現役医師が思い出す国立大医学部受験の考え方 - なぜ医師になりたいのか



医学部受験で難しいことの一つに志望動機があります。
現役医師の立場からすると、正直なところ医師で働く上で動機などどうでも良いとは思うのですが、医学部受験に関わる歴史的な背景から未だに受験時の面接や小論文のテーマとして取り入れられていることが多いようです。


本稿ではよくある志望動機の本音と建て前について検討した後、他の受験生と差別化できる方法を紹介します。


1. 医師は儲かるから

正直なところ本音では最もよくある動機ではないでしょうか。
確かに安定しているように見えますし、実際就職先は常にあり、明日の食事に困るようなことはほぼありません。

しかし一方で、現役で働く医師たちの中で「儲かっている」と感じている割合は恐らく極少です。
このギャップを理解しておく方が、本音の所を問われた際に一段深い回答ができるでしょう。

なぜ儲かっていると感じないのか、その理由を考えていきましょう。
まずは医師は所詮給与所得者であり、出費もまた多い職業であることが挙げられます。

給与所得者であるため経費などが使えない事に加え、多くの医師は常勤先と別にアルバイトをしています。
このため確定申告を行っている割合が非常に高く、自らが支払う税金や社会保険料の重税感を常に感じていることが多いです。後に一部は戻ってくるとはいえ、予定納税などで一時的に支払わなければならない額が多いことも影響しているでしょう。

また、所属している学会が多ければ1学会について年に1万円から2万円程度の年会費がかかる上、専門医の更新に学会参加が条件となっている場合も多く、こうなるとわざわざ旅費を払って学会参加し、改めて学会の参加費を追加で支払わなければなりません。居住地にも寄りますが、総額で大体1学会の参加は10万円程度です。
職場によっては年に数回(発表か聴講のみかによって回数は変わります)の学会参加について旅費と宿泊費を負担してもらえる場合もありますが、それを超えた分はもちろん自腹です。

加えて、大学や市中病院のどこで働くかにもよりますが、一般的に常勤先の基本給は著しく低いです。
時間外手当や呼び出し手当、待機料、役職手当等々を合わせて大体基本給の倍程度にすることが多く、ご存じの通りボーナスの計算根拠は基本給ですので、思ったほどはもらえないということになります。

また、大学医局の人事で動く場合は2-3年ごとに転勤となりますが、この場合退職金がもらえないことがほとんどです。
更に、頻繁な引っ越しが必要になるものの、引っ越し代や新居の敷金礼金仲介手数料などを全て払ってもらえることは稀です。大学病院ではまず補助などありませんし、市中病院でも10万円程度のことが多いです。

この他にも図書の購入費(1冊1-2万円程度)や新人の勧誘で奢る費用、専門医の更新や各種認定医の取得費、講習会参加費、大学院に通う先生は大学院の学費等々、業務関連でありながら経費認定されない費用が非常に多いのです。特定支出控除を申請するのも上司の決裁が必要など壁が高く、行っていない先生がほとんどでしょう。

以上は支出関連での現実です。
重税感に加えて経費性の高いやむを得ない支出がかなり多いことがご理解いただけたでしょうか。


次に収入面です。

もちろん額面給与は高いのですが、その内容をよく見るとアルバイトや時間外手当、呼び出し手当など、基本的に実際に働かなければ得られない項目が多いことに気づきます。
即ち、身体を壊してしまうとたちまちのうちに収入は激減し、昨年度の所得に応じた高い税金を払い続けなければならない地獄に陥るのです。
医師は本質的にブルーワーカーであり、身体が資本の仕事で未来への補償はないと思って下さい。

マクドナルドのアルバイトで月に30万円稼ぐ、というのに似ています。できるのかもしれないですが、永遠には続けられませんよね。
というわけで、確かに収入は高いのですが、身体がついてこなくなる時までにハードワークをしなくても安定した収入が得られる体制を構築すべく、未来への投資もまた必要となってきます。

もちろん開業医をはじめとして経営側の医師となれば「儲かる」と形容しても良い生活を得ることはありますが、一般の開業医であれば自らが診療をこなさなければ一円も入りませんので、こうした「儲かる」医師は経営に特化したごく一部であることを肝に銘じておく必要があります。


こうした現実を突きつけられた時、あなたはどう回答するでしょうか。

2. 医師はモテるから



特に男性にこの理由をこっそり考えている人は多いでしょう。
そもそも好きになった人以外にモテる必要があるのかという問題は置いておいて、医師になればモテるというのは一部真実です。

