見出し画像

赤の軍団とさくらんぼ

2018年6月2日
YBCルヴァンカッププレーオフステージ第1戦
ホーム浦和レッズ戦

いつも停めている小瀬の第3駐車場に車を停められない。
第4駐車場も満車で、臨時開放された第5駐車場にようやく停めることができた。
第5駐車場は小瀬のスタジアムから一番遠いが、今回ばかりは仕方ない。

「いつ以来だろう」

J2リーグもそろそろ前半戦が終わろうとしており、J2の雰囲気にもいくらか慣れてきた。
そのぶん駐車場がたびたび満車になっていたJ1時代は遠い昔のことのようだった。

ただし今日はJ1クラブとの試合だ。
駐車場にはそこかしこに真っ赤なユニフォームが見える。
燃え盛る炎から発せられる火の粉が、キックオフ四時間前の第5駐車場にも降りかかっているようだった。

駐車場を出てしばらく歩くと、我らのホームスタジアムが見えてきた。
しかし今日はホームの雰囲気は感じられない。
スタジアムのメイン側にあるスタグルエリアには、今日の対戦相手である浦和レッズのサポーターが数え切れないほど行き交っている。
各屋台に並んでいるサポーターも多数おり、すでに小瀬は赤く染まっていた。

今日はルヴァンカッププレーオフステージ第1戦。
J1クラブと、前年にJ2降格が決定した3クラブのうち上位2クラブが参加するカップ戦だ。
ヴァンフォーレ甲府は昨シーズン、18クラブ中の16位で降格したためルヴァンカップに出場せざるを得なくなった。
ただでさえJ2リーグはクラブ数が多く、その分試合数も多い。
5月末までリーグ戦とルヴァンカップを同時に進めていくという過密日程で、チームはよくぞここまで戦い抜いたと思う。
そしてその結果、甲府はルヴァンカップのグループステージを突破。
J2降格からちょうど半年が経ったこの日、J1屈指のビッグクラブである浦和レッズと対戦することになったのだ。

私はドキドキしながら小瀬を歩く。
その胸の高鳴りはホームジャックされていることへの緊張感もあるのだが、もう一つの理由がある。
私は今、地元で採れたさくらんぼのパックを持っている。
パックの蓋には浦和サポーターに向けて「小瀬にお越しいただき、ありがとうございます。いい試合にしましょう!」と書いたメッセージカードが貼ってある。
毎年さくらんぼの時期になると、私は小瀬に来たアウェイサポーターへさくらんぼのパックを手渡す。
今回はちょうどさくらんぼの時期とホーム浦和戦が重なったため、浦和戦で決行することになったのだ。

私はなるべく怖そうな人がいない浦和サポーターのグループを探す。
しかし鮮やかな赤を身にまとっている人を見ると、全員が怖そうに思えてくる。
ただこのままでは誰にも渡せず終わってしまう。

すると木陰でピクニックシートを敷いて宴会を開いている浦和サポーターのグループを見つけた。
私はメッセージカードが付いたさくらんぼのパックを持ち、意を決して「あのー……」と話しかける。
グループ全員の目が私を捉えた。

「もしよろしければこれ、食べていただけますか?地元で採れたさくらんぼです」

私はおそるおそるさくらんぼのパックを差し出す。
先ほどまでわいわい盛り上がっていたグループは水を打ったように静まり返った。
「え……、な、なんでですか?」
グループの一人が戸惑った様子で私の顔とさくらんぼのパックを交互に見比べる。
私はさらにさくらんぼのパックをずいっと前に出し、困惑する浦和サポーターにパックを手渡した。

「山梨の旬の味覚を浦和サポさんにも味わってほしくて……」

一瞬の静寂。
直後、グループのほぼ全員が「ええー!」と素っ頓狂な声を上げた。
「めっちゃ嬉しい~!」
「メッセージカードもついてるよ!」
「ちょっと!何かお返しできるものないの!?」
「お菓子しかない!」
「握手してください!」
私は求められるがままに浦和サポーターとがっちり握手を交わし、かき集めてくれた個包装のミニドーナツを受け取った。
「たくさんいただいてしまって申し訳ないです……」
「いえいえ、こちらこそ貴重なものをありがとうございます!いい試合にしましょう!」

私の心の中で抱えていた恐怖感や緊張感が一気に解き放たれた。
この方達はもちろん浦和サポーターだ。
埼玉スタジアムはもちろんのこと、各地のアウェイスタジアムでも圧倒的な存在感と威圧感を放っているのだろう。

しかしさくらんぼと私達を前にした時の彼らは、私達と同じ「サポーター」だった。
浦和サポーターが悪い面ばかりがピックアップされがちだ。
しかし今日、この言葉をお互いに言えたのは私のサポーターとしての誇りである。

「こちらこそいい試合にしましょう!今日はよろしくお願いします!」

この記事が参加している募集

サッカーを語ろう

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?