見出し画像

【編集後記】『and CURRYのフライデーカレー』

and CURRYのフライデーカレー』は、2021年7月に発売になったカレーのレシピ本です。市販のルウを使わずに作る「スパイスカレー」のレシピを収録した一冊。昨今、ずいぶんと市民権を得た「スパイスカレー」ですが、食べると作るは別のこと。手作りには、やはりハードルを感じる人が多いのが事実かな、と思っています。

日々の料理を楽しく。


簡単で、手間なくおいしいごはんを作れたらいいな。

この気持ちは、料理が好きでも、苦手でも、きっと同じなのではないかと思っています。わたしがこの仕事は始めたここ10年だけでも「料理するのがしんどい」という読者の声が大きくなるのを感じながら、現代人にとって日々の料理に割く時間が少ないこと、あまりに余裕がなさすぎることこそが「しんどい」の根源だと考えています。

しんどい、か。そうなんだけど、そうなんだけど。
それでも一周まわって「じゃあ、どうしたら楽しくなる?」をテーマに据えたものづくりを、自分は目標としています。

あるとき、著者であるand CURRY(アンドカリー)の阿部由希奈さんが言いました。

いつもラクしたいわけじゃないから。
がんばれないときの自分を支えるのが、
がんばった自分だったらいいな。

こちらが由希奈さん。撮影中の超真剣ver.の由希奈さん。

東京・羽根木でカレーのお店を経営しながら、妻&母の顔も持ちあわせる由希奈さん。この本を企画しているときも、その忙しさにずいぶんと疲弊していたように思います。「いつもラクしたいわけじゃない」という気持ちは、由希奈さんの心の底から出た想い。がんばりたい、がんばれない、その狭間をいったりきたり。由希奈さんとはまったく生き方の異なるわたしも、随分と共感してしまいました。

同時にそれは「料理人ならではの視点」でもありました。

例えば、みなさん居酒屋に行ったことはありますよね? どこのお店もメニュー、めちゃくちゃ多いです。あの数からパパッと作ってハイッと出てくるのって、よくよく考えたら(いや、よくよく考えなくても)ものすごいことじゃないですか。で、なぜ、あんなことができるのかといえば、営業が始まる前に「できるところまで、やっておく」から。つまり、「仕込み」があるから。この仕込みこそが本書のセオリーです。

撮影後の試食の様子。本書で3冊目の本づくりになる由希奈さん曰く「レシピ数は一番多いはずなのにすごく早く作れた」その理由は……!

たどり着いたのは、メリ&ハリ。

由希奈さんの提案するスパイスカレーは、作り方がものすごくシンプル。「基本的に同じ作り方になるけど、いいですか?」初著書を制作しているときに何度も何度も確認されたのがすごく印象に残っています。

というのも、すべてのカレーは、カレーの素になる「玉ねぎベース」が肝。あとは食材を変えたり、ちょっとだけスパイスを変えてみたり、なのです(もちろん、そこにはたくさんのこだわりや細やかなテクニックが隠れているのだが)。

『and CURRYのフライデーカレー』はこんな顔をしています。

一度、作り方を覚えたら、こっちのもの。カレーマスターにでもなったような気持ちになれる楽しい料理、それがスパイスカレー。こちらの力量はひとまず置いておき、カレーは本当に懐の深い食べものであるのだ、と由希奈さんは普段からよく話します。

肝になる「玉ねぎベース」をまとめて作りましょう、という提案が本書です。それは、作りおきできるからだけではありません。まとめて作るから作業が一度で済むのはもちろんのこと、玉ねぎは大量に炒めるからこそ、甘みを引き出しやすく&焦げつきにくい  というのです。つまり、最大限に失敗が少なくなり、おいしさは拡大する。となると、これをお伝えせず、どうしましょうか。

わたしが試作した玉ねぎベース。もうちょっと炒めたい感じ! 家にある一番大きなフライパンで炒めても玉ねぎがはみ出しちゃう、という感想もいただきました。ぜひ、ふたをして蒸し焼きにしながら炒めてみてくださいね。

