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【中編ファンタジー童話】コトバムシ③(2394字)

 翌朝早く、ぼくらは馬にまたがって調査に出かけた。
 イーディ隊長が警備の兵をつけようかと申し出てくれたけど、ヤヤはそれを断った。研究者のフィールドワークに普通の人が付き合いきれるものではないとか言って。

「ねえ、ヤヤ。そろそろ休憩しようよ」
 もう太陽がぼくらの真上にあった。城を出てからずっと、ヤヤは働きっぱなしだった。

 一匹一匹、コトバムシをつかまえて、足にリボンを結んでいく。いろんなコトバを投げかけて、反応を見る。コトバムシの羽にマジックで記号を書き込む。
 ノートを取りながら、そんな作業をずっと繰り返していた。

 ぼくはそれをただ見ていたわけではなく、コトバムシを集めるために、何度も何度も歌わされたのだった。

 ぼくが赤いコトバでいっぱいの歌を歌う。コトバムシがやってくる。そこをヤヤが研究用に捕獲するという連携プレーであるのだけれど。

「もう、昨日からずっと歌いっぱなしだ」
「情けないな。ウタイビトだろう」
「最近のウタイビトはデスクワーク中心なんだよ」

 研究となると、時間も忘れて没頭するヤヤを説き伏せて、ぼくらは一息つくことにした。

 と言っても、普通だったらとっくにお昼ご飯の時間だ。木陰に座って、お城の人が用意してくれたお弁当を食べる。

「精が出るね。そんなに興味深いものだった?」
「そりゃそうさ。なにしろ、コトバムシ研究長年の謎が解明されるかもしれないんだから」

「神の罰かい?」
「うん、こんなこと言うのは不謹慎だけど、研究者としては見てみたい気もするね。ぼくらがここにいる間に起こらないかな、なんて思ったりして」

「おいおい、警備兵を連れていかなかったのは、そういうことだったのかい?まったく、君はウタイビトになるべきだったよ。歴史に残る問題作を作れる」

 ヤヤにはかなわないな、と思いながら、サンドウィッチをほおばる。この分だと、夕食も食べられるかどうかもわからない。

 コトバムシたちは赤い色のまま、その辺を平和そうに飛び交っていた。彼らがサンドウィッチに興味がないのがありがたい。

「午後はどうするの?」
「コトバムシの黒化が確認されたポイントに行ってみるよ。コトバイシが置かれている地点だ。君の歌が入ったやつだといいね」

「あんな歌を聞かされるのは、もうごめんこうむりたいね」
 アハハハと笑って、ぼくらはまた馬にまたがった。

「うわあ、ひどいね」
 現場に着き、ぼくはその異様な光景に思わず顔を背けた。黒化したコトバムシの死骸が、コトバイシを中心にあちこち散らばっていた。

 コトバイシからは、淡々と陽気な歌が流れていた。ぼくの歌でなかったことは、気休めだろうか。

 ヤヤは顔色一つ変えずに、黒くなった死骸を丁寧に調べていた。

「ヤヤ、君は初めてじゃないね」
「研究室ではね。わざとコトバムシを黒化させる研究もやっているんだ」
 やっぱり。

「コトバムシにいろんなコトバを聞かせて、反応を見る実験をしている。それによると、一定期間、青いコトバを集中して聞かされたコトバムシは、黒化することがわかっている。でも、これは研究室で見たものとは違う」

 なんて残酷なことを、と思ったが、口には出さないでおいた。それは人類の発展のために必要なことなんだ。

「見てごらん、トト。ここにあるコトバムシの死骸は、目が赤くなっているだろう」
「本当だ」

「これまでいろんな実験がなされてきたけど、コトバムシの色が変わるときは、体全体がその色になるんだ。赤ならすべて赤になるし、青ならすべて青になる。黒化の場合もしかりだよ」

「黒化はコトバムシにとって自然な現象なんだよね?」

「そうだけど、自然のものはこれまで記録にしかなかった話だからね。それがどんな状態なのか、実際を見た人はいない。でも、ラング地方で確認された黒化は、これと同じように目だけが赤くなっているものだった」

「じゃあ、やっぱりイーディ隊長が言ったように、誰かが操っているのかな」
「それはまだわからないよ。実験では、目の色まで黒くなっていた。こんなふうに目だけ赤くするなんて方法は知られていない」

「神の罰だったら、どうなんだろう。そのときは目だけ赤くなるんだろうか」
「それはまったくわからない。伝説にしかないことだから」
 ヤヤは難しい顔で首を横に振った。事態は思ったより複雑なようだ。

「それに、仮にこれが誰かのしわざだとしても、黒化によってコトバムシをコントロールできるわけじゃないんだ。黒化したコトバムシは、神話にもあるように、狂ったように暴走を始める。見境なく、手当たり次第にまわりのものに襲いかかるんだ。もしそれをコントロールできるようになれば、別だけど」

 そうなったら、すごい力だ。黒化したコトバムシに、家畜や作物は襲わせず、人間だけを襲わせれば、この国を滅ぼすことができる。

 いや、それよりも、コトバムシを自由自在にコントロールできれば、もっと恐ろしいことだって可能だ。

 例えば、青いコトバに赤く反応するようにしたら、どうだろう。すぐに人々のコトバは乱れるだろう。

 人を傷つけるようなコトバを使うことがいいことだと思われて、そういうコトバばかり使うようになる。そうなれば、放っておいても人々は勝手に争いを始めてくれる。

 この国を滅ぼすのに、武力はいらない。コトバをコントロールすればいい。そしてそれはコトバムシをコントロールすることで可能になる。

 まさにコトバを操ることは、人類を操ることなんだ。

「ねえ、ヤヤ。もし誰かが裏で糸を引いているとして、そのものは何が目的だろう。パロル地方の独立だろうか?」

「それとも、コトノハ国の転覆。それか、もっと恐ろしいことかも」
「と、言うと?」
「コトバムシの絶滅かも」

 コトバムシの絶滅。この世からコトバムシがいなくなる。ぼくは昨晩ヤヤと交わした会話を思い出した。
 はたしてそのときぼくらは、正しくコトバを使えるんだろうか。

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