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シークレット・オブ・ジェネシス 第84話『孤独の深淵―信頼の絆』


「どうしてそれを――!?」
明らかな動揺を見せたアルルに、ハルセはあの長い長い苦闘の日々を、「調べたんです。」の一言で告げた。

「そう……。イナンナがあなた方の情報収集能力を面白いと言い、手を組む有益性まで示唆していたのは、このことだったのかしら?
なら、もう隠す必要もないわね。

 彼の言った通り、『彩の血が流るる者』は変異ミトコンドリアDNAを持ち、アカシックレコードと意識を繋ぐコネクターとなれるの。
だから、ウトゥの体細胞から同じ遺伝子組成を受け継ぐクローン“KAGUYA”が作られた。
しかし、そのKAGUYAプログラムは研究から15年余りが経過しても、度重なるバグや誤作動を起こし軌道に乗らず、とうとうエンキはウトゥ自身をコネクターにすると言い出した――。
そうなれば、一生眠ってただ夢を見続けるだけなのに……。」
アルルは昨日の事のように苦悶の色を浮かべ、わなわなと怒りに震えた。

 そんなエンキのブルータルな選択に憤り、アサトは腹立ち紛れに「エンキさんは娘への愛情が無かったのですか?」と、見境ない質問をする。

「そうよね……。あなたたちなら、不思議に思うわよね。
でも、私たちの星では昔から『生殖機能を使用すると“蓮華”という愛の概念を持ってしまう』と言われる程、子供への愛は薄いわ。
『子を持つ』『家族を成す』という概念すらないのよ。
国単位で計画的に優秀な遺伝子を選出し培養。生出された子は国全体で育むという思想だから――。
それは寿命が長いからこそなのかもしれない。本能のままに産み育てていたら、星が崩壊するもの。

 そんな故郷の思想を受け継ぐこのアルザルで、私は妊娠し出産した。私の中に湧き上がりはじめた想いは彼らには当然理解されず、何かと面倒で受け入れ難いものとされ、事あるごとに『通常の判断が出来なくなってるんだ』と言われたわ……。」

「そんな……!」
リルアはあまりにも哀切極まる過去に、堪えきれず涙を流した。
それにつられてアルルも悲憤で頬を濡らす。

「だから私はウトゥと逃げる事を決めた!でも邪魔が入って、ウトゥを独り逃すので精一杯だった……!
その後翠玉に着いた彼女は、戦地“イルストラド島”で、ミロク国ミナト出身の従軍看護師“コイズミ ウツキ”という女性の遺体を、秘術『キメラ』でRNA転写し、自分の肉体と融合させた。
そして、陸軍中将 アローア・ダイ・クルーガーと帰還したアーレウス国で結婚し、ウツキ・クルーガーとして生きたの。
リルアの母エマと、オリビアの祖母ナンシェを妊娠し出産した事から、愛の概念“蓮華”を持ってしまったとされ、アルザルに連れ帰られる事も無かったわ……。

 ウトゥはずっと中周波数体で生きた事や、生殖機能を使用した事、また翠玉の環境に適応した事により、翠玉の民と同じくらいの寿命で亡くなった。
ウトゥが亡くなった日、私はひっそりとあの場所にいたの。たくさんの家族に囲まれ幸せそうに微笑みながら天に召されていったわ。

 エンキがあんな事を言い出すまで、ウトゥとの何気ない時間は当たり前に続くと思ってた。ウトゥは私のただ一つの光であり、かけがえのない宝物だった。
それをあんな形で奪われ、二度とこの腕で抱きしめる事さえ叶わぬまま、最期の別れを迎えたわ……。今も私は戻らない日々を想い過ごしているのよ――。」

 アルルのあまりにKAGUYAをないがしろにした語りに、ハルセは彼女の存在が不憫でならず、どうしようもない苛立ちを覚えた。
「あなたのウトゥへの愛情はよく分かりました。しかし、そのクローンであるKAGUYAへの愛は無いんですか?」

「ウトゥが脱出してからは、KAGUYAを見るのも辛い日々が続いた。今ではKAGUYAを見ると、懐かしく感じれるようにはなったけど……。
KAGUYAは確かにウトゥのクローンよ。でも彼女との思い出は何もない。だから娘のように愛したりしないわ。」

