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憧れの一閃 七剣士物語 ~私たち高校1年生~ 其の九

※其の八からの続きです。気軽にお付き合い下さい。




 稽古終了後。いつも通り1年生の私たちが道場の清掃をしている間、先輩方は反省会や着替えてさっさと帰宅する。今日は試合稽古だったので1年生同士でもバチバチとやりあった。なので、いつもとちょっと違った空気を感じながら私はモップで床を拭く。

「くっそ! 先鋒の座を藤咲ふじさきに奪われちまったか」

モップに力をいつも以上に入れて八神やがみが床を拭く。

「でも、蓮夏れんかも高校剣道の動きに慣れてきたね。雪代ゆきしろや藤咲と良い勝負だったと思うよ……」

日野ひのが並んでモップを押す。

古都梨ことりだって月島つきしまと良い勝負だったぜ! まぁ、月島ぐらいなら今のあたしは負けないけどな」

私と隣り合わせでひかりは並んでいるので、聞こえているようだ。ちょっとだけ光の顔を覗くが、特に何かを思っているわけでもなさそうだ。

「ふ~ん。仲良いんだね。八神さんと日野さんって」

光が前にいる八神と日野に話しかける。

「あん? なんだ、聞いてたのか。古都梨とあたしは幼馴染なんだよ。先輩や先生から聞いてんだろ」

話し方や接し方から私たちとはどうでも良いような感じで答える。会話を切らせないよう、光が続けて話しかける。

「でも八神さんの攻めって凄いよね! 私、あそこまで激しく動き回ることできないし、すぐ体力なくなっちゃう」

光が素直な感想をぶつけるが、それでも八神は共感しない。

「っせーな! 試合稽古終わりで、ガチで動いたから疲れてんだよ。あんましどうでも良い話すんなよな」

棘のある言い方と光の方を向いて言い放ったので、光がシュンと縮こまってしまう。モップを押すスピードを上げて八神は先に行ってしまう。

(優しい光の気持ちも知らないで、よくそうぶっきらぼうに言えるな。あいつ)

すると日野が光の横に並んでモップを押す。

「……気にしないで。蓮夏、レギュラーなれなくて、ちょっと気が立っているだけ」

そう言われると思わなかった私と光は、日野を見てキョトンとしてしまう。

「……蓮夏、2人のこと本気で嫌っているわけじゃないよ。ただ……」

モップを進めるスピードを落とす。

「もう少し、時間ちょうだい。……蓮夏も、わたしも、きっと心開くから」

ニコッと笑って日野は八神を追いかける。

(……日野古都梨。変わったやつ)

最後の一言が嬉しかったのか、光の顔にも笑顔が戻る。

「いこっ! 雪代さん。あと半面、モップかけ残っているよ」

この日のモップかけはいつもとちょっと違い、掃除も苦じゃなかった。剣道を再び再開したのはいいが、勉強の方も疎かにはできない。総武学園そうぶがくえん高校は文武両道、テストで赤点など取った日は先生方にキツイお説教を喰らわされてしまう。

「あーー! 俺、勉強苦手なんだよなぁー」

翌日の小テストの為、帰りの電車の中で宗介そうすけが単語帳をペラペラめくる。

「雪代も月島も余裕だな。って、どうした月島? やけに嬉しそうな顔してんじゃん」

「なんでもないよ」と言いながら、光の嬉しい出来事を知っている私も思わず嬉しくなる。剣道部に勉強にテスト。忙しくも中身が空っぽになってしまった中学時代よりは充実しているように思う。家に帰ると母親もそれは思っていたようで。

響子きょうこ。最近元気が戻ってきたようで、お母さんも嬉しいわ」

中学時代、剣道部の出来事すべてが嫌で嫌でしょうがなかった。しかし、実力のあった私は辞めることも逃げることもできず、ただただ『結果』だけを追い求められては罵声を浴び、女仲間からはハブられ、男子からはハラスメントを毎日のように言われる。妬み、僻み、嫌がらせ。今でも思い出すと辛いことは多い。

総武学園ここはそうじゃないとわかってはいるけど……)

中学3年間、剣道と一緒に染み付いた私の心の深い闇。ちょっと嬉しい出来事があったからって、剣道とそうそう切り離して考えることが出来ない。八神や藤咲が本気を出せと毎日のように言ってくるが、本気とは一体なんなのか。今の私にはわからない。そもそも剣道に対して熱く、真っすぐな姿勢の総武学園剣道部の仲間が時々辛い。

(みんな下着隠されたり、オシッコしている最中に水かけられたりとか、されたことないんだろうな……)

間接的にも辱められたのが一番辛かった。思い出すとまた泣いてしまう。思春期女子のこんな話を先生や親に相談できるわけもなく、試合では勝って・・・勝って・・・、また勝って・・・。周りを黙らせてきた。家に帰れば毎日泣いていたこともあった。

(……嫌だ。……また思い出してきた。せっかく今日、光と一緒に良いことがあったのに……)

一度思い出してしまうと深みにハマってしまう。まだ私はトラウマから解放されたわけではない。もう大丈夫と思っていても、たまにこうして思い出してしまう。その日は久しぶりに枕を顔に埋めて、泣きながら眠りへとついた。


                 続く

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