ちまちま作るよりも、どーんと作ったほうがおいしい。豚汁とか、お鍋とか、そういう料理ってけっこう多いですよね、これは玉ねぎベースにも当てはまること。

レシピって本当に無限にありますよ。最近では、玉ねぎを根気強く炒めなくても、野菜や肉と一度に蒸し煮にしたり、飴色玉ねぎの代わりにフライドオニオンを活用してコクを加えるという発明も登場しています。それでも、由希奈さんはお店「and CURRY」のカレーと同じ味を、家庭でも味わってもらうことにこだわっています。だから、レシピもお店と全く同じ。そのためには「玉ねぎベース」が不可欠。今の由希奈さんにとっては、玉ねぎを炒めることは譲れないポイントなのです。そして、この玉ねぎベースを一度にたくさん作ることでお店の味にグッと近づくのです。

時間があるときに玉ねぎベースを作っておくのが「ハリ」、それを使って最短でおいしいカレーを仕上げるのが「メリ」。がんばれないときの自分を支えるのが、がんばった自分だったらいいな。

コロナ禍だから生まれた「週1カレー」の提案。

『and CURRYのフライデーカレー』には、同じ玉ねぎベースで作るレシピが54品掲載されています。 一度に仕込むのはカレー4回分(2〜3人前)。週に1度カレーにするなら1ヶ月分。ちなみに用意するスパイスは4つだけです。

自炊するひとも増えたこの頃、食事のメニュー決めに悩む声も多く聞こえてきました。「そういえば、給食って2週に1回はカレーだったよね」「海軍は曜日を把握するために金曜日にカレーを食べるらしいよね」「週に1度をカレー曜日にしてもいいんじゃない?」

「フライデーカレーなら“またカレー?”なんて言わせないぞ」

本には書いていませんが、一人暮らしのわたしは4回分をさらに1/2量にして冷凍保存しています。平らにして中央に線をつけておくだけでパキッと割れて1〜2人分に。これなら8種類のカレーが作れちゃう。

and CURRYのレシピの特徴として「素材を生かすカレー」であることも語らなくてはなりません。実際にこの本を試してもらうとわかると思うのですが、ひとつとして同じ味はありません。同じスパイスの構成なのに、同じ玉ねぎベースなのに。

スパイスの妙を楽しむカレーも素敵だけれど、素材にすっとスポットライトが当たったような54種類のカレーを楽しむことで、また違ったスパイスカレーのおもしろさを発見できるに違いありません。実際にInstagramで #andcurryのフライデーカレー と #andcurryのカレーレッスン でタグづけされているカレーは1000以上。今回は事前にモニターを募集し、発売前のレシピを試してレポートしてもらう初めての試みも行いました。

「カレー屋さんみたいで楽しい」や「玉ねぎを炒めておくと、こんなに早いのか」などなど、実感のこもったたくさんのレポートをいただき、今でもありがたく読ませていただいています。ありがとうございます。

54種類のカレーをすべてコンプリートされる方にはちぎれんばかりの拍手を贈っていますし、玉ねぎベースを使って自分だけのオリジナルカレーを生み出している方を見ると、カレーの楽しさが広まっているのを感じ、とてもうれしくなります。きっと由希奈さんも同じ想いに違いありません。

 実はわたしも54品すべて試作しました。料理編集を始めて10年ほどになりますが、全試作は初めて(本当はすべての本で取り組みたいのですが。涙)。おいしいし、簡単だし、この玉ねぎベースは本当に偉大。
玉ねぎベースはなんとカレーうどんの素にもなるのですよ。これが本当にいい味! ぜひ試してほしい。ちなみに萌え袖でお箸を持っているのは、わたし。(撮影:安彦幸枝  スタイリング:池水陽子)

最後にちょっとだけ、想い出話を。

由希奈さんとは、友人を介して知り合いました。当時は「スパイスカレーは凝り性の人が作るもの」という勝手な先入観があり、いわゆるスパイスカレーを斜に構えて眺めていたわたし。

「みそ汁のようなカレーを作りたいんです」と由希奈さんは言いました。はて、みそ汁のようなカレーとは? ピンとはこなかったけれど、すごく気になって「この人がこんなにもハマるスパイスから作るカレーなるものを一度食べてみたい」と思いました。それだけ、熱量がすごかった。その後、すぐに由希奈さんが講師をつとめるカレー教室に参加しました。

そのときのレシピが、和風チキンカレー。なんと、かつおぶしを使った即席のお出汁で作るカレーだったのです。「みそ汁のようなカレーを作りたいんです」という言葉は、もちろんカレーに出汁を使いたいのだ、というストレートな意味ではなく、さらさらっと毎日でも飽きずに食べられ、身体に負担をかけず、できれば忙しい朝でも作れるくらいの(作るかどうかは別ですよ!)身近な料理にしたいということだったんだな。

あれ、スパイスカレーってもしかしたらすごく家庭料理なのかも?