その理由は、医師でない時に比べて「あなた個人を知ってもらいやすくなる」という一点につきます。

職業がホストであれば当然一般の女性は警戒するでしょうし、無職であればそもそも俎上に上ることもないかもしれません。
一方で医師であれば、もちろん遊んでいる医師が多いことから一定の警戒はされるでしょうが、一方であなた自身を見て判断されることが増えてくるのは間違いありません。

院内では他にも医師が沢山いることから医師の中での比較となってしまう事に加えて、そもそも職場での恋愛は全くお勧めできませんので避けた方が無難です。別れたあと気まずい中で働きたいかどうか、よく考えてみて下さい。

いずれにしろ、入り口は広くなりますが結局はあなたという人間次第だということになると思います。
収入面では恵まれているとはいえ、実は経費の使える個人事業主や福利厚生の充実している一部上場企業社員と比較すると、そこまでのアドバンテージはありません。


一方で女性の場合、医師ははっきりとモテません
一般職の男性より社会的地位も給与も知性や職業意識すらも高くなってしまいがちであり、敬遠されることが多いです。また、女性であるというだけで職業的な大変さも理解してもらえないことがほとんどですし、そもそも女医には出会いの場が極めて少ないです。自ずと女医の結婚相手で最も多いのは男性医師となりますが、お互い忙しい職業ですからすれ違いがちになるのもやむを得ず、結果、女医の離婚率は5割を超えるとも言われます(データは見たことがありませんが)。

もちろん人や入局先の教授の方針などにもよりますが、早期の結婚を目指す先生方は麻酔科、皮膚科、眼科、耳鼻科、精神科などを選ぶ事が多く、逆に外科や産婦人科、脳外科や心臓血管外科などの救急を扱う外科系の科を選ぶと婚期は遅くなりがちです。

是非とも大学時代から付き合っている気心の知れた恋人と、研修医2年目までに結婚しましょう。結婚式に教授を呼ぶ必要も無くなります

3. 親が医師で憧れて


この理由の最大の問題は、親が働いているところを間近で見ることは法的にほとんどないことです。
医業には極めて厳しい守秘義務が課せられていますので、肉親であっても患者さんへの診療行為を本人の同意なく特定できる形で見せるのは守秘義務違反であり、刑事罰の対象です。
特に開業医である場合、ひょっとしたら親が診療風景を見せることがあるかもしれませんが、基本的に他の人に言わない方が良いでしょう。
勤務医であれば、そもそも部外者が入ることは管理者の許可がない限り不可能ですので「ちょっと親の仕事風景を見る」という言葉のイメージよりは遙かにハードルが高いです。

さて、親の仕事風景を見られないにもかかわらず、あなたは医師である親のどこに憧れたのでしょうか。

基本的に医師である親は家にいる時間が短くなりがちですので、子供と接する時間も他の職業よりは少ないはずです。その意味において良い親ではない可能性は高く、実は医師自身も子供と接する時間が短いことを気にしているケースが非常に多いのです。

子供と接する時間が少なくなる職業に憧れると言われると、不思議に思いませんか。

日本に医学を教える高校はありませんので、親の仕事内容についてあなたはほぼ理解していないはずです。
子供は親の仕事内容を理解していない、仕事の風景も見たことがない、そもそも家に帰ってこずに一緒に過ごした記憶も乏しいのが現実です。これで憧れるとしたら、社会的ステータスや収入面で憧れているのみと思わざるを得ないと考える面接官は、実は多いと思います。

ですから、親が医師で憧れているというのであれば、しっかりとしたエピソードがある必要があります。
「患者さんから感謝されている様子を見て」などの使い古されたエピソードもやめておきましょう。あなたがご両親の患者さんと会うことは、開業医であっても法的にほとんどないはずだからです。患者さんからいただいた感謝の手紙の類も、名前が記載されていることがほとんどでしょうから、本来は見てはいけないものです。

4. 家族の死に際して医師になりたいと考えた


非常に使い古され、聞く側も嫌気がさす理由の一つです。

あなたの家族の死に関わったのは医師だけではありません。というよりも、接した時間が一番長く、それこそ献身的な世話をしたのは確実に看護師です。医師が体位変換し、身体を拭き、排泄物を処理することはないのです。患者の痛みに寄り添い、不安に寄り添い、昼夜の区別なくあなたの家族に尽くす彼らの姿があなたの心を動かさなかったのだとすれば、同じ医療職として残念と言うより他ありません。

