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大腸癌と診断されるまで② 病院に行くまでが父との最初の戦いでした

平成30年夏

7月22日は父の誕生日。68歳になりました。
振り返ると日曜日で家族はお休み。
ケーキを少し買ってきて、父の好きな食事にしたと思います。

思います、というのは、

父は相変わらずリビングのソファとトイレの間を往復の毎日。父の誕生日をゆっくりとお祝いできる余裕もなくて、正直言って記憶がほとんどありません。

少しでも食べられるように、好きなものでお祝いしたような「気がする」のです。
まさか最後の誕生日になるなんて思ってもいなかった。
病院に行って病気が落ち着いたら、また楽しくお祝いができる、来年そうしようと思っていました。


68歳にもなる人は自分で病院にいけるものと思っていました。

私もパパも仕事がありますし、当時は色々とあって職場は激務で、私は時短勤務なのに通常15時半には帰れるところを早くても17時、遅い時には19時を越えていました。

加えて2歳の娘の保育園への送り迎え、イヤイヤ期真っ最中な上に、トイレトレーニングでしょっちゅうおもらし、もともと便秘で定期的に小児科へ通院、熱を出してはまた小児科へ。

さらにこの年は年間を通した研修に参加しており1,2か月に1回集まりがあり課題が出たり発表のための資料作りなどしていました。

さらにさらに保育園の父母の会の会長になって2か月に1回会議があったり行事のことをやったり…。

仕事が休みの日は娘は保育園に預けられず、イヤイヤする娘の面倒を見ながら父のための大量の買い物していました。時にはパパにもお願いしていましたが。

こうやって書いていくと、父をどうにかして病院に連れていけばよかったのに、言い訳がましくなってしまいます。…が、どうしてこうも重なるのかい?っていうくらいのものすごく濃い日々で、私自身日々いっぱいいっぱい、父を病院へ連れていく余裕がなかったのです。

それだからこそ、父にはなんとか自力で病院にいってほしかったので何度も説得を試みましたが、絶対に行こうとはしませんでした。

日に日に痛みも強くなりトイレもひっきりなしなものだから

「こんな状態でどうやって病院に行くんだ!!」

と怒鳴りこちらの話を打ち切る。
こちらもだんだんと頭に来て口調がきつくなる始末。

平行線のままお盆を迎えようとしていました。

お盆前は病院は混むし、連休中はお休みで身動きは取れないし…。
なんとしてでもお盆前に病院に行ってほしいと毎日お願いしても、私の仕事が休みのたびに連れていくと誘っても機嫌を悪くしては怒鳴り、なにかと言い訳を話をうやむやにする…。

「もういいから、お盆が明けたらいく」と

何度も声をかけ続けて約束をしたので、お盆明けに行くと思いきや。
うるさく言われないように、形だけの約束をしただけで、父は休みが明けても病院に行きません。

もともと父は嫌悪感や、どうして私の父はこんな人なのだろう…と思うような人でした。

あまりにも病院へ行かないものですから、家族の気持ちや困っていることを全然考えてくれない。いつも自分勝手でいつもそう!!不安とともに怒りも沸きどんどん険悪になりお互い毎日いらいら…。

絶対に腸に悪いものがあると確信していたし、最悪人工肛門になるかもしれない。それも覚悟していました、人工肛門になれば、父は絶対に自分でケアをしないだろうから、これから私がやるのだろう…。

このままじゃいけない、何よりもまだ小さい私の娘に迷惑がかかる。
父のために時間を使う時間が増え、娘に費やしたい時間を削っているのです。

私は父としてではなく、「看護師として患者と接しているんだ!」と思うことにしました。

感情に任せてはいけない、冷静に、だけれども父を思いやっていることを伝えながら。

「便がでないのはきっと何かできものができているからだと思う。もしあったら、それをとらないことにはずっとこのままで、もし腸がふさがってしまったら大変なことになる。もっと辛くなってくるのはお父さんが一番辛いでしょ。正直レントゲンとか検査をしてみないとわからない、何もいいほうに向かわない。とにかく1度病院へ行こう、私が連れていく。トイレのことも心配ないし、横になって待てるように病院に相談してみるから」

とにかく昔から馴染みのある近所の病院へなんとか連れていきました。車に乗っているそばから「トイレに行きたい、帰りたい、もういい」なんてずっと言っていて…。

痛みもあって、体力も落ちている。
あらかじめ電話連絡をし、ベッドを貸してもらう約束をして待ちました。お盆明けで患者さんの数も多く、ものすごく時間がかかりました。2時間以上だったかな…その間も何度もトイレに行っていて、看護師さんが問診やら検温やらで来たり、検査に呼ばれてもトイレに行ってなかなか進まずお待たせするのでなかなかに困りました。同業者ということでご迷惑をおかけするのに大変恐縮に思ってしまうのです。

レントゲンを撮ってもらいましたが、腸の中はガスと便が大量にたまっていそうということだけ。
レントゲンは身体の前側から平面を見ているだけなので、CTのように頭側から足側に向けて輪切りにした写真がないとちょっと詳しくわからない。馴染みの病院にはレントゲンしかありませんでした。

診察の際、父は春から体重が10㎏減ったと先生に伝えました。私たち家族にはそんなこと言ってません。代替わりをされたばかりのお若い先生はとても言いにくそうに

「レントゲンを見る限りはなんともなさそうですが…しかし、10㎏も減ったということは…。お腹の中にね何か悪いものがあって、悪いものは栄養をとてもよくもっていってしまいますから…便が出ないのもそのせいかもしれないです、大きな病院に紹介してもいいですか」

紹介先は私の勤務している総合病院にしてもらいました。
予約を私が仕事が休みの時にとってもらい、お会計は後にしてもらい体調が辛そうな父を先に家に帰させてもらいました。
リビングのソファへ父が倒れこむのを見届けて、病院へ戻り消化器内科宛の紹介状とレントゲン写真をいただきました。

最初から総合病院にいけばよかったのか、と今でも思い返します。近所の病院で済むならという期待と、職場に身内のことで迷惑をかけるわけには…と、まずはかかりつけ医から紹介してもらうというルール、自分の職場の消化器内科が医師不足で超多忙だということも頭にあり…

看護師でも正直判断に迷います、身内だと家の中だとなおさらわからない。
なにより自分の父親がいい大人なのにどうして病院に行かないんだろう、という気持ちが強かったのかな…。

振り返れば言い訳がましく、正解がなんだったのかと後悔ばかり。
家族だからこそ近い存在だからこそ、冷静にはなれなかった。

その時はようやく病院に行ってくれたという安堵と私がしっかりしなければならないという思いが大きかった。

そして総合病院でどの先生が主治医になってくれるか、偏屈な父をうまく扱ってくれる先生でありますように、受診日を迎えるまでドキドキしていました。

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