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イングリッシュ・ナショナル・バレエ『Dust』アクラム・カーン振付:戦争がテーマのコンテンポラリー要素があるダンス

イングリッシュ・ナショナル・バレエ(English National Ballet、ENB)の『Dust』は、アクラム・カーン(Akram Khan)振付、2014年初演。

2015年の再演時の映像が、期間限定で無料配信された。約26分。

『Dust』(「土ぼこり」などの意)は、第1次世界大戦(1914~1918年)の100周年を記念して制作されたダンス作品『Lest We Forget』(「忘れないように」の意)の一部。

『Lest We Forget』にはほかに、Liam Scarlett振付『No Man’s Land』(「無人・中間・非占領地帯」の意)と、Russell Maliphant振付『Second Breath』(「気力の回復」などの意)が含まれる。

『Dust』は、薄暗い、セピア色の照明の中で踊られる。「労働」と「戦い・闘い」というテーマを思った。

一人、のたうち回っているような男。彼の横にダンサーたちがずらりと並び、次第に、腕を絡ませて、鳥の両翼(あるいは竜、あるいは波)のように連動して動く。その造形、動きだけで圧巻で、ずっとその光景を見ていたいくらいだ。

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男たちは赤く染まった台地をよじ登り、女たちは大地で働く。

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群舞での繰り返しの動きは、単純に見えるが、これも決して見飽きることがない。「単調」さが「尊く」見えてくる。

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後半は、ENB芸術監督でもあるタマラ・ロホが主演の一人として、男性ダンサーとデュオ。反目と愛?2人が腰のあたりで組み合って、まるで一体となったかのように前進してくるさまは、人間であって人間ではないものを目撃しているようだ。

アクラム・カーンが本作について次のように語っているのを読むと、冒頭の両翼のような動きや台地は、塹壕をイメージしているのだろうと思える。女性たちが工場などで働き、戦場にいる男も、街を守っている女も、一体となってなんとか生きようとしているということかもしれない。

カーンは、敵と味方ではなく、どちらの側にも、家族や大切に思う人がいる、ということに着目しているようだ。

“The piece is inspired by two things. First, the concept of a trench, of the young men and old men all going into trenches, and disappearing. The other substantial part was inspired by the women. In WW1 there was a huge social shift towards women. They needed weapons made for the war, they needed a huge workforce. I felt this shift in role was interesting. They knew they would be letting go of fathers, husbands, and sons; they might lose them. Yet they were making weapons that would kill others’ fathers, husbands, and sons. It didn’t matter which side you were on – they both felt loss and death. But in order for someone to live someone else was putting their life on the line. That cyclical thing was what I wanted to explore.”

「この作品は2つのことからインスピレーション(創作のヒント)を得ている。1つ目は、塹壕というもの、老いも若きも男たちが皆、塹壕に入り、消えていく。2つ目の重要な要素は、女たちだ。第1次世界大戦では、社会における女性の立場が変わった。戦争のために武器を必要とし、そのために労働力が必要だった。この役割の変化を、私は興味深いと感じた。彼女たちは、父親、夫、息子を戦場に送り、そして失うかもしれないと分かっていた。それでも、武器を製造していたのだ。他者の父親、夫、息子を殺すことになる武器を。どちらの側にいるのかは問題ではない。どちらの側も、喪失と死を感じたのだ。しかし、誰かが生きるためには、ほかの誰かが犠牲になる。私は本作で探求したかったのは、その終わりのない円環構造だ。

30分弱ではもったいないというか、もっと見せてほしい!続きがあるのでは?という余韻を残す作品だ。

華やかで上品なバレエが好みだと、これはなんだと思うかもしれないが、バレエダンサーたちによるコンテンポラリー的なダンスは、陰も悲しみも力強さも表現し得る。

変な例えで恐縮だが、例えば共産主義的なバレエだって制作されているだろう。こんな例を出すと、話を展開しづらくなってしまったが、『Dust』には、戦争の恐ろしさや悲惨さ、理不尽さや矛盾、死の恐怖、愛するものを失う嘆きだけでなく、戦時下での一致団結力、危機的状況の中で頑張れてしまう人間の力強さ、といったものも描かれていると思う。