発売と同時にSNSでも告知をしてくれていた三省堂書店の東京ソラマチ店さんへお礼参りに伺うとと、店舗でもスパイスカレー棚が!(カレーパンマンかわいい)
担当者さんにもご挨拶できてうれしかった。想いを込めて作った本がみなさんに届くのは書店員さんのおかげです。

このとき、由希奈さんはカレー沼にハマってまだ数年。誤解を恐れずにいえば、わたしはその素人に限りなく近い感覚で、スパイスカレーの本を作りたいと思いました。「料理はあまりできないわたしでも、おいしいカレーは作れます」と話す、由希奈さんの背伸びしないところがわたしにとっては最大の魅力でした。そして生まれたのが初著書です。

『スパイスでおいしくなる and CURRY のカレーレッスン』
【難易度★★☆☆☆】

この本は、5つの異なるスパイスの組み合わせで作るカレーを、5つの章で順番に紹介しています。章が進むごとに使うスパイスの数が増えていき、スパイスによる味の違いを楽しむことができる構成。初心者から上級者まで、もっといえば、この1冊を頭から順番に作ってもらえたら、自分の成長を実感することができると思います。和風チキンカレーはこの本のトップバッターです。


そして、2冊目は野菜カレーを中心に紹介するという、とてもand CURRYらしい本が出来ました。由希奈さんの真髄が詰まった本だといえます。

スパイスで魔法をかける and CURRYの野菜が主役 季節のカレー
【難易度★★★★☆】

さまざまな野菜を使い、それぞれに最も合うスパイスの組み合わせでカレーを仕上げます。季節ごとにレシピをまとめているので、旬でないと、なかなか作りにくいカレーも多いです。スパイスも縛りなく、自由に使っているので専門店でないと手に入りにくいものも多いです。それゆえ、難易度は上がりますが、繰り返し作って下さっている方がものすごく多い本だと感じています。


そして最後に改めて、この編集後記の主役です。

and CURRYのフライデーカレー
【難易度★☆☆☆☆】
『スパイスでおいしくなる and CURRY のカレーレッスン』の1章と同じ、最小限のスパイス構成で 54種類のカレーを仕上げます。あらかじめスパイスを合わせておき、あめ色玉ねぎを多めに作って冷凍しておけば、おいしくて元気になれるお家カレーが1年中手軽に楽しめる! カレー作りがさらにうまくなる「Q&A」を充実させたこと、INDEXをつけたことも編集視点からのこだわりといわせてください。and CURRY3部作の中でも、最も簡単なレシピばかりの1冊であることは間違いありません。

世に中にはたくさんのスパイスカレーの本があります。由希奈さんによる3冊の本だけでも、改めてまとめてみたらポイントがずいぶんとはっきり分かれました。なぜなら、由希奈さん自身も進化を続けているから。由希奈さんだけでなく、すべての著者さんに「そのときにしか生み出せないレシピ」があると思っています。

「スパイスカレーを作ってみたいのだけれど、どの本からはじめてみたらいいかな?」そんな時の選択肢のひとつにこの本がなってくれたら、とてもうれしく思います。そして、ひとりでも多くのひとが、楽しくカレーを作ってくれたら。カレーがきっかけで日々、わくわくする時間が1分でも1秒でも増えたら。本を手に取ってもらった、その先に起こる前向きな変化こそが、この仕事をわたしが続けようと思う大きなおおきな理由です。

ちなみにトップ画像のカレーは「キムチキーマ」でした。最後の最後まで採用するか、相談したメニュー。キムチなの?カレーなの?いいえ、どっちだって。

カレーは自由だ!

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?