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わたしを豊かにさせるもの

どんな映画を観るのか、どんな本を読むのか、どんな音楽を聴くのか、それを他の誰かに知られるのは、自分の内側を覗かれるようで、なんだか少し気恥ずかしい。一方で、とっておきのものに出逢うと、あの人に観てほしい、読んでほしい、聴いてほしいと、その作品によって違う「あの人」の顔が浮かんでくるから不思議だ。
たった2時間ほどのショートトリップ。映画はわたしたちを別世界へと連れていってくれる。わたしは一度もアイルランドへ行ったことがないが、「once ダブリンの街角で」を観て以来、勝手に行った気になっている。監督は、同国ダブリン出身のジョン・カーニー。今日はこのジョン・カーニー監督3部作について書こうと思う。

この映画との出会いは、確か高校3年生。進路が決まり、英語の勉強も兼ねて洋画漬けの日々にレンタルショップの棚から直感で手に取った作品だ。

昼間は父親が経営する掃除機修理屋で働くストリートミュージシャンに、ある女性が声をかける、彼女はチェコからの移民で、花を売って生計を立てているのだという。彼が掃除機の修理をしていると知り、翌日こわれた掃除機と彼の元へ…

掃除機をゴロゴロと引きずりながら、街中を歩く姿はなんとも滑稽で愛おしい。そして、この映画はなんといっても音楽がいいのだ。主役のグレン・ハンサードとマルケタ・イルグロヴァの2人は実際にプロのミュージシャン。本職が役者でない彼らの役作りは自然体で、主題曲となる「Falling Slowly」は、聴くたびに胸の奥がきゅっとなる。学生時代に留学先で多国籍の友人たちとカラオケに行った時、韓国出身の友人がそれを歌い出し、嬉しくなってカラオケそっちのけで映画について語り合ったのを今でも覚えている。自分と同じ好みを持った人に出逢うのは嬉しい。まして、それが違う国の人と、同じ「すき」を共有できるなんて、と胸が高鳴る瞬間だった。この映画を好きで良かった、と思った。またひとつ映画が世界を広げてくれたのだ。

時は経ち、社会人1年目、同監督の次作「Begin Again(はじまりのうた)」が公開されたと知り、仕事を終え、車と電車を乗り継いで1時間半はかかる映画館へと1人駆け込んだ。この作品には、キーラ・ナイトレイ、Maroon5のアダム・レヴィーンが出演している。

イギリスからニューヨークへとやって来たシンガーソングライターのグレタは恋人デイブに裏切られ、たまたまライブハウスで歌っていたところを音楽プロデューサー、ダンに見出され…

ニューヨークの街角で次々とゲリラレコーディングを行っていくシーンはまるでミュージックビデオを観ている気分。ダンとグレタがお互いのプレイリストをイヤホンで聞きながら夜の街を歩くシーンがある。自分も学生の頃、バイトを終えた夜や、ただなんとなく歩きたい気分の時に、イヤホンで音楽を聞きながら、まるで自分がMVの主役にでもなったかのように歩いて浸っていた時があったなあと懐かしく思う。でもこれだけは心の底から共感できる。映画の中のセリフにもあるように「音楽さえあれば毎日の平凡な風景が意味のあるものに変わり、美しく光輝く」のである。
映画の中の、歳の離れた2人の間には恋愛感情があったのかもしれない。しかし、恋愛を超えたもっと深い愛情、信頼のような、ひとつの単語では言い表せられないものがそこには芽生えていたような気がした。

その翌年、同監督の「Sing Street(未来へのうた)」を観た。
次の舞台は再びダブリン。

さまざまな家庭環境、問題を抱えた生徒が集まるSynge  Street Schoolで、冴えない男子高校生が一目惚れした女の子を振り向かせようと、バンドを結成し、成長していく青春物語…

80年代のブリティッシュポップ、ロックはもちろん、ファッションにも注目すべき作品だ。恋、兄弟の絆、行き場のない状態から一歩踏み出し未来を掴もうとする姿が眩しく映る。高校生の時にこの映画を観たかった、と思った。

わたしにとって、映画は、音楽や本と同じくらい刺激を与えてくれ、豊かにしてくれるもの。知らない世界を見せてくれるもの。そして、国や文化をも超える力を秘めているもの。
特にこんな世の中になってから、より一層それらのありがたみを実感する。

ところで、この3部作のポスターは、ボブ・ディランのアルバム「The Freewheelin’」のオマージュなのか。考えすぎか、たまたまか。


さあ、次は何を観ようか。何を読もうか。何を聴こうか。

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