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古典リメイク『レッド・レンズマン』11章-2

11章-2 クリス

 翌朝、制服に身を固めてヘインズ司令のオフィスに行くと、そこには徹夜明けらしい疲れた顔の初老レンズマンが、濃いコーヒーのカップを前に座っていた。おそらく、基地のレンズマンたちは、誰も眠っていないだろう。

「こうなっては、隠しても無駄だから、きみには話そう。その代わり、このことは当面、きみの胸に収めておいてくれるか」

 他ならぬヘインズ司令の言葉なので、

「わかりました」

 と、おとなしく答えた。そう約束しなければ、何も話してもらえまい。最悪、レンズマンたちは、わたしに暗示をかけて、記憶を封鎖することができる。そんな目には遭いたくない。

「レンズの由来については、きみがイロナから聞き出した通りだ。アリシア人は、銀河パトロール隊の創設時から、我々を応援してくれている。そのことはずっと、レンズマンだけの秘密だった。アリシアを守るためでもあるし、彼らが、最低限の接触しか好まないためでもある」

「隠遁した老賢者のようなものですか」

 それでも、欺瞞の一つは既に破綻している。女も、レンズを持てるではないか。

「レンズをもらえるなら、わたしもライレーン人になってもいいかもしれませんわ」

 と言ったら、ヘインズ司令は渋い顔をした。

「それについては、待ってくれ」

 アリシア人の真の姿を銀河文明に知らせることについては、アリシア人の許可を取らなければならないと、レンズマンたちは考えているらしい。そしてそれはまだ、未来のいつかのことにしておきたい、というのがアリシア人の意向らしい。

「我々のような後進種族がアリシア人のことを知れば、強い劣等感に襲われたり、逆に、過度な依頼心を持ったりするかもしれない。それは、我々の進歩を決定的に阻害してしまう、というのが彼らの考えなのだ」

 まあ、それは理解しないでもない。頭の上に絶対的な超越者がいるなんて……何をしても彼らに見通されてしまうなんて、わたしだって、どうしたらいいか、混乱する。

「一体どんな種族なのですか、アリシア人というのは。閣下は会ったことがあるのでしょう?」

 するとヘインズ司令は、遠い昔を思い出すような顔をする。

「レンズを授与される前、訓練生の時に、たった一回きりだ。しかもその時は、アリシア人について何も知らなかった。向こうは様々な偽装で接触してくるのだ。海賊だったり、貿易商人だったり、学者だったり。彼らは候補生に与えるレンズを作製するために、精神の指紋のようなものを採取するらしい。こちらは一方的に審査されるだけであって、向こうの実体を知るような機会はほとんどない」

「それでよく、信頼できるものですね」

「彼らは常に、正しい者にレンズを与えてくれている。これまでのパトロール隊の歴史を見れば、わかるだろう。レンズを汚したレンズマンは、ただの一人もいないのだ」

 そういう結果から、アリシア人の意図を推測するしかないわけね。神のような種族だと言うのなら、確かにそうなのかもしれない。でも、神を信じない自由もあるだろう。

「では、ライレーン人の持っているブラック・レンズについてはどうなんです。それも、アリシア人が与えたものですか?」

「いや、そうではないと思う。別のレンズ供給源があるらしい。イロナはライレーンの出身だった」

 ああ、やはり。

「毎年、十人かそこらの娘が選抜されて、ブラック・レンズを与えられ、外の世界へ送り出されるそうだ。彼女たちは外界からライレーンに技術情報を送ったり、パトロール隊の動向を伝えたりする。銀河文明の市民社会に紛れ込む時には、よく似た少女と入れ替わるそうだ。記録を操作したり、人の記憶を作り変えたりすることで、これまでうまく、一般市民に紛れてきた」

 入れ替わった娘たちはライレーンに送られ、そこで生かされているというので、一安心だった。もしも殺しているのであれば、到底、許すことはできない。

 ヘレンという女王が、企みの中心なのか。彼女もまた、アイヒ族に隷属しているのか。イロナ自身は、女種族を救うという、自分の使命を信じているようだったが……

「それで、ブラック・レンズの出所は!?」

「イロナは知らなかった。母星を出発する時に、女王から授けられたと言っている」

 女王ヘレンは、送り出す娘たちに、こう語ったという。

『わたしたちは、女だけでうまくやっている。人類は、女だけで文化を守っていけるのだ。しかし、いつか銀河パトロール隊に存在を発見されたら、男たちがここに乗り込んでくるだろう。そうしたらまた、男に支配される時代に逆戻りだ。そんなことは、とても許せない。おまえたちは外界で地位を得て、ライレーンを守るために働くのだ』

 過去に幾度か、他種族の貿易船や、海賊の下っ端などがライレーン星系を通りかかったことがあり、彼女たちはそこから、外界の様子を知ったという。

「だから代々の女王は、鎖国を続けながら、少数の工作員を外の世界に送り出してきた。情報を集め、ライレーン防衛を図るために。やがて、結論が出た。彼女たちが、銀河パトロール隊を乗っ取ればいいのだと。そして、人類の男を滅ぼして、女だけの文明を築けばいいのだと」

