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憧れの一閃 七剣士物語 ~私たち高校1年生~ 其の三十三
※其の三十二からの続きです。気軽にお付き合いください。
「……2人共、竹刀や防具は? 2人の剣道歴も少し教えてちょうだい」
ようやく琴音先生が重い口を開いた。相馬と四日市は、よほど恐ろしかったのか、ゆっくりと顔を上げる。周りにいた部員も少しホッとする。琴音先生は美人で優しい先生だ。しかし、怒ると超絶に怖い。2人のことは私も含めてほとんど知らない。1年生部員は掃除をしつつ、それとなく聞こえる距離まで詰めてくる。
「……私は、中3の千葉県大会個人戦で準優勝して、全中へ出る予定でした。……ですが、宏樹のことで精神的にも追いつめられていたので、全中は辞退しました……」
四日市は辛そうに言う。
「……私は中2の冬休みで弟、宏樹が剣道できなくなってから、一緒に剣道を辞めました……」
相馬も短く語る。
「……そう」
琴音先生もそれだけ答えて再び道場が静まる。
「1年生の雪代や藤咲から少ししか説明は聞いてないから、私はあなたたちの関係は深くはわからない」
琴音先生が話し出す。
「1週間様子を見ていたけど、剣道部に入部する意思はあるのね? 喧嘩する場所じゃなく、剣道を学ぶこの道場で」
真っすぐ琴音先生は2人を見据える。
「……はい」
「……あります」
相馬も四日市も琴音先生の目をしっかり見据える。そのやり取りを1年生は掃除の手を止めて、全員で見ていた。
「……わかったわ」
琴音先生は竹刀や防具のことも聞いたが、これに関しては2人は剣道を辞めた際に捨てたようだ。
「部で懇意にしてもらっている武道具屋さんがあるけれど。そうね……」
琴音先生が顎に手を当て考え込む。
「雪代! 任せて良いかしら?」
「へ?」素っ頓狂な声を出してしまった。
「この2人のやる気や思いはわかったわ。私から武道具屋さんに頼んでも良いけど、ここはあなたに任せるわ!」
ニコッとして琴音先生は道場に礼をして出て行った。2、3年生の先輩たちもガヤガヤと足早に帰路についた。
(な、なんで!?)
道場に残った10人の男女1年生。気まずい以上の言葉は出ない。互いが互いの顔を見やり、その場で固まる。
「え、え~と……」
この2人を剣道部に入部させたのは私だ。責任という意味でもここは何か切り出さないとならない。
「防具ないなら武道具店。そこで必要な物を買う。そして稽古で使う」
何を言っているのか自分でもわからないが、これ以上の言葉がなかなか出てこない。自分がこだわって贔屓にしている武道具店。ふと、八神と日野と目が合った。
「……なんだよ、雪代。私や古都梨を見るんじゃねぇ」
こだわりや贔屓にしている武道具店と言えば、実力ある藤咲や八神ならあるだろうと閃めいたが、藤咲はすでにそっぽを向き拒否。ならばと、この2人にすがる思いで視線を流したが。
「……う~ん、蓮夏。さすがにこの状況、雪代、可哀そうじゃない?」
光みたくフォローを日野が入れてくれるとは思わなかったので、次の言葉を信じて待つ。
「……ッチ! 言っとくがな! 相馬! 四日市! 雪代はどうだか知らねぇけど、他の部員はお前たちの入部を認めたわけでもねぇんだからな!」
八神が凄んで2人に言い放つ。道場には1年生だけ。これは確実にヤバい状況になると思ったが。
「……悪かった」
四日市が一言だけ言い。
「……私も、家で宏樹と約束した。二度と喧嘩しないって……」
相馬もその一言だけ発する。
「……な! なんだよ! 急に素直になりやがって! 突っかかってきていいんだぜ! 今度こそ追いだしてやるからよ!」
八神が挑発じみて言うが、2人は顔を伏せる。
「……蓮夏、もういいんじゃない? 相馬も四日市も、心、疲れちゃっているよ、蓮夏だって、あるでしょう? そういう時」
「はぁっ」と大きなため息をつき、八神は諦めた表情をする。
「わぁーったよ! これじゃあ、あたしが悪者だ。古都梨と子供の頃から贔屓にしている武道具店あるから紹介してやるよ!」
その言葉で少しだけ場の空気が緩む。宗介や滝本や前田も3人で顔を合わせて笑う。
「今度の日曜日は練習がオフだからな。その日に来てもらうぞ! いいな! 相馬! 四日市!」
「悪い」小さな声で2人は八神にお礼を言った。
「でもなぁ、あそこのスケベじいさんに会いに行くのか~」
日野が困ったような顔をする。
「あっ、あのさ! 私もついて行っていい?」
光が手を挙げながら言う。
「……まぁ、いいけどよ。正直、光がいてくれた方が会話が持つから助かるっちゃ助かる……が」
あっ!と八神が口に手を当てる。不意に自然と光の名前を呼んだからだ。
「い、いや、月島がいてくれた方が、その、なんだ……」
照れ臭くなったか再度名字で呼ぶが、少し顔を赤くした八神に光は笑いかける。
「ふふっ。いいよ! 光で。呼びやすいでしょ? 私の名前」
とびきりの笑顔で光は答えてあげた。
「雪代さんも来るよね? あと、藤咲さんも……」
藤咲にも促すが。
「私は行かん!!!」
突っぱねるように言われてしまった光がシュンと落ち込む。
「……その日は、用事がある」
言葉には含まれていないが、申し訳なさが伝わるような言い方だったので、光に笑顔が戻る。まだまだ歪な私たちの関係。だが今回の件で、また少しづつ私たち1年生も変わってきた。そんなことが嬉しくて、私はその場で、ふっとほほ笑んだ。
続く
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