メルローな女
「母性」を体現した品種。それがメルローだ。
メルローは赤ワインの品種。単一品種で作られることもあるが、カベルネ・ソーヴィニヨンとのブレンドが有名だ。ワインに精通していなくとも、フランスのボルドー地方の5大シャトー、「Ch.ペトリュス」「Ch.ムートン・ロスチャイルド」「Ch.オーブリオン」「Ch.ラトゥール」「Ch.マルゴー」はどこかで耳にしたことがあるだろう。
これらの銘醸地のワインを含め、ボルドーワインは強くしっかりとした骨格のカベルネ・ソーヴィニヨンと、ふくよかで全てを肉感的な柔らかさで包むメルローのブレンドでできる。その比率を「セパージュ」と呼ぶ(注:それ以外の品種も少し入る)。
メルローは「世界で一番栽培されている品種」とも言われ、チェリー系の香りが特徴。そのとろけるようなまろやかと、全てを包み込む包容力や母性は、メルローにしかないと断言できる。
だからだろうか。多くの男は恥ずかしいほどの勘違いをしてしまう。この全てを包み込む優しさは俺だけに向けられた、特別なものだと。自分の要望を全て満たしてくれるのは、俺に惚れているからだと。実際、彼女は多くの男の好みを瞬時に理解し、自分が負担に感じない範囲で、その男好みに変えられる。
だが、それはどこか冷静で、客観的に自分さえも見ているメルローがいて、男が一方的に溺れていたとしても、メルローは極めて冷静なのだ。
そう、「その男好み」に変えられる自分を見つめて、そこに「興奮」を見出す。
究極の客観性を備えた品種、それがメルローの本質かもしれない。
だから、メルローに近づく男にははっきりと忠告しておこう。
あなたの性的嗜好も好みの女性像も、メルローは全部叶えてくれるだろう。穏やかな微笑みとともに。そして、自分が惚れたと気がついた時には、あなたはもう抜け出せなくなっているだろう。メルローが無意識に放つ、媚薬にやられてしまったのだ。
お互い、溺れてるうちはいい? そんなわけはない。すでに述べたが、メルローは、ワインの世界を実質、支配するほどの女王なのだ。カベルネ・ソーヴィニヨンを支えている控えめで優れた2番手なだけではない。
下手な真似を一度でもしたなら、気まぐれなメルローはこう呟き、去るだろう。
母性に甘えるな。
メルロー様の機嫌を損ねないよう、可愛らしく「溺れろ」。
その姿をメルロー様は可愛がってくれるだろう。