 まさか、本気でそんなことを。

「他種族から見れば、人類同士の内輪もめだ。基本的に、内政干渉はしないのが銀河文明のやり方だからな。案外、うまくいったかもしれない。我々レンズマンがいなければ、だ」

 何という無謀な考えだろう。いくらわたしでも、人類の半分を抹殺しようなんて思わない。

 けれど、あのブラック・レンズがもっとたくさんあれば……人類同士で、長い戦いになっていたかもしれない。

「彼女たちは遺伝子操作のおかげで、最初からある程度のテレパシー能力を持っている。その力をこのレンズで増幅すれば、普通人を操るのは簡単らしい」

 ヘンリーも、そうやってイロナに骨抜きにされたのだろう。彼のプライドは、きっと、ずたずただ。

「ただ、彼女たちの力がレンズマンより上かどうかは、わからない。もしレンズが同質のものならば、持ち主の力の差で、勝負が決まるだろう。だからこれまで彼女たちは、レンズマンに存在を悟られないように密かに動いてきた。レンズマンとまともにぶつかって、勝てればいいが、もし負けたら、ライレーンはおしまいだと思っていたわけだ」

 なるほどね。

「で、ヘンリーを利用してわたしを狙ったのは、わたしを操ってヘインズ司令を暗殺させるためですか?」

「いいや。彼女の本来の任務は、情報収集と、各界の有力者たちの洗脳だった。スターとして成功すれば、政界や財界の大物たちを虜にすることも容易い。しかしイロナは本気で、きみを味方につけるつもりだったようだ」

「えっ?」

 洗脳して、操り人形にするのではなく?

「彼女はまだ、自分の使命を信じている……我々、男のレンズマンがいくら説明しても、心を開かない。我々がライレーンを侵略して、女たちを支配下に置くと思っているのだ。クリス、きみが説得を試みてくれないか?」

 ***

 イロナは最高司令部の一画、厳重に監視された特別房に入れられていた。

 部屋は最新式の思考波スクリーンで幾重にも覆われているし、ブラック・レンズも取り上げられているから、イロナが外部の誰かを操ることはできない。また、外部の誰かがイロナの心に接触することもできない。たぶん。

 そしてレンズマンが複数、この部屋に入ってくれば、肉体的にはただの娘でしかないイロナは、尋問や処刑から逃れることはできない。

 わたしが許可を得て、イロナのいる部屋に入ると、彼女は疲れ切った様子で、片隅のベッドに腰を下ろしていた。

 着ているものは昨夜のミニドレス一枚で、靴もなければ靴下もなく、素足のままだ。顔色はよくない。目が充血しているのは、何度も泣いたからだろう。

「誰かに殴られたり、していない?」

 わたしが尋ねると、それまでうなだれていたイロナはこちらを見て、可愛い唇に皮肉な笑みを浮かべた。

「肉体的な暴力は、昨日、おまえに振るわれただけだ」

 よろしい。まだ抗う気力は残っているのだ。

「あら、それは悪かったわね……でも、あなたが悪いのよ。わたしたちを洗脳しようとしたでしょ」

 もちろん、レンズマンが捕虜に暴力を振るう必要はない……特別な目的がない限りは。イロナはただ、捕まった屈辱感に苦しんでいるだけだ。何人もの男に、入れ替わり立ち代わり心を覗かれ、記憶を探られたことは、強姦に等しいとしても。

「逆だ。おまえの洗脳を解こうとした。ヘンリーなんか、どうでもいい。男なんか、みんな死ねばいいんだから」

 もはや本音を隠す必要はないと悟って、イロナは開き直っている。

「クリス、おまえは優秀なのに、男たちに洗脳されている。洗脳が解ければ、ライレーンの味方になってくれるはずだ」

 わたしはゆっくり近づいて、ベッドの端近くに腰を下ろした。これは大事な局面だ。もし、この子が少しでもわたしを信用してくれたら、ライレーンでの無駄な戦いが避けられるかもしれない。

「教えてちょうだい。わたしが、どう洗脳されているのか」

 イロナは身構えつつ、わたしの顔を睨みつけてきた。

「おまえは、おまえの世界の女たちはみんな、男たちに騙されている。男というものは偉いもので、レンズマンは正義の味方だと、思い込まされている。レンズがどこから来たのか知らず、レンズが女に与えられないことも、疑問に思っていない」

「少なくとも、わたしは、疑問に思っているわよ」

「そうだ。知っている。おまえが子供の頃、レンズマン養成所に抗議しに行ったことも」

 あれは両親が死んだ後、何かの式典に、他の遺族たち共々、招かれた時だ。わたしは両親の仇をとりたくて、焦っていた。自分が女であることが、悔しくてたまらなかった。男なら、少なくとも、レンズマン候補生にはなれただろうに。

