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恋愛SF『ブルー・ギャラクシー ジュニア編』1章

1章 紅泉こうせん

 最初は、ナギからの報告だった。

「ミス・リリー、これをご覧下さい。先ほど届いた情報です」

 彼はあたしたちが秘書として使っている、美青年型の有機体アンドロイドの一体である。

 任務と任務の間の待機時間だったので、あたしたちは中央の植民惑星の快適なホテルにいた。繁華街で買い物をしたり、レストラン巡りをしたりする間に、不定期にネットを通じて、辺境からの連絡を受け取っている。

 リリーというのはあたしのコード名のようなものだが、それすらも有名になりすぎてしまったので、変更した方がいいと思いつつ、面倒臭いのでそのまま使っている。他にもサンドラとかジャスミンとかいう偽名が幾つもあり、使い分けるのが厄介なのだ。

「これはおそらく、じかにご覧になるべきだと思いますので」

「そう? わかった」

 あたしたちは辺境のあらゆる違法都市に、戦闘支援システム《ナギ》の末端を配置している。偵察鳥、監視虫、アンドロイド兵、有機体アンドロイド。

 彼らは常時、都市内を行き来する人間たちのデータを集め、各組織の動向を分析している。その膨大な情報の中に注意を喚起すべき事象があると判定すれば、《ナギ》はあたしや探春たんしゅんに報告してくる。

「一緒に見る?」

「ええ、いま行くわ」

 少女時代から続けているバレエの稽古を終えた探春が、シャワーを済ませてから来るのを待った。続き部屋の居間でソファに座り、その監視映像を見ることにする。

 何でも、違法都市《サルディス》で、夜な夜な暴れ回っている男がいるらしい。ヘルメットをかぶって大型バイクを乗り回し、夜中の街をうろつく。あちらで街娼を買う男に喧嘩を売り、こちらでチンピラ集団を叩きのめし、死体やアンドロイド兵士の残骸を残して去る。

 えらく腕が立ち、しかも凶悪らしい。まるで、少女時代のあたしのようだ。街に暮らす者たちからは、

『あいつには近づくな』

『姿を見たら逃げろ』

 と恐れられているらしい。これまではヘルメットを脱がなかったので顔がわからなかったが、喧嘩で痛い目に遭わされた三流組織の連中が報復を企み、彼を罠にかけたのだ。

 あたしたちが見た望遠の偵察映像では、バイクの男が炎に包まれていた。彼が通りかかった道路に、左右から化学燃料が降り注いだのだ。

 バイクの男は燃えながらも走り続け、バイクごと川に飛び込んだ。それからバイクとヘルメットを捨てて川底を泳ぎ、かなり離れた地点に上陸した。たいした肺活量だ。

 当然、そこにも罠を張った者たちが待ち構えていたが、激しい銃撃戦の後、生き残ったのは彼だけだった。もしかして、あたしと同じくらい強いかも。

 ずぶ濡れのまま撮影されたその顔を見て、あたしは息を呑んだ。横にいる探春も同様だ。

 乱雑に切った黒髪、浅黒い肌、男らしい精悍な顔立ち。黒焦げのライダースーツに包まれた、がっしりした長身。

 これは、あたしたちの従兄弟のシヴァだ。いや、シヴァの若い頃にそっくりだ。

 体格は一人前に近いが、顔がまだ若い。動作にも、無駄な力みがある。おそらく、十五歳かそこらだろう。

 本物のシヴァは、もしも生きているなら、五十代後半の立派な中年男のはずである。あたしたちと同様、寿命の長い強化体なので、外見は若く保たれているだろうが、戦いの歳月はどうしても顔に出てしまうから、もはや若者には見えないはず。

 この子はまだ、ほんの少年だ。

 それにしても、シヴァにそっくり……彼が家出してからの姿は知らないので、あたしには、彼の二十歳前の姿しか記憶にないのだが……

「ねえ、探春、ひょっとして、この子……」

 横を振り向いたあたしは、そこに誰もいないので驚いた。いつの間にか、探春は奥の浴室にいる。洗面台に向かって頭を下げ、ざあざあと水を流している。長い茶色の髪は、手で横にまとめて。

 吐いたのか?

 それとも、頭を冷やしているのか?

 探春は小柄で細いが、あたし同様、頑丈な強化体だ。病気なぞ、滅多にしない。歴戦の闘士だから、死体を見てもびくともしない。ずいぶん前、あたしが遊びで嵐の海に連れ出した時でさえ、船酔いで吐きそうになっても、こらえていたのに。

「気分悪いの? 大丈夫? 何か変なもの食べたかなあ」

 支えてベッドへ連れていこうとしたら、身ぶりで断られた。顔は真っ青だ。元から色白だから、血の気が失せているのがわかる。

「まだ吐きそう? 医療システムで診断する?」

 もしも重大な異変なら、あたしたちの主治医である麗香姉さまの所へ連れていかなくては。あたしたちの遺伝子設計をし、研究室で胚を育成したのは姉さまである。遺伝子の欠陥が今頃になって発現したのなら、姉さまに相談するしかない。

