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【特別公開】訳者あとがき 韓国から渡仏し、フランス語でデビューした新鋭グカ・ハン『砂漠が街に入りこんだ日』

原正人さんによる「あとがき」を一部公開いたします!

韓国からフランスへ渡り、自ら選びとったフランス語で
鮮烈な作家デビューを果たした、グカ・ハン。
8作の短編からなる小説集『砂漠が街に入りこんだ日』(邦訳版)は
8月1日に、ついに発売となります!

そこは幻想都市、ルオエス(LUOES)。顔をなくした人の群れ。
「私」はそれらを遠巻きに眺め、流れに抗うように歩いている。
どんな居場所も、手がかりも与えてはくれない世界で
ルールを知らないゲームの中を歩く、8人の「私」の物語。
騒音から抜けだし、あらたに「発見」したものは ——。

【特別公開】
本書には、翻訳を手掛けてくださった、原正人さんによる「あとがき」が収録されます。今回、その一部を特別に掲載いたします。
グカ・ハンとはいったい何者か? そのデビュー作とは如何なるものか?
本書の予告編として、ぜひおたのしみください。


訳者あとがき

 本書は今年2020年1月にフランスで出版されたグカ・ハンの小説『砂漠が街に入りこんだ日』(Guka Han, "Le jour où le desert est entré dans la ville", Editions Verdier, 2020)の全訳である。
 作者のグカ・ハンは本作でデビューしたばかりの新人。本書がフランス語以外の言語に翻訳されるのはこの日本語版が初めてである。とはいえ、本書は単なる新人作家のデビュー作とは一味違う。これはあまたあるであろう新人のデビュー作の中でもひときわ異彩を放つ作品である。なにしろ、韓国出身の女性作家グカ・ハンが、外国語として後天的に身につけたフランス語で執筆したデビュー作なのだ。

 グカ・ハンは1987年韓国生まれ。ソウルで造形芸術を学んだあと、2014年に26歳で渡仏し、パリ第8大学の修士課程で文芸創作を学んだ。本書の執筆は同大学在学中になされたのだという。それにしても、滞仏わずか6年ほどでフランス語の小説を発表してしまったのだからすさまじい。フランス語を学び始めてはや20年の訳者としては、ただただ脱帽するしかない。なお、グカ・ハンはフランス語の小説を韓国語に翻訳する翻訳家の顔も持ち合わせている。
 原書の版元エディション・ヴェルディエは、小規模ながら質の高いフランス文学や外国文学のフランス語訳を刊行する出版社として知られている。外国文学ではとりわけドイツとイタリアの作品に力を入れている印象だが、日本文学も日記文学や俳句といった古典、そして多和田葉子の作品を出版している。母国語と外国語の間に立ち独創的な仕事を続ける多和田葉子はグカ・ハンが敬愛してやまない作家だが、本書がその多和田作品と同じ出版社から刊行されているのは極めて妥当なことだろう。
 『砂漠が街に入りこんだ日』は、刊行されるや、さまざまな書評で取り上げられ(中には本書を「新年の文学的大事件」と評するものまである)、フランスのウェブカルチャー誌『ディアクリティーク』に作者インタビューが掲載されたり、作者がラジオ番組に出演するなど、静かな話題を呼んでいる。

 既に本編を読んだ方には改めて説明するまでもないが、『砂漠が街に入りこんだ日』は八つの物語から成る作品である。
 外国人が読む限りでは、原書のフランス語にはたどたどしさや読みにくさはなく、むしろ変な飾りけのない文体で、読みやすい。飾りけがないだけに、時に少々素っ気ない、ドライなよそよそしい印象があるが、それが作品の世界観と見事に調和している。母国語との違いを自覚しながら執筆しているはずだが、その過程が非常に気になる。
 グカ・ハンは上述の『ディアクリティーク』のインタビューの中で、彼女にとって韓国語は歴史や個人的な過去、込み入った感情と密接に結びついているため、あまりに重く感じられ、うまく操ることができないという趣旨の発言をしている。それに対し、後天的に身につけたフランス語は人工的で、その人工性ゆえにさまざまなしがらみから自由になることができるのだという。フランス語は彼女にとって中立的な場で、それが書くことの原動力になっている。また、ラジオ番組の発言を聞くと、彼女は韓国語で書こうとするとき、目の前にあまりに広大な可能性が広がっていて、まるで迷子になってしまったかのような感覚に陥るのだそうだ。その広大さがかえって彼女の自由を奪い、彼女を委縮させる。一方、フランス語で書くことは、その制約ゆえに創作意欲を後押ししてくれるのだという。

(つづきは、本でお読みください)

書影帯付き

【ご予約受付中】『砂漠が街に入りこんだ日』 グカ・ハン 著 原 正人 訳四六変型/164ページ/並製  2020年8月1日発売予定!
全国の書店またはオンラインストア、小社WEBショップにてご注文いただけます。

◆著者略歴
グカ・ハン(Guka Han)1987年韓国生まれ。ソウルで造形芸術を学んだ後、2014年、26歳でパリへ移住。パリ第8大学で文芸創作の修士号を取得。現在は、フランス語で小説を執筆している。翻訳家として、フランス文学作品の韓国語への翻訳も手掛ける。

◆訳者略歴
原 正人(Masato Hara)1974年静岡県生まれ。訳書にフレデリック・ペータース『青い薬』(青土社)、トニー・ヴァレント『ラディアン』(飛鳥新社)、ジャン・レニョ&エミール・ブラヴォ『ぼくのママはアメリカにいるんだ』(本の雑誌社)、バスティアン・ヴィヴェス『年上のひと』(リイド社)、アンヌ・ヴィアゼムスキー『彼女のひたむきな12カ月』、『それからの彼女』(いずれもDU BOOKS)などがある。


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