戦争の美化をまったく感じないかというとそうとも言えないし、その精神は、ヨーロッパの大戦記念日などで、戦死者への追悼とともに表れる、戦った者たち(「殺した」者たち)への賛美や尊敬、英雄化と通じるところがあるように思う。

とはいえ、後半のデュオや、ラストで男一人が立ち上がる場面は、家族への思いや孤独(死?)を意味しているようにも感じられる。

少し調子外れで弱っているらしい声で歌われた歌が流れ、印象的だ。「Bachtrack」というサイトの記事によると、この歌は、「1916年に、前線(塹壕)にいて、ノルマンディーに向かう途中の男が歌っているところを録音したもので、その男は同地で戦死した(a recording of a song from the trenches, recorded in 1916 by a man on his way to Normandy who was shortly to die there)」そうだ。聞き覚えがあるような気がするが、なんの歌だろう?国家?軍歌?それとも?

カーンが『Dust』に関するインタビュー動画で、「バレエダンサーの身体の強靭さ」について語っているのも面白い。また、「dustは、死と結び付いている」そう。「人は死ぬと土に還るから」だそうだ。また、dustは「生、死、不在、そして記憶(life, death, absence, and memory)」を表しているという。

▼Dust | Akram Khan Interview | English National Ballet

アクラム・カーンの作品には、見ている者に「これは私のことだ」と思わせる力がある気がする。バレエやダンスを、普通に働き、生きている庶民の私たちのものだと、感じさせてくれる振付家ではないだろうか。

いつか、『Lest We Forget』全体を、生の舞台で見たい。

▼イングリッシュ・ナショナル・バレエ『アクラム・カーン版 ジゼル』のレビュー

作品情報

Our second #WednesdayWatchParty presents Akram Khan's Dust, a poignant reflection on the First World War. With “dancing full of pain and power” (The Independent), a pounding soundtrack by Jocelyn Pook and atmospheric lighting, Akram Khan’s Dust grabs you from the start and does not let go.

Dust will be available from 7pm BST on Weds 29 April and then on-demand for 48 hours. Enjoy our premiere with our partners Google Arts and Culture and YouTube.

Dust Creative Team: Akram Khan, Jocelyn Pook, Sander Loonen, Kimie Nakano, Fabiana Piccioli and Ruth Little.

Performed by English National Ballet and English National Ballet Philharmonic.

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DUST

Direction and Choreography
Akram Khan

Music
Jocelyn Pook

Set Design
Sander Loonen

Design
Kimie Nakano

Lighting
Fabiana Piccioli

Rehearsal Directors
Jose Agudo, Andrej Petrovic, Hua Fang Zhang

Dramaturg
Ruth Little

Counter Tenor
Jonathan Peter Kenny

By arrangement with Chester Music Ltd

With Our Boys At The Front
Narration by Sergeant E. Dwyer, V.C., 1st Bn.
the East Surrey Regiment (Rec. 1916)
Released on Pearl Records

Performance
20 October 2015 at Milton Keynes Theatre as part of Lest We Forget

English National Ballet Philharmonic

Conductor
Gavin Sutherland

Leader
Matthew Scrivener

Cast
Tamara Rojo
James Streeter
Fabian Reimair
Artists of English National Ballet

Original Costume Supervisor
Wizzy Shawyer

Revival Costume Supervisor
Cathy Hill

Costumes
Amanda Barrow

Dyeing
Symone Frost
Claire Carter

Hair and Wigs Supervisor
Amelia Carrington-Lee

Music Engineer
Steve Parr

Percussion
Bernhard Schimpelsberger and Aref Durvesh

Counter Tenor
Jonathan Peter Kenny

Sound Engineer
Phil Wright


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