 けれど探春は、真っ青な顔のままで言う。

「病気じゃないの……少し休めば、治るわ」

 ようやくあたしは、今の映像が、探春にショックを与えたのだと悟った。

 でも、どうして。従兄弟への手掛かりが掴めて、嬉しくないのか。

 確かに探春は、前からシヴァの話題が出ると、露骨に嫌そうな顔をしていたけれど……それは、子供時代にいじめられていたせいかと……あれは単に、不器用な少年の愛情表現だったのだけれど……

 間抜けなあたしは、ようやく真剣に考え始めた。もしかして、探春とシヴァの間には、あたしの知らない、深刻な問題があったのではないかと。

(まさか? あいつ、片思いが昂じて……)

 そんなにひどいことをするはずがないと思うが、でも、わからない。あたしには、男女の関係の機微は全然わからない。

 これまで、まともな恋愛をしたことがないのだ。恋愛に対する憧れはあるけれど、実際には縁がないままだった。ほとんどの男は、あたしのようながさつな大女は、避けて通るから。

   ***

 二日後、あたしたちは辺境へ向かう高速艦の中にいた。司法局には断りを入れ、しばらく戻れないと伝えてある。シヴァそっくりの少年のことを、どうしても放置しておけないと思ったので。

 他人の空似ならいい。けれど、もしもシヴァの息子だったら、一族の一員だ。

 おそらくはエネルギーを持て余しているのだろうが、あんな危険な暴れ方、放置しておくわけにはいかない。このままではきっと、無駄に命を落とす。

 同時に、世間の迷惑でもある。八つ当たりのようにして殺されるチンピラたちにとっては、ただの災厄だ。

 そもそも、シヴァはどうしているのだ。息子と一緒に暮らしていないのか。息子の教育に責任を持っていないのか。

 シヴァが一族から逃げたことは、まあいい。探春に振られて辛かったのだろうと、想像することができる。だが、息子ができたのなら、なぜきちんと導いてやらない。あんな、手当たり次第に喧嘩を売って回るような修行、無駄すぎるし危険すぎる。

 それはまあ、あたし自身も似たようなことをやってきたから、絶対に駄目とは言えないが……

 あの頃のあたしはまだ、一族にかばわれていた。まずいことをすれば、お祖父さま、お祖母さまが何とか始末してくれた。

 しかし、シヴァの息子(既にもう、あたしの中では息子と決めてしまっている)はどうなのだ。

 追跡映像では、シヴァそっくりの少年は、ずぶ濡れのまま手近の地下道に入り、迷路のような地下世界のどこかへ消えた。何らかの組織に守られてはいるのだろう。

 けれど、それはシヴァの築いた組織なのか? シヴァはまだ、一族と連絡を取らないつもりか?

 探春に振られたことなんて、もう遠い過去の話ではないか。あたしは彼に、あたしたちの味方になってほしいのに。あたしと探春は、辺境を支配する〝連合〟に逆らい続け、命を狙われている。シヴァはあたしたちの側に立って、共に戦ってくれるべきだろう。

 でも、探春はずっと暗い顔のままだ。シヴァそっくりの少年を捜す旅に、はっきり反対はしなかったけれど、それは、反対してもあたしが止まらないとわかっていたからだろう。

 何度も確かめようとして、ためらった。怖くて聞けない。いったいシヴァに、どんな恨みがあるのだと。

 何十年経っても、これほど残るしこりというのは、子供の頃、髪を引っ張られたり、虫や泥団子を投げ付けられたりしたから、程度のことではないだろう。

 思えば、思春期のある時期、突然、シヴァは遠方の姉妹都市へやられたのだ。まだ基礎教育が終わるかどうかという年頃だったのに、実地研修とかいう名目で。

 それ以後、あたしからシヴァに会いに行くことはあっても(彼は迷惑そうな顔をしたが、あたしにはいつもそういう態度だったから、別に気にしなかった)、シヴァが《ティルス》の屋敷に戻ってくることは、ついになかった。

 大人たちが、あえてシヴァと探春を引き離したのか。

 あれこれ思い合わせてみると、やはり、一つの結論にたどり着く。シヴァは、探春に何かしたのだ。探春が決定的に、男嫌いになってしまうような何か。当の探春が、親友のあたしにさえも、何が起きたか言えないようなこと。

 まさか、と思う一方で、そう考えなければ説明がつかない、とも思う。

 シヴァは、そこまで愚かだったのか。強烈な欲望に振り回される疾風怒濤の年齢だったにしても、初恋の相手だった探春に、生涯消えない痛手を負わせるような真似をするなど。

 しかし多分、それで間違いない。だからシヴァは、一族から出ていったのだ。自分が生涯、探春に許されないと認識したから。

 それでは、シヴァの息子を捜す旅は、探春には、古い傷跡をえぐるような行為になるのか。その傷はまだ治りきってはいず、じくじく痛んで、いまだ探春を苦しめているというのに。

