『水性の境界線』

目を閉じるよりちょっとまえ
もしくはほんのちょっとあと
「おやすみ」とぼくたちは言う
「み」の音が溶けてなくるちょっとまえ
もしくはほんのちょっとあと
目を瞑るから
焚火みたいな豆電灯が
瞼の中に消えていく

今日という日を
早く終わらせたいとか
明日が怖いとか
そんな日もある
よくあることさ
いつものことさ
だからおやすみ
あれ
さっきも言ったよね

聞いた話によると
外ではいま
冬が星になりたくて
夜空を旋回しているらしいよ
月にさわりたくてアカシアの枝が
こっそり体を伸ばしているらしいよ
へぇそうなんだ 
っていうか起きてるの?
うん、おやすみ
あ、また言った
さっきも言ったのに

眠りに飲まれるちょっとまえ
もしくはほんのちょっとあと
夢と目覚めのあいだにある
水性の境界線
過去も未来も必要なくなる
代え難い不確実性

また目が覚めて
歩き出すとき
どうやって歩こうかなんて
考えなくていいよ
どうやって歩いてきたかも
考えなくていいよ
心配いらないよ
何かあっても夜には
「おやすみ」という水溶性の言葉に
すっかり飲み込まれてしまうのだから

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