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Report from Little Field

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記事一覧

『ぼくも少しは手伝うのだけれど』

てをつないだり はなしかけたり くすぐったり ぼくもちょっとは手伝うのだけれど きほん勝手にそだっていく 雨を浴びて 日がのぼって 月と星のひかりを 滋養にして つぎの角を曲がると あたらしくできた 友達の家 全力で走る後ろ姿は 10年後のきょうに 続いている うなずいたり ききかえしたり ぼくもちょっとは手伝うのだけれど きほん勝手にそだっていく 涙の場所に向かって すこしずつ 別れの場所に向かって すこしずつ 月と星のひかりに 光合成しながら

『横顔』

雨がふるたびに 気が乗らない鼻歌を歌い出す 君の横顔は いつも幼いくせに 眼差しだけは、 猫のように強靭なもんだから あまりに辛い玉葱が 鍋の中で甘くなるそのタイミングで ちょっとこっちを振り返ってくれそうな そんな気がしてたんだけど キッチンから覗いてみたら 部屋干しのジャングルの隅で 原材料強がりだけの唇を ぎゅっと結びなおしているところなので 僕は見て見ぬふりで 鍋に牛肉を投下する ほんとは何も始められないくせに 取っ掛かりを見つけたような気になって 何度目かの決

『じゃあね』

じゃあね、と じゃあね、が 輪郭の曖昧な言葉になって 交差点の右と左に 君と僕を引き離していく ちょうど今日と昨日を 引き離していくのと 同じように それから夕暮れが 一瞬だけ静止して 思い出したように遠くから 「また明日ね」と君の声 僕は横断歩道を こっそりと三連符で跳ねた 会えなくなる日を 想像する力なんて 持てずに 持たずに 繰り返していた 名前の無い行為 じぁあね、と じゃあね、は くしゃくしゃになったレシート ポケットの中で忘れられた 鮮明ではない記憶の記録

『水性の境界線』

目を閉じるよりちょっとまえ もしくはほんのちょっとあと 「おやすみ」とぼくたちは言う 「み」の音が溶けてなくるちょっとまえ もしくはほんのちょっとあと 目を瞑るから 焚火みたいな豆電灯が 瞼の中に消えていく 今日という日を 早く終わらせたいとか 明日が怖いとか そんな日もある よくあることさ いつものことさ だからおやすみ あれ さっきも言ったよね 聞いた話によると 外ではいま 冬が星になりたくて 夜空を旋回しているらしいよ 月にさわりたくてアカシアの枝が こっそり体

『声のシナプス』

意味なんてないよ とりとめのないおしゃべり 最初の声と次の声 重なり合う分散和音  部屋の中をニューロンみたいに行き来して 声のシナプスが ときどき光る 呼吸のように 自由に言葉を預けられる 画用紙に描いた絵や 帰り道に歌う歌 そんなふうに 自由に言葉を預けられる  それは誰も聞いていないから 君だけしか聞いていないから とりとめのない深層心理 はたして突き詰めれば 法則なんてものがあるのだろうか 自分の心を探ってみれば 意識と無意識が戦い合って 疲れ果て どっちの味方

『アラジンストーブ』

矛盾した辻褄の合わない話にだって 付き合うよ アラジンストーブ 今朝からの雪で びしょびしょになった靴下を 乾かしたいので ちょっと借りてもいいかな 乾くまで 燃えないように 見張っててくれよ 話に夢中になって なんだか焦げ臭いな、なんて やめてくれよ 怒りや憎しみばっかりの疲れそうな話にだって 付き合うよ テーブルの上の忘れ物のチョロQ 弄りながら 付き合うよ プルバック かりかりと力をたくわえていく それからリリースして疾走  そして即墜落 昨日みたいだ いや明日

『星空』

地球のまあるい湾曲の上に立っていると 見晴らしよくずっと遠くまで見えるんだ さっきまで明るかった空が あっというまに赤と黒の二色になり 遠くの方から柔らかい夜がやってきて 疲れた都市を包み込む 誰かをなじった言葉も 思いがけずに流してしまった血も 鎮静剤はいらないよ もうすぐ今日という日は ゆっくり終わるよ 常緑樹だって今夜は眠る 休憩中のタクシードライバーが ガードレールに寄りかかって 子供にお休みの電話をかけている 大地はゆっくりゆっくり動くから 子守唄にはちょうどい

『サッドレストラン』

サッドレストラン サッドコーヒー  サッドサラダ サッドテーブル 24時間営業 深夜2時過ぎ 悲しいテーブル越しに 何の意味もないおしゃべりを 絶対に忘れられる宿命の 自分への伝言みたいに まきちらしている (育った傍から、風化していくのだ) 街の遠くに光っている 悲しいレストラン (駐輪場には籠の無い自転車) 風にざわめく植え込みには 焼け付くようなサーチライト 悲しい楽園  サッドレストラン 深夜2時 もう一度あの頃に戻れるのなら 一体何をするだろうか 煙草はもうや

『水しぶき』

ビニールプールに向けて放った ホースの水が 思いがけない方向にあばれだして ストップモーション 水しぶきが 大地の緑と空の青さのあいだで 宝石のように浮かんでいる いたずら坊主がホースを持ったら無敵 弧を描くホース 空に向かって走るホース 虹を生むホース 言葉の代わりに 世界をおおう 水しぶき ストップモーション 笑い声が 中空に浮かんだまま 宝石のように 静止している ひとしきりはしゃいだのちに 芝生に転がって 匂いをかぐと トノサマバッタと目があった 見つめ合ったま

『アスタリスク』

空白が怖いから句読点を打つのも忘れて最初の言葉が次の言葉を受け取る前にこぼれるこぼれるこぼれるこぼれる有機的観点で見れば圧倒的に不健全でただただ排泄するように分散和音を重ねる姿は一見するとシナプスが強化されていくようではあるけれどその実洪水のような思いと不完全な言葉だけでは人はどこにも行くことが出来ないのだとようやく知ったのは充分すぎるほど疲れることを覚えてから十年ほどたったある日のこと ・・・・ベルが鳴る 届け物です 中身は? アスタリスク 置き配でいいです 玄関の脇に