リハビリテーションのスタッフも間違いなく医師よりは長く接したはずですし、転院でもすれば事務員だって骨を折ったのです。療養型の病院であれば医師は担当患者数が莫大となりますから、個別の患者に多く関われないことがほとんどのはずです。それなのになぜあなたは看護師をはじめとした他の医療職を目指さずに医師を目指すのでしょうか。

死亡宣告の際に来たのは主治医どころかただのアルバイトの当直医かもしれません。
次の日も朝から普通の仕事がある中で、深夜に死亡宣告や死亡診断書の交付を眠い目を擦りながらしてくれたことに感謝するといえばそうかもしれませんが、肉親が亡くなったその瞬間にそんなことを気にとめるのは同じ立場を経験した医師のみだと、我々は身にしみて知っています。

そもそも家族の死というのは、老衰を除けばほぼ医療の敗北の瞬間です。
医師という職業は本質的に修理工であり、よりよい人生を提供する事はありません。ゼロがマイナスとなった際にマイナスになる部分を減らすのみであって、死亡というのはマイナスの極限の状況です。例えばあなたが自動車の修理工だとして、「事故車の修理に手を尽くしたけれどもダメでしたので廃車にします」という状況で顧客に憧れられたら、かなりの違和感を感じませんか。

少なくとも、その奇妙さを跳ね返すほどの合理的な理由を聞いてみたくなるのは自然なことでしょう。

例えば

「大学病院で家族が他界した際に非常に真摯な説明とお願いをされたので解剖に同意した。解剖後数ヶ月経って連絡があり、死因について非常に詳細な説明を受け初めてなぜ命を失うに至ったのか納得ができ死を受け入れられたとともに、人の命の不思議さと、それを追究することに不謹慎ながら強い興味を覚えた。また、伝えていただいた医師の姿が非常に真摯であり、尊敬の念を抱いた。」

というレベルであればまだ分かりますが、この理由にしてももし強い興味を本当に覚えたのであればその疾患についてかなりお調べでしょうから、実際どの程度の興味であったのか確認する意味でも、疾患や当該臓器についての詳しい知識を聞いてみたくなると思います。

つまり、理由と行動との一貫性がなければ、説得力を失うのです。

5. 地方の医師不足を知って力になりたい


特に地方国立大学の入試でこれを言う人が最近多いようです。
しかし、地方の国立大学で働く医師は皆、そう言って他の都道府県から入ってきた新入生たちが、卒業するとあっさり地元に帰ったり都会に行ってしまったりすることをよく知っています。つまり、全く信用されません。

学士入学者は更にその傾向が強いため、大学によっては学士入学制度そのものを終了したり終了を検討したりしている所すらあります。
奨学金で縛られていればまだマシですが、それにしても義務年限が終わるや否やさっさと出て行く人が多いのも既にバレています。

これは余談ですが、私個人としては、そもそも若い医者を縛るような制度が上手く行くはずはないという常識的な判断に加え、多くの奨学金で定められる義務年限である9年間は余りに長すぎて、例えば専門医を取得する辺りの医者として一番大事な時期に国内留学すらできなくなるなど弊害も大きすぎる一方で、縛りが解ければかえって流出を招くことが多いため、義務年限付の奨学金制度はなくした方が良いと考えています。

さて、あなた個人は地方に残ろうと考えていたとしても、子供ができて子供の教育を考えた時、その地方を選ぶでしょうか。実際、多くの医師がこのタイミングで都会への移住を検討します。また、ご両親が他県にいた際、介護の問題が生じた時はどうでしょうか。
こうしてみると、あなた自身の希望の有無など正直全く信用されないであろう事は容易に推測できるはずです。

更に更に突っ込んでいけば、実際に地方でも都会でも足りないのは、あくまで非常な悪条件の中で勤務する奴隷医です。高給の医者や開業医はこれ以上要りません。
というわけで、「医師不足を助けたいと仰いますが、低賃金での激務を続けたいと言うことですか?」と、本心では聞きたくなると思います。

6. ではどんな理由が良いのか


こうして見ると、いかに志望理由をひねり出すのが困難かが分かると思います。
素人がいくら不自然に考えたところで、実態とかけ離れた突っ込みどころだらけの理由にしかならないのです。
医師の職業的な側面は余り理由にしない方が良いのではないかとすら感じることがあります。

