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結局、東大には入れなかった

小さい頃から、少しだけ勉強ができた。
中学受験をする人なんてほとんどいない、田舎の小さな教室の中では。

両親は、二人揃って向上心がない人だった。
本を読んでいるところはほとんど見たことがないし、新しく何かを始めようとも思わないらしい。
趣味らしい趣味もない。
平日には仕事を、土日には家事をしたり、ネットフリックスを観たりして、同じような毎日を繰り返している。

そんな両親は、学校の授業が退屈だとぼやく私を、中学受験塾に放り込んだ。
中学受験を検討する家庭の大多数が小学4年生の頃から塾に通う。
私が入塾したのは6年生の春で、先生たちも私自身も「この時期から受験勉強を始めても、正直どこにも引っかからないだろう」と思っていた。

予想とは裏腹に、入試問題との相性の良さもあったからか、進学校として有名な中高一貫の女子校に合格することができた。
小学校を休んで都心の大きな百貨店に制服採寸に行ったとき、浮かれる母親を横目に、「制服ってこんなに高いんだ。たくさんお金を払わせてしまって申し訳ないな」と罪悪感を覚えた。

入学してからの6年間はひたすらに辛かった。
学校まで向かう電車に揺られながら、急に涙が止まらなくなったこともある。
それでも、金銭的余裕なんて一ミリもないのに、背伸びをして私立の一貫校に入れてくれた両親の手前、学校を辞めたいだなんて口が裂けても言えなかった。

私以外の同級生は、山手線の内側の大きなお家に住んでいて、親御さんも有名な四年制大学を出て、立派なお仕事をしている人ばかりだった。
小学校も私立の子が多く、バイオリンだの日本舞踊だの、テレビの中でしか知らなかった習い事をやっている子もたくさんいた。

GUCCIやcoach、BurberryにLouis Vuitton、横文字のお財布を何でもないことかのように持ち歩く彼女たちの横で、私だけが少女漫画雑誌に付録としてついてきたビリビリテープ式のお財布を使っていた。

当然、そんな育ちがいい子たちと、価値観や金銭感覚が合うはずもない。
だんだん私は彼女たちの遊びに呼ばれなくなって、母はママ会に呼ばれなくなっていった。

遊ぶ友達もいない私は、ひたすら勉強に打ち込んだ。
休み時間も、お昼ご飯を食べる時も、騒ぐ同級生を横目にわざとらしくテキストを広げて、「私は勉強をしたいから話しかけないで」と見え透いた”ぼっちじゃないです”アピールをしていた。

勉強面では、決して最上位層にはなれなかった。
鉄緑会や駿台やSEGを掛け持ちしている子たちには、海外経験が豊富で英語なんて朝飯前という子たちには、辺鄙な田舎から片道2時間をかけて遠距離通学するだけでへとへとの私なんかが敵うはずもなかった。

結局、大学受験には失敗した。
夢にまで見た東大には入れなかった。
環境のせいだけにするつもりはない。
環境に恵まれなくても、成功を掴み取る人はたくさんいる。
単に自分の努力が足りなかった。
目標と自分の間にどれだけの距離があるかを知らなかった。
実家に私を浪人させる経済的余裕がないことなんてわかりきっていたから、現役で東大ではない大学に合格し、入学した。

大学生活はそこそこ楽しかった。
地方出身の子も、そこまで裕福ではない家庭の出身の子もいる。
大学に入ってからやっと、人の目を気にせず自分らしく振る舞えるようになった。
中高時代には出会えなかった、信頼できる友人も何人かできた。

ある日、東大生を取り上げたテレビ番組を見ていた親が、
「東大生ってやっぱりすごいね。文ちゃんはなんでこの子たちみたいに頑張れないの?」と、何気なく言った。
もう、我慢の限界だった。
頑張りは、確かに足りなかったかもしれない。
でも、もう、私はこれまで十分に頑張ってきたと思う。

「努力すれば東大なんて誰でも入れるよ」
「中高私立の進学校に入れてもらえたのに、東大に行けないの?」
そんなこと言う人たちがいるけど、純粋に努力だけで日本の頂点の教育機関に入学する権利を獲得できると考えているのなら、なんておめでたい人たちなんだろう。

別に実家が裕福で、両親に教養があって、首都圏の一貫校出身で東大に入学した人を悪く言うつもりは毛頭ない。
恵まれた環境にいて、努力し続けて、結果を出すことは、誰にでもできることではない。
でも、スタート時点で数値化できない格差がたくさんあることは否定できない事実だと思う。

うちの両親はセンター試験と二次試験の違いがあまりよく分かっていない。
センターで何の科目が課されるのかも、どうやったら私が通っている今の大学を卒業できるのかも、多分しっかりとは理解していない。
そんな家庭で育った子どもと、小さい頃から習い事にお受験にと重課金してもらった子どもが、同じ土俵で戦うことになるのだ。

大学生活も折り返し地点を過ぎた今は、できるだけ様々な経験をさせてくれて、ここまで私を育て上げてくれた両親に心から感謝している。
親もきっと私にはわからない辛い思いをしてきたはずだ。
反抗期には数えきれないほど衝突し、迷惑もかけた。

自分が苦しんだこの数年間が、親のせいだとは全く思わない。
ただ、誰のせいにすればいいかわからず、それがまた苦しい。

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