何のためにおしえるの

『みんな嫌いな公民』というサブタイトルで、授業づくりの考え方を書いています。

新学期がはじまって、新しい教科書のページを開く。最初の単元から順番にとりかかる。第1編第1節第1章(1)からだ。

どこからはじめるか

教科書はたいてい、基礎基本から始まって応用発展に向かう構成になっている。教員は教科書通りの順序で進めれば問題はない。

土台の上に何を載せるのか
教育実習生は実習期間に担当する単元だけに一生懸命で、年間授業計画や今日学ばせたことを今後、どう応用させるか、どんな関連で知識を活用させるか、ということまで考えていないことがある。今日の授業は常に明日の土台である。土台の上に何を載せるのかは、授業のねらいとして意識しておく必要がある。逆に、載せるものにふさわしい土台を作る必要がある。
難しいのは、土台の上に何か載せるのが、すぐ明日ではなく、遠い将来かもしれないことである。すぐには役立たない知識もある。将来を思い描くだけで、現時点では土台づくりだけしかできないこともある。

教科書通りの順序で授業をはじめる前に、何を教えようとしていて、どこをスタートラインにしようとしているのか、検討が必要だ。さらにその前に問われるのが、何のために教えるのかということである。

教科書に載っているから
入試に出題されるから

中学高校は教員を選んで生徒が入学してくるわけではない。この先生に教わりたいということではない。普通教育を行う場が中学高校である。公教育では、教員の主義主張や信条はいらない。だからといって、教員が何のために教えるのかという問いに答えなくていいわけではない。その答えが教科書に載っているからでは、わかりやすい授業はできない。学ぶ意欲は引き出せない。
それはねらいがはっきりしないか、あるいはないからである。極端に言うと、ねらいなんてなくても、教科書があれば授業はできる。ただし、一過性の定着しない知識を与えるだけの授業である。そんな授業は素人でもできる。

空欄の穴埋め問題は誰でも作れる

大学で専門的なことを学ばなくても、教科書の空欄穴埋め問題は簡単に作ることができる。生徒もテスト対策に自作しているだろう。空欄穴埋め問題への対応力を身につけさせることが、授業の目標になってしまっている教員もいるかもしれない。要領よく自分の記憶にテストの日まで、用語を頭に入れておくスキルがあれば、どんな空欄穴埋め問題でも対応できる。もちろん語呂合わせや記憶術を指導することもできるが、社会科や公民科の目標ではない。

憲法の条文や前文に空欄を作って、無意味に暗記暗唱を求める教員はいる。常識だから必要という理由で十分だろうか。暗記に社会科・公民科の教員が必要だろうか。

順番に用語の解説を表明的にしていくだけの授業は、公民的資質を涵養する授業ではない。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?