例えば化学や生物が得意な皆さんは、その集大成にも思える複雑な生化学反応やそれが行われる肝臓などの臓器に対して興味を覚える可能性があるでしょう。そういう場としての臓器や人体に興味があり、従って~~科に進みたいまできちんと説明できれば、立派な理由になり得ます。臓器を扱えるのは医師のみであることに加え、特に大学の医師は研究者の側面も強く持つのです。

実際に触れるのは外科ですので、例えば消化器内科と消化器外科で迷ったら外科にしておきましょう。もちろん、実際に触れたいのだと強くアピールすべきですし、当該臓器や反応、疾患については調べておくのが望ましいのも当然です。言行を一貫させましょう。

あなたがペットなどを飼っていれば、より高次の複雑な生き物としての人間に興味を覚えるかもしれません。
なぜ犬にできないこの考え方がヒトにはできるのか、それは脳で言えばどの部分にあたり、そこが失われるとどうなるのかを調べていく上で、人間の本質に迫るような問いを日常業務で考える医師という職業に魅力を感じるかもしれません。この場合は脳外科や脳神経内科になるでしょう。

こうして見ると、高校までで習うことであったり、あなたが日常を過ごす中で得てきた経験や考え方と結びついた理由が最も自然であり、説得力を持つことが分かります。

知りもしない医師の働き方のような職業的側面に目を向けるより、余程合理的ですし、何よりあなた自身の言葉で語れます。

また、言行の一貫性が大切であることもご理解いただけると思います。
興味があるのなら調べるはずですし、詳しいはずなのです。

7. なぜその大学を選ぶのか


数ある大学の中でなぜそこを選ぶのかと問われれば、もちろん各科目の点数配分から有利になるからと決まっている人が多いでしょう。それは試験官もよく分かっています。

さて、突然ですが、あなたが自動車教習所を選ぶ理由を考えてみて下さい。

・家から近い
・料金が安い
・確実に免許が取れる
・短期間で免許が取れる
・免許取得後の事故率が低い
・教習内容が優れており評判が高い
・仲の良い友達が行く

辺りが多いのかと想像します。
では逆に、あなたが教習所の教官だったとして、嬉しい理由は何でしょうか。
間違いなく、「事故率が低い」「評判が高い」辺りではないですか。

医学部医学科というところは、医師免許を取る場という意味で非常に自動車教習所に似ているのです。

それでは、受験生であるあなたはどんな理由を述べるのが適切でしょうか。
もうおわかりですね。

その大学の卒業生は非常に優秀な人が多いというと根拠もなくよく分かりません。

そこで、例えばECFMG(米国の医師国家試験の受験資格)に登録するためにはJACME認定の大学でないとなりませんが、もしその大学がこの認定を取っていれば立派な理由になるでしょう。研究の延長でUSMLE(米国の医師国家試験)も目指してみたいのだと主張すれば、明らかにその大学でなければならない理由となります。

JACMEの登録大学は以下のリストにありますから、興味があれば参照してみて下さい。そんなに多くはないことがおわかりいただけると思います。
https://www.jacme.or.jp/pdf/jacme_web_licensebanner_link.pdf
この認定を取るのはかなり大変なのです。

他にも、「その大学の卒業生に相談した時に、その大学のこうしたユニークなカリキュラムや制度を非常に褒めていて、自分も憧れた」というのは、喜ぶ試験官が多いかもしれません。

ユニークなカリキュラムはかなりの試行錯誤や労力をかけて作られていることが多いからです。

但し、本当によく調べてから言うようにして下さい。「その制度去年から始まったんだけど」等と言われては身も蓋もありません。

逆に、学士入学制度などにより短期間で卒業できることを動機として挙げるのは、6年間でのカリキュラムを必死に考えている大学教員にとっては余り嬉しくないかもしれません。医学教育には6年間かかると感じている教員は非常に多いです。

さて、では、「家から近い」という理由はどうでしょうか。
安易すぎると感じる方も多いかもしれませんが、実はかなり強力なのです。
特に地方大学では、何よりも雄弁にあなたが卒後その地方に残る可能性が高い事を示唆するため、歓迎されます。
少なくともマイナスに働くことはないと言っても良いでしょう。


こうして見ると、この設問はあなたがいかに大学教員の立場に立てるかという点を測っているようにも感じてきませんか。卒後は患者の立場に立たなければなりませんから、ある意味合理的と言えるかもしれません。


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