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#ゾンビと僧 10

エロと健康。エロと運動。
エロと健康はなんとなくありそうだ。可能性を感じる。エロのメンタルへの恩恵はすでに実証済みだろう。エロと運動はピンとこない。試しにエロと運動で検索してみると、エロ動画しかでてこなかったのはなんともたくましい。エロと健康の記事はおおかた長生きとか、セックスとか、それらを検証したあれこれ。これらのファクトを踏まえて私は逆張りをしてエロと運動でマーケティングしようと決めた。エロい大人の目にとまるように、彼らが出向く先で待っていれおのずとエロい大人たちがやってくると期待して。
さてプロモーションだがエロい運動はそのままエロなので、エロくない運動で広告を出すとこれだけでPVが増えた。エロくない運動はふつうに運動なので、コンテンツを大きくいじることがなく低コストでよい。なんというか非常に単純だ。人々の欲望に突き動かされた初動に思慮深さはない。動いた後に思慮がついてくるような、と考えると人の初動はコントロール可能で、だからSEOやアイキャッチな広告がはやるのはよくわかるのだが、私は初動に舵取りされるのは嫌なので、本来であればもっと洗練されたクオリティのある広告をだしたいのだけど、経営を考えるときれいごとばかり言ってもいられない。
 
エロくない運動をはじめて数ヶ月たったが、以前は見かけなかった客層が着実に増えている。彼らは自覚のないエロい大人で、このままジムを続けて健康体になってほしい。エロくないジムに、エロい大人が集まるのはカオスだが、身体を動かして爽快な汗をかいてエロい妄想を和らげてもらえれば嬉しい。そうして痴漢の欲求もなくなるといいなと思う。エロい大人が痴漢をすると考えるとのは偏見だが、事情がはどうあろうと痴漢はダメだ。私が思うに痴漢はエロの純粋な発露というよりは、抑圧された自己の社会への抵抗としての暴力なので、運動によって抑圧された自己を解放してその結果、痴漢への衝動を減圧することができるのではないかと期待する。痴漢撲滅とまではいかないが、痴漢の減少に効果があれば嬉しい。
 
利用者が減ったのは、私のツイートのせいだ。身体を動かして健康になって痴漢も減少みたいなことを書いたら、このジムに行っている奴は痴漢だから注意しろってなって炎上した。読みが外れた。どうやら逆張りが過ぎたようで、面白いと感じてくれた人もいたけど、そうじゃない声に圧倒されて燃えた。不用意なツイートには注意しないといけない。このように傷心していた私をみかねた友人が合コン的な食事に誘ってくれて、普段はそういう場所には出向かないのだが、今回はお坊さんも来るよというので、説教でもしてもらおう。私に信心はないが宗教家が現代の世でなにを話すのか気にはなる。
 
修行道半ばといったところか。やはり今の世で信仰に身を捧げるのは相当な覚悟が必要とされる。あの坊主にはそれがなかった。きっと興味本位で坊主になったのだろう。私がいろいろと訊ねてもさっぱりしなかった。常日頃から修行していればきれいに整った言葉は出てこなくてもそれなりに深みも感じようが彼は薄かった。私がツイートで炎上した話をすると、他の何人かはそれはセンシティブな内容だね、脇が甘かったかも、とかなんだか知ったような上からで腹が立ったが、彼の坊主は嬉しそうに私のアカウントを見つけてはしゃいでいたのがよかった。さすが宗教家だ。心に安定をもたらす。現代の宗教は言葉ではないのだな。私は宗教というのは過去の教典やら偉い人の話やらを引っ張り出して現代風に解釈するみたいな、わざわざ遠回りすることに意味がある的なことをいうばかりで、今を生きている感じがしなかったのだが、なるほど現代の宗教は教えではない。彼がわかってそうしているのならば、なかなか見どころがあるではないか。

つづきます


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