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場面緘黙症だった私は看護師になった。

私は看護師ですが、場面緘黙症の後遺症があります。3~10歳まで場面緘黙症でした。今でもストレスが溜まっていくと、緘黙症状が出てくることがあります。どうにか自分の心のバランスを自分で取りながら生きています。

場面緘黙症とは

場面緘黙症についてまとめました。

・家庭ではごく普通に話すのに、幼稚園・保育園や学校などの社会的な状況で声を出したり話したりすることができない症状が1ヶ月以上続く

・原因はまだはっきりとわかっていないが、場面緘黙症の子供の多くは、先天的に不安になりがちな傾向がある。また、内向的な性格であることが多く、これは脳の扁桃体と呼ばれる領域が過剰に刺激されることによると考えられている。

・発症は低年齢(2~4歳頃から)でみられる。女児がやや多い。発症率は0.2~0.5%

・強い不安により体が思うように動かせなくなる緘動(かんどう)という症状が出る場合もある。

・本人もなぜ話せない状況になるのかわからない。

おうちでは話せるけれど、学校などの社会的な状況で声が出せない症状がでます。経験した方はわかると思いますが、話したくても話せないですよね。とっても辛いですよね・・。

私は、学校で授業中に先生に答えを求められたときや、音読は小さい声でできていたので、全く喋ることができないわけではありませんでした。「めちゃくちゃ大人しい子」として扱われていました。

私の幼少期の緘黙症の症状はこんな感じです↓

・学校で雑談が全くできない
・誰かに声や話している内容をを聞かれたり、注目されるのが怖い
・自分から誰かに声をかけることができない
・笑わない
・声を出して泣かない
・緊張で動きが鈍い。遅い。
・授業中、解答を求められたら答えることはできる(声が極端に小さいけど)
・ほとんどの意思表示は首を振るなどのジェスチャー
・周りの目が気になって給食を食べるのが遅い。

10歳以降、少しずつ場面緘黙症がマシになった理由は、新学期にクラス替えを行った際、同じクラスで気の合う友達に出会えたことが大きいです。1人でも心から信頼できる友達に出会えたので自信がついたのかもしれません。今でも感謝しています。

大人しい、内向的・・だからこそ看護師になった

出会う人が皆、優しい人ばかりではありません。大人しかったり、内気で自分の意見をしっかり持って、相手に伝えることができないと、心のすさんだ人に目を付けられやすいです。

「君は口が堅いから」と言われ愚痴のはけ口にされたりだとか、ナメられて見下され、相手の都合の良いように利用されやすかったりと、不当な扱いを受けやすいです。生きづらいですよね。だから私は大人になってから看護学校を受験して、看護師の資格を取りました。

自分の心と体が元気ならどこでも働けるように。そして、もともと人の心や身体のしくみなどに興味があったのも看護師になった理由です。

看護師になって良かったこと

場面緘黙症だった私が看護師になる勉強をして良かったことは、「心理学」という学問にに出会ったことです。心理学を学んで、人間の悩みのほとんどは「人間関係」なので、いろいろ悩んでるのは、私一人だけじゃないんだなと思うようになりました。看護師になってから、もっと人の心が学べる臨床心理士になった方が良かったかな?と思いましたが、看護師も患者さんとコミュニケーションをしっかりとる仕事なので、医療の勉強もできたので看護師で良かったかなと思います。

今、大人になっても場面緘黙症の後遺症を引きづっています。

私は場面緘黙症に気づいたのは20歳になる前でした。大人になってから気づいたので、場面緘黙症の治療はしていません。生きづらさをずっと抱えていたので、自分で自己啓発の本を読んだりして心のバランスをとって生きてきました。

看護師になって人と関わる仕事をしていても、場面緘黙症は完治していません。後遺症を引きづっています。不安や緊張が強くなる場面に出くわすと、声が出なくなる感覚がやってきます。そして、今でも心のバランスを崩しやすいです。そんなこんなでずっと今までなんとか生きています。

でも、患者さんと1対1で関わるのは好きで、1対1だと緘黙症状が出にくいので仕事に専念できます。子供がもう少し大きくなったらいつかまた看護師に戻れたらいいなと思っています。そして、看護師として緘黙症の人の支援もしていきたいです。


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