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今は大江健三郎と同棲しています

強い雨が降ってます。外から聞こえるのは、激しい風が窓ガラスを揺らす音とアスファルトに注ぐ雨水の反射音とだけで、室内にいることにより生じる安心感を、一層際立たせているように思います。私の場合、こんなときは、外出を控えるのは当然のこと、スマホから極端に離れて、誰かと繋がっている状態を避けています。なんだか雨の日は、ひとりで考え事をしたい気分になるからです。

雨の日にする考え事は沈鬱な感じになりがちである……私はそうは思いません。外に出ない、人に会わない、連絡を取らない、そんな状況下では、むしろ自分に備わる明るさにフォーカスが向きます。大人数で食事している際に、賑やかで騒がしい、一般的には社交性に富んでいると評される人たちと過ごす時間に疲れ、なんとなく感じる嫌気があります。それに対し、雨の日は真逆で、制限されているからこそ、前向きな心持ちになれるわけです。空腹が最高の調味料であることと似ている部分がある気がします。

それで、今日この激しい雨の中にどんなもの思いを見出したのかといえば、語彙の範囲とその用い方とが人生を大きく左右しうる、ということです。全然明るい内容ではなくて草といったところですが、暗くもないのでセーフです。

私は直近に摂取した文章に大きく影響を受ける性質で、作者の言葉の遣い方において、物事の捉え方が変わっているようです。もちろん、言語的な領域について、確固たる自分はいますが、それと同じだけ、今読んでいる本などの作者のスペースもあるように思います。私にとって、何か素晴らしい文章を読むことは、言葉や語彙の幅を拡げる行為であって、また、脳内の文学的同棲の始まりでもあります。

人間は自分の持つ言葉とその表現を用いてしか考えることが出来ません。一切の例外なく。だから、ある出来事の認識は、それを受ける人が知る言葉によって変わります。良い部分に焦点を当てれば良く見えるし、客観性に足る情報だけを並べれば、極めて正確な認識が可能になります。

遠くのものまで詳細に見えて、かつ、なんだか楽しげなフィルターもかけられるような眼鏡があったら欲しくなりませんか?私は欲しいですし、それを持っている人をとても羨ましく感じます。私はもっと自分の人生を豊かに送りたいので、これからも魅力的な文章を見つければ、それがアマチュア、プロであるかにこだわらず、良い部分を自分のものとするべく読み耽りたいと考えています。
^_^

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