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『絵を見る技術 名画の構造を読み解く』秋田麻早子著:美術の造形的な見方を解説する本

題名の「名画」が示唆するように、主に西洋美術のいわゆる「オールドマスター」(ある定義では1300~1800年のアーティストを指す)と19世紀の絵画を取り上げている(ほかの時代の絵やイラスト、日本画なども少しあり)。

その時代の絵画は、時代ごとの主流に基づいた描き方をすることが多いため(原題では「伝統的」とされるような描き方)、同じ「見方」で構図などを分析できる、ということで、主に絵画の構図や構造を解説している(色彩についても触れている)。

本書の終盤、第5章で話が複雑になってきたところで、絵画に常に「線」を見つけて分割し分析しなくてもいい、画家がそうした「線」に無意識に画面を構成していることもあるし、そもそも絵の中に比例などのパターンを見つけようとすれば、いくらでも恣意的な線が引けてしまう、まずは絵の中で大事な役割を果たしているものを見つけて、その役割を特定するように分析していこう、と書かれてはいる(pp. 213-214)。

ただ、分量の問題で入れられなかったのかもしれないが、構図などの分析に基づいてどう「鑑賞」を豊かにしていくか、というところまで本書では深くは入り込めていないので(ある程度触れてはいる)、どうしてもパズル的な「謎解き」の様相を呈してしまっている。実際、「この絵の〇〇は何でしょう?」といったクイズっぽい問いかけがところどころに登場する。

そういう「パターン探し」ばかりを次々と突き付けられると、やや疲れてしまい、退屈も覚える。しかし、緻密に構成された画面は確かに「名画」が名画となるべき重要な構成要素だろうし、その画家の「技術」の妙を絵から読み取ることは鑑賞の一側面だろう。

日本語で手軽に読める本の形で、「絵画の構造」をまとめた本書の意義は大きいのだろうと思う。

アイトラッカーで目の動きを記録すると、美術教育を受けていない人が写真で目立つ部分(人の顔)ばかりを見ているのに対して、美術教育を受けた人は写真の隅々まで見ていた。(pp. 10-11)
「『絵の見方を知っている』とは、表面的な印象だけでなく、線・形・色などの造形の見るべきポイントを押さえ、その配置や構造を見ている、ということだ」(p. 12、太字は原文ママ)
バーネット・ニューマンの『Onement, 1』(1948年)は縦1本線を描いていて「バランスを取っていない」が、この絵はそれまでの絵画のルールを破ってパラダイムシフトを起こした時代の作品。「縦線には支えが必要だというルールを破ることで、線のバランスのルールを超克ちょうこくし、一本の線で人間の独立という概念を抽象的に表しています。」(p. 116)
「デューラーの自画像を見てみましょう。顔を真ん中にした、これもフォーマル・バランスです。まるでイコンのようではありませんか。思わず拝みたくなってきます。それもこれも、この左右対称の配置のため。モナリザのような、体の前部4分の3をこちらに向けたポーズと比較すると、この効果の強さが分かると思います。」(p. 126)

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アルブレヒト・デューラー - The Yorck Project (2002年) 10.000 Meisterwerke der Malerei (DVD-ROM), distributed by DIRECTMEDIA Publishing GmbH. ISBN: 3936122202., パブリック・ドメイン, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=150504による

デューラーのこのよく知られた自画像について、上記引用の前半を見ると、まるで揶揄するように書いているが、どういう意図なのだろう?引用後半の記述を考慮すると、画家は自分が堂々たる存在であることを示すためにあえてこの角度から描いた、という一般的な解釈を述べているにすぎないのだろうか?

「静物画の巨匠シャルダンは、珍しくお花に脇侍を添えて描いていますが、やっぱりお供えものみたいになっています。」(p. 126)

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ジャン・シメオン・シャルダン - The Yorck Project (2002年) 10.000 Meisterwerke der Malerei (DVD-ROM), distributed by DIRECTMEDIA Publishing GmbH. ISBN: 3936122202., パブリック・ドメイン, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=149239による

このシャルダンの絵への言及は完全に揶揄か?私はこの絵が好きなので、反発を覚える(まったく「理論的」ではない言い方だが 笑)。形式の分析に熱中するあまり、鑑賞の範囲を狭めているような印象さえ受けてしまった。

「これからは、絵のバランスが取れているかどうか、自分で判断したり、友達と議論したりできると思います。私もこれらのルールが分かったとき、いろいろな絵で試してみましたが、本当にどの名画もどの名画も、ちゃんとしていて驚いたものです。」(p. 141)

この「ちゃんとしていて」など、本書ではところどころにこうした曖昧な表現が登場する。親しみやすさを出そうとしているのか、妙にラフな言葉が顔を出すのだ。そこが思わず笑えるポイントになっている(笑)。

色から受ける「高級」などの印象は、色彩心理学から説明しようとする試みもあるが、むしろ、かつて絵の具の材料には入手しづらいものがあったという希少性などに由来している。その印象は、どんな色も生み出せるようになった現代の私たちにも引き継がれている。(pp. 152-156)
「人は、きちんと並んでるとか、大きさが揃えてあるなど、規則正しいものを見ると安心します」
「絵を見ているときも、人は知らず知らずのうちに、秩序を探しています。理解可能なものを探すのです」
「もっとも、パターンに厳密に沿ってしまうと、作為的でつまらなくなりそうですよね。エジプト壁画や中世の絵がその例で、パターンに忠実に描かれているため、とても秩序立って見えますが、同時に単調にもなりがちです」
「型にはまった描き方だと、秩序は十分にありますが、平面的、図式的になってしまいます。しかし、リアルさがない分、超自然的な、シンボリックな表現に使えるのです」
(pp. 202-203、太字は原文ママ)
主観的な好き嫌いの感覚と、客観的な造形などの分析を両立させると、鑑賞の楽しみの幅が広がり、「自分と違う意見や好みに対しても、もっと適正に受け止め、議論し合う共通の基盤にもできる」。「そうすればお互いを尊重し、寛容になれるんじゃないか」。(pp. 280-281)

本書の最後(p. 285)には、好きな絵(ポスターなどでも)を3枚選び、共通要素を探り出して、自分が好きになる、引かれる「ツボ」を見つけよう、というワークシートが掲載されている。一人の中でも複数の好みがあると思うが、この方法を数パターン試みて、好きなポイントを考えてみるのも少し面白いかもしれない。


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