「だから、おまえなら、味方にできるかもしれないと思った。おまえがライレーンに行く前に、味方にしたかった。でないと、わたしの故郷が……男たちに……」

 イロナの声が裏返った。この子は必死で、母国のライレーンを守ろうとしているのだ。今のこの子から、邪悪さは少しも感じられない。

「ねえ、イロナ。残念ながら、人類の女性は、特に洗脳されてはいないのよ……ただ、常識を疑わないという欠点はあるかもしれない。でもそれは、男性も同じこと」

 とゆっくり話した。異性に対する個人的な恨みつらみはあっても、総体としては、男女は仲良く暮らしている。男性の絶滅に賛成する女性は、まずいないだろう。

 でも、ライレーンで生まれ育ったこの子は、男は邪悪なものと教え込まれ、今日まで、必死で工作員の務めを果たしてきたのだろう。外界に送り出されたのは、ほんの少女の頃。それから今日まで、その思い込みを疑うゆとりを持たなかったのだ。可哀想に。

「あのね、イロナ、あなたは誤解しているわ。ライレーンに、男たちが無理やり上陸することはないのよ。銀河文明は、各惑星の独自の文化を尊重しているのだから」

 そうでなければ、銀河パトロール隊を創設した人類は、他種族から軒並み拒絶されていただろう。

「ライレーンは、これまで通りの自治を認められるはず。ただ、星系外縁に、パトロール艦が立ち寄ることさえ認めればいいの。それは、あなたたちを海賊の被害から守るためであって、あなたたちを侵略するためではないのよ」

 それでも、イロナは冷ややかな顔だ。

「それはもう聞いた……建前論だ。ブラック・レンズがある以上、レンズマンたちがライレーンを放置するはずはない。占領地扱いして、ライレーン人の自由を制限するだろう」

 なるほど。

「じゃあ、これを返すわ。一時的にだけど。これで、わたしの心をのぞいてみたらどう?」

 制服のポケットから、絶縁容器に入れておいたイロナのレンズを取り出し、差し出した。イロナはたじろぎ、罠ではないかと疑っている。レンズなしでもある程度、わたしの心は読めるだろうけれど、尋問に当たったレンズマンたちから、おかしな真似はするなと、かなり脅しつけられたようだから。

「この部屋は厳重に遮蔽されているから、あなたがレンズを身につけても、外部へは通信できないわ。あなたはただ、わたしの心を読み取ればいいの。それで納得したら、レンズを返してもらっていいかしら。こちらの技術部が、じっくり調べたいと言っているので」

 もっとも、今の人類に、レンズの原理や、製造法がわかるとは思えない。だからこそレンズマンたちは、アリシア人を崇拝しているのだ。

「わたしが……おまえを洗脳しようとしたら?」

「それはもう無理ね。わたしがその危険を認識している以上、昨夜のようには簡単にいかないわ。それに、この部屋の外に出たら、レンズマンたちが、わたしの心を点検することになっているし」

 そんなことは嬉しくないけれど、手続き上、やむを得ない。

 イロナはためらいながら、涙滴型のレンズに手を伸ばした。それを掌にきゅっと握ると、イロナの心がふわりと、わたしに触れてくる。

 イロナは意識していなかったが、これは往復精神感応だった。わたしはイロナの子供時代の記憶から、ライレーンの様子をかなり把握することができた。

 集団保育の様子、学校時代の様子。友達との語らい、大好きな歌やダンスの稽古。工作員に選ばれた驚きと誇り。

 母星を離れる時、女王から訓戒を受けて感動したことも、昨日のことのように鮮やかだった。そして、レンズの出所については……女王は何も告げていなかった。

 やがて、イロナはわたしに害意のないこと、母星の自治は守られることを納得したようだ。涙滴型のレンズをぽとりとベッドの上に落として、不思議そうな顔をする。

「クリス、おまえは……本当に、レンズマンを愛しているのか。ただ、優秀な精子が欲しい、というだけではなくて?」

 わたしはつい、笑ってしまった。

「そういうことになるとは、自分でも意外だったわよ。たった一人の弟をパトロール隊に取られたからには、レンズなんて、うんざりのはずだったのにね」

 イロナはますます、不思議そうな顔をした。

「おまえを洗脳しなくても……おまえは最初から、ライレーンの味方をしてくれるつもりだったのだな」

 ライレーンの味方というより、自分の理想を守りたいだけ、なのだけれど。

 戦いのない、平和な世界……それが実現したら、キムもリックも自分を犠牲にしなくて済む。

「同じ人類の女性ですからね。逆に、わたしたちの側の女性が、ライレーンに移住したいと思うかもしれないわ。そういう女性なら、審査した上、受け入れてくれてもいいのではないかしら」

 イロナは子供のように、目を丸くして聞いている。これが、本来のイロナなのだとわかった。

 この子を尋問したレンズマンたちは、この子の不安や恐怖を、少しでも和らげてやろうとはしなかったのだろうか。敵地で孤立して(と思い込んで)、心細い思いをしている娘だというのに。

 だから、まったく、男というやつは……女が監視して、時々、叱り飛ばしてやらなければならないのよ。

   『レッド・レンズマン』11章-3に続く

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