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それゆけ李白マン~中国街歩き詩選~ 第13回 愛され食堂を後にして

(つづき)一方の春雨鍋はというと、牛肉、白菜、長葱、えのき、木耳(きくらげ)と具だくさんで、これまた体にやさしい一品である。苦手な香菜は取り除かせてもらったが、水餃子諸共(もろとも)、これもちょいちょい醤油を付けて美味しくいただいた(欲を言わば、ポン酢でも食べてみたかった)。栄養バランスが良くて、お手ごろサイズ。こんな素朴な鍋料理が、中国一人旅にはちょうどいい。砂鍋(シャーグオ)の美味しい店に出会うと、旅行中の食事がぐっと楽しくなる。以前、ずっと内陸の甘粛(かんしゅく)省天水市(言わずと知れた蜀漢の姜維将軍の出身地である)を訪れたときには、宿近くの砂鍋専門店が気に入ったため、立てつづけに昼夜通ったことがある。安パイの鍋をつつきながら、卵と西紅柿(トマト)の炒め物、蒸し鶏といった小皿料理をつまみ、常温の啤酒(ビール)を飲むというのが、ぼくは中国っぽくて好きだ。さてと、こうしてぼくは裏町の美味と出会い、調子よくパクついていたのだが、途半(みちなか)ばで早くも満腹感をおぼえ、まもなく箸が止まってしまった。メインの餃子を完食し、鍋の中の野菜をかきこんだところで、あえなく札止め。食べ残しに一礼し、箸を置いた。いや、ハズレも覚悟の個人旅行の食事にしては上首尾であった。これで夜まで腹はもつだろう。

(42)時刻は11時30分。平板電脳(タブレットパソコン)で地図を眺めながら一息ついていると、ジャージ姿の女子中学生グループがどやどやと入店してきた。やはり人気店のようである。席にはまだ余裕があったが、ぼくはどっこいしょと立ち上がるタイミングを得て、入れ替わりに店を出た。皿を片づけに来たおばちゃんにお礼を言いながら。学校帰りに立ち寄れる普通さがいいじゃないか。常州に再訪することがあれば、またここに来るだろう。そうそう、意外だったのが、この店ではデリバリーサービスも利用できるということだ。各テーブルには、それを示すステッカーが貼ってあった。アプリ名は、飢了麼(オーロマ、お腹がすいたかいの意味)という。「本店已(すで)ニ加盟セリ」とあり、二次元QRコードも印刷されている。あとで調べてみると、これは2009年にサービスを開始した業界古参である。今ではアリババの傘下で、2018年にはソフトバンク・グループからの投資を受けているという。巷のサービスもお客も、そして素朴な食堂もみな急ピッチで進化しているのかもしれない。

(43)腹ごしらえが済むといい塩梅に緊張がほぐれ、ようやく自分の体が中国になじんできたように感じる。店を出て進んでいくと、こちらは麻巷の出口付近に、おしゃれな中華系小皿料理のカフェテリアを発見。明るい内装の店内は大盛況である。店内を覗くと、ファストフード店風のカウンターには揚げパン、タルト、饅頭(マントウ)をはじめ、数えきれないほどの炒め料理がパッドに並んでいる。客がそれを注文して、一皿一皿トレーに載せていく。グリーンピースと海老、青菜(チンツァイ)、ジャガイモの千切りなど、どれも美味しそうだ。値段も3元から18元とお安く明朗会計。おやおや、小籠包(ショーロンポー)もあるじゃないか。こちらでも良かったなと思いつつ、品定めする客たちに気圧(けお)される。ぼくなど、注文にまごついて人様の邪魔になること必定である。餃子食堂を選んで正解だった。ついでに書いておくと、ここは内装もまた印象的であった。客席は金色のレトロなペンダントライトと、日本の居酒屋っぽいウッディーな間仕切りが目を引き、キッチン側の壁面はほぼ全部、グレーのタイルでカジュアルに統一されている。しかも店内の半分は、ライブスタジオのように天井が高く、もう半分が撮影のセットみたいに造作物が取りまわしてある。庶民的ながら清潔感があって、居心地は悪くなさそうだ。店名は常州銀絲面館。昼どきならではの活況にまぎれ、ぼくはますます愉快な気分に。そんな一時の寄り道だった。

李記鍋貼店のテーブル。存在感のある、デリバリーサービスの広告。
繁盛店に別れを告げ、ふたたび麻巷を東(左)へ歩く。
常州銀絲面館の店内。カウンターは大混雑。
健康志向なのか、野菜メインの小皿が割合に多め。

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