 ハルセはその悲しい事実に打ちのめされながらも、賭けに出る事を決めた。
「僕はあなたの“蓮華”の心を信じて話します――。
ウトゥさんはKAGUYAに全てを押しつけ逃げた事、そして助けを求める彼女の声からも逃げ続けた事を嘆いてらしたと、テスカさんから聞きました。
KAGUYAの願いは、LILUAとOLIVIAを眠りから醒し、解放を成し遂げることです!
生まれた時からずっと眠らされ、ただの一度も自由に生きた事がない彼女達に、自分の足で立ち、思いのままに煌めく世界へ飛び出して欲しいと……。」
そう言ってハルセは小さなサイコロ状のCUBEを大事そうに掌にのせ、アルルに見せた。

「ウトゥさんは寿命を前に、いつか誰かがKAGUYAに自由を授けてくれる事を祈り、これをテスカさんに託したそうです。
そして僕らは、ウトゥさんとKAGUYAの願いに導かれ、ここに来ました――。」

 ウトゥの願いだという言葉に、アルルの心は大きく揺さぶられる。
それと同時に、彼女はこれまでKAGUYAに想いや願いがあるなどとは考えず過ごしてきたが、今初めてKAGUYAの心に触れ、自分の中の“KAGUYA”という存在が、少しずつ変わり始めるのを感じていた。

「そう……。KAGUYAを助けに戻れば、コネクターにされる事は分かっていたでしょうから、子供が生まれ、孫が生まれ、今の幸せを守りたいという気持ちと、KAGUYAに全てを押しつけたという罪悪感の狭間で、ウトゥはずっと葛藤し続けていたのね……。」と、アルルはCUBEをただじっと見つめ、思いを馳せる。
ウトゥの心の惑いが肺腑に染み入り、アルルの胸は引き裂かれる程に痛んだ。
テスカに託したのなら、寿命が尽き果てようとアルザルへは帰らない事を決めていたのだ。それは真実の愛を築けた証拠であり、そんな娘の幸せを喜ぶ反面、彼女のその覚悟にまた言いようのない寂しさも感じていた。

「私もリリィも彼女達の事を知るまで、24時間365日護衛がつく生活に対し自由がないなんて思ったり、メイアーズに生まれた苦悩や生き辛さを抱えてるつもりでいたけど、そんなの全然比じゃなかった――。
だから、自分の事よりもLILUAやOLIVIAの事を想うKAGUYAの力になりたいんです。協力して頂けませんか?」
そう意を決してオリビアが訴え出た事に、リルアも触発される。

「この自由や幸せは私たちのクローンである彼女達の犠牲の上に成り立っているんだと……、それを何も知らず享受していたに過ぎなかったんだと心疚しく感じ、彼女達を助けたくてここに来ました。
お祖母様もご自身が側で見守らなければならない私たち家族の為に行動を起こせなかったけれど、申し訳なさや助けたいという気持ちは今の私たちと同じだったと思います!」
そう言い切ってからもずっと、アルルの目を見つめ続けた。そしてアルルも彼らの眼差しを順々にしっかりと受け止め、一呼吸置いて口を開く。

「決めたわ。協力させてください――。
私の娘たちの願いを叶えるために……!
悲劇のはじまりを生み出したのは私だから、悲劇のままで終わらせるわけにはいかない!」

「ありがとうございます!」
そう感謝の想いを交わしながら、彼らは席を立ち一気に歩み寄った。
アルルが“娘たち”と言った事に瞳を潤ませるハルセは、彼女に深々とおじぎをする。

「ねぇ、ハルセ。私の“蓮華”の心を信じてくれてありがとう。そんな風に肯定的に扱われたのは初めてよ。やはり私たち種族が、進化と共に失ったものは大きいのかもしれないわね……。

 ――あぁそれと。さっきのCUBE、早くプラズマ亜空間に隠しなさい。
プライベートポケットにしまってしまえば、ここの誰にも見つけられないわ。
そこまでの亜空間操術を使える者はいないから。」

「あっ、それが僕たち……、プラズマ亜空間に関する術は使えません。」

「あら、そうなの……。
でもアガルタに連れて行かれる際、おそらく没収されるわ。イービスはあなたたちがCUBEを持っている事を知ってるから。」

「だったら、アルルさんのプライベートポケットに隠して頂けますか?」

 アルルは驚いた表情でハルセを見返した。
「唯一の逃走手段を初対面の私に預けるの?」

「アルルさんとは初対面ですが、確信を持って言えます。――信頼できると。
リリィやオリビアの“家族”を、育てられた方ですから。」
ハルセが穏やかな笑顔で伝えたその言葉に、アルルは嗚咽で声を詰まらせ、もう何も言えなくなった――。



 この物語は、かつてクロノスSLABs内で起きた謎の事変に基づき制作した、フィクションです。実在の人物や団体などとは一切関係ありません。

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