみと付き合っていることにしてくれないかな』
と頼まれている。あたしにとっても、ナンパ避けに、その方が都合がいいのは確かだけれど。
《トリスタン》の爆破事件からだいぶ経つのに、エディはまだ、自分が幸せになってはいけないと感じているみたい。本当はエディも、あちこちのお姉さんと付き合って、人間の幅を広げた方がいいのだろうに。
まあ、養育施設にいるチェリーとは連絡を取り合っているので、『いいお兄さん』役は、きちんと果たしている。チェリーがナイジェルと仲良くなったことについては(あたしが、そう計らったからだ)、許しがたく感じているようだけど。
エディの幼馴染みのナイジェルは、気障なところはあっても、悪い男ではない。報われない恋のせいで、ちょっと傷ついているだけ。誰が彼を傷つけているのか、エディは一生、理解しないだろう……ナイジェルが、腹をくくってエディに告白しない限り。
ジェイクについては、元から『港々に女あり』という状態なので、答えは決まっている。
「父は当面、再婚するつもりはないようです。エディは一応……あたしのボーイフレンドなので……将来のことはわからないけど、ちょっと脇へのけておいてもらって……ジェイクはフリーですから、好きにアタックしてくれて大丈夫ですよ」
と説明しておいた。
将来、親父がドナ・カイテルとどうなるかは、親父の問題だ。
もしもエディに良さそうな相手が現れたら、寂しいことは確かだけれど、いつでも祝福して引き渡すし。
あたしの側にいて、また死にかけるようなことになってはいけない。エディが生きて幸せなら、遠く離れても、会うことがなくなっても、あたしは我慢できる……はずだ。
「きゃあ、嬉しい、ジェイクさんを口説いちゃお」
「わたしは断然、ヤザキ船長が理想だわ」
「残念だけど、エディさんは、あなたにべた惚れだものねえ」
身近にいるあたしは、もう麻痺しているけれど、客観的に見た場合、《エオス》の男どもは、かなり高水準らしい。お姉さま方の一致した感想としては、
「ジュンちゃん、あなたはいいわねえ。いい男に囲まれて」
ということだった。他人から見れば、『辺境航路の英雄』を父に持つあたしは、恵まれた立場なのだろう。実質は、ジェイクやルークたち鬼軍曹に叱られてばかりの、下っ端の雑用係なのだけれど。
『レディランサー アグライア編』4章-2に続く
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