 そうとわかっても、捜索をやめるわけにはいかない。シヴァの息子なら、あたしには甥っ子のようなものだ。父親がきちんと育てられないのなら、叔母同然のあたしが、教え導いてやらなくては。

 そして、一族の戦力になってもらわなくては。

 一族はこれから、あたしのせいで、〝連合〟と正面きって戦う羽目になるのかもしれないのだから。

 あるいは、それより前に、あたしが死んでいるかもしれないが。

 命を使い捨てにするような文明が、長く繁栄するべきではない。人を恐怖と武力で支配する〝連合〟の時代は、いい加減、終わらせなくてはならないのだ。

   ***

 違法都市《サルディス》は、人口八十万の二級都市だ。ここに拠点を置く組織は数多い。六大組織も、それぞれ拠点ビルを持っている。したがって、あたしたちは素顔をさらして歩き回ることはできない。ここまでの旅でも船を使い分け、迂回と偽装を繰り返した。

 それでももしかしたら、悪党狩りのハンター〝リリス〟の行方は、追跡されているかもしれないけれど。

 〝連合〟が本気なら、あたしも探春も、とうに殺されているだろう。それならば最高幹部会はまだ、あたしたちを、さほどの敵と思っていないのかもしれない。

 それならそれで、一日でも長く生きて、活動させてもらうだけのこと。

 あたしたちは繁華街の雑居ビルの一区画に腰を据えて、問題の少年が現れるのを待った。これまでの記録では、少年は週に一度は街に現れている。もっとも、バイクごと焼かれてからは用心深くなったのか、あれから十日以上過ぎているというのに、まだ一度も姿を見せてはいない。

 それなりの火傷もしただろうし、考えることもあるだろう。こんな無茶を、いつまで続けられるものかと。

 まるきり考えなかったら、ただの馬鹿だ。

 彼は――あたしはとりあえず、ジュニアと呼んでいるが――おそらく、自分がどう生きていったらいいのかわからず、無駄に足掻いているのだろう。

 あたしも、思春期の頃はそうだった。辺境の宇宙は、正義や良識が通じる市民社会とは違う。強い者が弱い者を踏み付けにする、無法のジャングルだ。ここで自分の信念を通そうとしたら、敵対する者を殺していくしかない。

 あたしも殺した。夜の街をさまよい、手当たり次第に喧嘩を売って。自分の強さを試したかった。何かにぶつかり、突破してみたかった。

 そのうち一族から追放処分をくらい、あてのない旅に出て若き日のミギワ・クローデルと出会い、司法局とつながり、正義の側に立つことになって、ようやく方向が定まった。

 それから今日まで、色々な失敗はしでかしたにせよ、市民社会を守る側にいることを悔やんだことはない。

 『弱い者を守れる世界』が、あたしの生きたい世界。

 シヴァそっくりのジュニアは、違法組織の一員となることに満足できる少年なのか。それとも、自分の力をもっと他のことに使いたくて、方法がわからず、もがいているのか。

 できるなら、真剣に悩む少年であってほしい。それなら、あたしの側に引っ張れる。

 〝リリス〟の一員になれとは言わないから(そんなこと、探春が耐えられないだろう)、あたしから何かを学んでくれればいい。それから、彼なりの道を見つければいいだろう。

   ***

 待機生活の間、探春はよく我慢して過ごしていた。あたしのために料理をしてくれ、お茶を淹れてくれ、ピアノを聞かせてくれた。あたしは室内のジムで運動し、外を走り回りたい気持ちを抑え付けていた。

 本当はあたしもヘルメットをかぶって、バイクで外を走りたいのだけれど。それで余計な危険を招いたら、本末転倒だ。

 やがて、とうとうジュニアが現れた。前と似たようなバイクに乗って、ヘルメットに顔を隠して、夜の街を走り出した。

 ただし、アンドロイドかバイオロイドの替え玉かもしれない。前に待ち伏せを受けて死にかけたのだから、いくら無鉄砲な少年でも、少しは用心しているだろう。

 あたしは手を出さなかった。少年は(あるいは様子見の偽者は)二時間ほど走り回ると、誰とも喧嘩せずに引き上げた。これでいい。少しは安心しただろう。

 もう一度待って、次にジュニアが現れた時、あたしは捕獲のための罠を動かした。数台のトレーラーを使い、走るバイクを包囲させたのである。

 彼がいい位置に来た時を狙い、粘着弾を撃たせた。

 大成功。

 ジュニアはバイクごと、速度を合わせたトレーラーの側面に張り付けられた。それから、ジュニアをはさむ配置で、二台のトレーラーが接近した。ジュニアはおそらく、バイクごと車に潰されるかと思っただろう。精々、冷や汗をかけばいいのだ。そうしたら、少しは知恵がつく。

 それから、片方のトレーラーの壁面が開き、回転し、外壁に張り付けになったバイクを、内側へ取り込んだのである。

   『ブルー・ギャラクシー ジュニア編』2章に続く

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