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『ヘッダ・ガーブレル』イプセンの戯曲を三東瑠璃が演出・振付した至高のコンテンポラリーダンス

1891年に初演されたノルウェーのヘンリック・イプセンの戯曲『ヘッダ・ガーブレル』を基にしたコンテンポラリーダンス作品。

振付家・ダンサーの三東瑠璃が演出・振付・主演。「壁なき演劇センター」代表理事の演出家、杉山剛志がドラマトゥルクを務めた。三東さんが主宰する「Co. Ruri Mito」の女性ダンサーたちも出演(5人が一部は交代で務め、各回に4人が登場)。

さらに、舞台に投影される映像には、森山未來、中村あさき、宮河 愛一郎、演出家の杉山が出演した。

上演時間約70分。

東京の劇場、「シアター風姿花伝」での公演。観客席が数十人ほどの小劇場で、黒い舞台には傾斜がつけられて坂になっており、上方は横に細長い、傾斜がない台になっていた。

開始の少し前から、傾斜のある舞台にモノクロの映像が映し出される。食べ物の赤色、そして最初と最後に登場する、おそらく血を表す赤が、モノクロ映像の中で際立つ。映像では、男たちが歩いたり、男が女に食べ物を食べさせられたり、生身のダンサーたちがいる辺りから映像の中の人が転がり落ちるように映し出されたり。

舞台の傾斜の部分に投影するのでそこだけ拡大されデフォルメされて見えるなど、単に平らなスクリーンに映すのとは異なる効果を上げていた。これまで見たことのある、映像を使ったダンスや演劇の中でも、映像の使い方がかなり秀逸な作品だ。

冒頭、映像で、タイトルが赤いアルファベットで舞台に映し出された後、女性の裸体のさまざまな部位に男性がペンで「将軍の娘」などと書いていく。体に書かれる文字をすべて読むことはできなかった。死体のように抵抗しない身体に、烙印のように文字が刻まれていく。

舞台にはまず三東さんが一人で登場。黒いブラトップに黒いジャケット、黒い柔らかそうなパンツ(ズボン)を着ている。斜面も使って踊る。腹筋がすごい。体幹がすさまじい。あり得ない角度に曲がりながら安定している身体。動くテンポ、止め方、空間の切り裂き方、すべてが完璧だ。自分と同じ人間であるということがにわかには信じ難い。このソロの部分だけでも、地の果てに行ってまでも見たいと思った。

三東瑠璃さんのダンスは国宝級、いや世界遺産だ。日本はもとより世界の人にもっと見てもらわなければもったいない。

下手奥からほかのダンサーたち(コロスダンサー)が四つん這いに連なってゆっくりと登場。くしゅくしゅとした素材の、体にぴったりとした衣装で、ベージュっぽい色か。髪の毛の額の近い部分を白っぽく塗っていた?そのせいもあり、人ではない何かに見えた。

ここからCo. Ruri Mito独特の、輪郭が溶け合って一体となる身体たち、うごめき、いつの間にか変容し、動き回っている身体たちの踊りが展開していく。柔らかさと緊張感。清潔ななまめかしさ。ひんやりとした、ほのかな温かみのある体の接触。身体のかたまりの隙間へと吸い込まれていく三東さんの体。

三東さんを頭倒立の状態で支えたり、三東さんの身体をバシバシ床に打ち付けるようにひっくり返したりと、一歩間違えばけがをしかねない振付もある。慎重さと信頼関係の上に成り立っている踊りだろう。

音楽もよい。無音のときに5人のダンサーたちがどうタイミングを合わせているのかも気になる。おそらく互いの呼吸と気配を感じながら動いているのではないか。

『ヘッダ・ガーブレル』のことはこれまで知らず、公演前日にウィキペディアで粗筋を読んだ。愛していない男性と結婚した身分のある女性が、かつて関係のあった男性に再会するなどして死へと向かうストーリーらしい。解釈が分かれる戯曲とのことなので、読んでみたい。

公演では、2回ほど、戯曲からの引用とみられるせりふの朗読音声が流れた。愛はあったのだろうか、というくだりだった。

ラストで、舞台手前に転がり落ちた三東さん(ヘッダ)は白く薄いスカートを身に着けて立ち上がり、顔をのけぞらせ、舞台を後ろ向きにゆっくりと上がっていく。舞台奥の天上に1つある強烈なライトに向かって。スカートは舞台いっぱいに広がるほど長い。花嫁衣裳のようでもあるし、天へと昇る天使や聖母のようでもある。上までたどり着くと、顔を客席に向けた。後光が差しているかのよう。そこで照明が消え、終演。

傑作。生で体験できたことに感謝する。海外に行ける状況になったら世界を巡って公演してほしいと思うくらい。

動画配信されるので、ぜひ視聴してほしい。(※下に詳細)

作品情報

作:ヘンリック・イプセン 翻訳:原 千代海
演出・振付:三東瑠璃
ドラマトゥルク:杉山剛志

《出演》
三東瑠璃
青柳万智子、金愛珠、斉藤稚紗冬、橋本玲奈、松元朋佳

《映像出演》
森山未來、杉山剛志、中村あさき、宮河 愛一郎

《スタッフ》
美術:加藤ちか 照明:大野道乃 音響:牛川紀政 音響オペレーター:野崎爽 音楽作曲:熊地勇太 映像:浜嶋将裕 衣装:稲村朋子 振付:三東瑠璃 ヘアメイク:佐竹静香 舞台監督:森下紀彦 演出助手:境佑梨 宣伝美術:内山真菜美 撮影:コンスタン・ボアザン 監修:杉山剛志 制作:橋本玲奈、壁なき演劇センター 制作補佐(広報):西原栄、竹下千里

後援:ノルウェー大使館
助成:助成:芸術文化振興基金、公益財団法人セゾン文化財団(三東瑠璃の活動に対して)
協力:Co. Ruri Mito、岬万泰
主催:一般社団法人 壁なき演劇センター

▼『ヘッダ・ガーブレル』シアター風姿花伝公演の動画配信(事前収録)
購入期間:2021年3月25日(23:55まで)まで
視聴期間:2021年3月25日〜4月30日(23:55まで)

映像に登場した裸の女性は三東さんだったのだろうか?と考えていたが、こうしたツイートの画像を見ると、やはりそうであるらしい。


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