憧れの一閃 七剣士物語 ~私たち高校1年生~ 其の二十二
※其の二十一かの続きです。気軽にお付き合いください。
ここまで怒りが頂点にきたのもいつ以来だろう。光が気を利かせてくれたのを無に帰す行為。本当にこいつは剣道をやっていた人間だろうか。
「……離せよ」
一言だけ四日市は言うものの、私はこいつの手首をギュッと握りつぶす思いで離さない。
「お前、やっていることと言っていることが滅茶苦茶だぞ。何しに来た? 礼儀正しくハンカチを返しにきたと思えば、部員にちょっかいだして絡んでくる」
私をずっと睨んだまま、その目は逸らさない。
「そういえばお前にはビンタ食らわされたな。痛かったなぁ。その時の借り、この場で返してもいいんだぜ!」
グッと私の腕を振りほどいて、完全にターゲットを私に切り替える。一瞬でもこいつが改心したかと思った私がバカだった。こいつはもう言葉では通用しないと悟る。
「剣道着着て喧嘩なんかしたらどうなるかわかってるよな? 私はこれでも担任のセンコーとは仲良いんだぜ」
相馬同様汚い奴だ。こっちが手を出せないことを良いことに脅してくる。
「……私は喧嘩なんかしない」
それだけしか言えず、場は硬直するような空気になる。
「……弱虫」
不意に光が鼻を押えながら私たちの間に入ってくる。
「あん?」
四日市が光を見据えて凄む。
「……弱虫! 弱虫!! 弱虫!!!」
だんだんと光が声のトーンを上げていく。
「千葉県大会準優勝かなにか知らないけど! 過去に何があったか知らないけど!! 竹刀使える人が殴って蹴って人を痛めつける!! あなたなんか弱虫くじ毛虫以外の何者でもない!!!」
光が声を荒げて四日市に向かって叫ぶ。こんな光を見たことないので、部員全員が唖然とする。
「んだと! コノヤロー!!」
光に跳びかかり馬乗りのような状態になる。止めなきゃいけないのに、光の凄みもあり、咄嗟に動けなかった。
「もう一回言ってみろ! 私は弱虫でも挫け者でもない!! 私は!!!」
光に殴りかかろうとするが、その拳が止まる。
「殴りなさいよ! そうやって気を済ませてきたんでしょ!! 好きにしなさいよ!!!」
拳を振りほどき、光の胸ぐらを掴む。
「お前ーーー!!!」
光に向かって叫ぶが、光の言われた言葉が四日市には効いている。手はワナワナ震えており、それ以上どうにもしようがない状態が続く。藤咲が四日市の制服を引っ張り起き上がらせる。
「……もう終わりだ。いい加減にしろ。これで気は済んだだろ」
藤咲の手を払うものの、依然として光に鋭い眼光を向ける。
「あなたは中学のときに千葉県大会で準優勝した。理由があって剣道を辞めた。それはわかる。けどね! 剣道部の雪代さんも理由あって剣道を一度辞めている。だけど! 雪代さんは自分と向き合ってこうして剣道場に帰ってきた! 私は雪代さんのことまだまだ知らないこと多いけど、彼女は自分と向き合って毎日を過ごしている!!」
光の言葉に再び場はシーンと静まる。
「暴力や喧嘩でしか自分に向き合えない人なんか! 弱虫以外でもなんでもない!!!」
とどめの一言だ。至極真っ当な正論を堂々とぶつけられた四日市。それも相手は同じ女子高生。これで四日市は完全に意気消沈した。しかし。
「……うるせぇ。私は……。もう、剣道は……」
光が竹刀を拾い上げ、スッと四日市に差し出す。
「納得できないんでしょ! だったら貸してあげる! 道場には胴着も防具も予備がある。悔しいんだったら、着替えて今度こそ私を負かせてみて!」
その行動に一同驚く。
「お、おい。月島……」
あまりの行動に八神がたじろぐ。
「待って、月島、一旦落ち着いて。鼻血止めよう。その間は準備運動程度に、わたしが四日市の相手するから」
日野が代わって申し出た。たしかに興奮状態の光は鼻血が出ている。そんなことも忘れるぐらい時間も展開も急激に進んでいた。
「……更衣室こっち。勝負するならついてきて。別に逃げても良いけど」
日野が挑発するように誘う。何も言わずに動き出す四日市。見張りの為、私も日野についていく。藤咲が呆れて男子に指示を出す。
「まったく。大事な素振りの時間が。おい! 男子! 北馬、滝本、前田。審判旗の準備をしろ!」
こんな展開で納得いく答えが四日市にあるのか定かではない。だが更衣室でさっさと借り物の胴着と防具を来て、準備を整える。
「……なに見てんだよ。今度は喧嘩じゃねぇ。正真正銘の勝負だ」
バサッと脱いだ制服を投げ捨てて更衣室を出ていく。
(こいつ……)
四日市の目を見た。今まで見たことがない力強い目。それは喧嘩や暴力の時とは明らかに違う勝負師の目。更衣室を出て再度道場に入る時、四日市が一礼をして頭を下げた。信じられない行動に誰もが驚く。私は光に言う。
「光。気をつけて。今までと目が違う。おそらくこれが……」
千葉県大会準優勝した時の四日市美静。そんなことは言わずとも感じているようで、光はコクンと頷いた。
続く
この記事が参加している募集
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?