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それゆけ李白マン~中国街歩き詩選~ 第17回 お目当ての羽毛球会場へGO!

(51)いやはや、正午をゆうに回っている。急ごう。天寧寺の門前で運よく出租汽車(タクシー)をキャッチし、羽毛球(バドミントン)会場である常州体育館に向かう。初乗りは6元と、上海の14元(当時)と比べてかなり安い。クルマは北上して常州駅前へ、それから西進して関河中路(グワンホージョンルー)、さらに晋陵中路(ジンリンジョンルー)を北へ。整然とした街路を進むこと5分余、なだらかな卵型フォルムの巨大建造物が右手に現れた。鈍い銀色に覆われ、平和な青空に流線型の「稜線」がまぶしい。半身は豊かな植栽にその身を隠している。欧州のサッカースタジアムにありそうな、すぐれて未来的なデザインである。まるでドーナツ型の宇宙船があえなく不時着し、地中に埋没したようにも見える。まさかザハ氏設計ではなかろうが、どうもここ中国は、特殊な建築家に愛される実験場のようだ。常州奥林匹克体育中心(オリンピック・スポーツセンター)、何振梁題。横幅20メートルはあろうか。著名な書家らしき人の手になる巨大看板も見える。どうやら到着したようだ。そこは多目的競技場と体育館のほかに、游泳館(プール)、健身倶楽部(フィットネスクラブ)、そして体育専門病院を併置した公立複合施設である。クルマを降りて、さあ会場へと向かう。走行距離5.5公里(キロ)、運賃は11.5元(約180円)だった。

(52)体育館入口に到着すると、そこには意外な光景が広がっていた。観客にも大会関係者にも見えない、短髪の中年男たちの場違いな密集。彼らはあたりを見まわしながら、落ち着かないようすでうごめいている。その数30名ほど。中には「収售(ショウショウ)」と印刷した紙を堂々と掲げた者もいる。(チケット)買います、売ります。なるほど。そういうご職業の方々か。しかし、白のポロシャツに黒ズボンという出で立ちが多いのは、なにか内輪の取り決めにでもよるのだろうか。別に笑うところではないが、まるで近所のゴルフ好きおじさんが湧いて出てきたような、ある種の祝祭感というか、コントっぽさを醸し出している。じつにシュールなのだ。ただ、こう言っては語弊があるが、ひと昔前に日本の野球場などにたむろしていたダフ屋よりも、ずっとこざっぱりとした印象を受ける。そして、荒っぽい威圧感でなく、むしろ口八丁手八丁で「取り引きしてやる」といった了見が見え隠れする。とはいえ、当然彼らに用はない。かような場合、わずかでも興味を示せば一斉に群がって来られるに違いない。一見の遊子、危うきに近寄らずだ。すでに時間をロスしているし、早く羽毛球の試合が見たい。ぼくは、すみません、眼中にないです、というふうに澄まし顔で彼らのあいだを縫うように入場口へと向かった。調子に乗って、ここでも爆詠みしておこう。

  黄牛(ホンニウ)三十人
  需(もと)めに縁(よ)りて 箇(かく)の似(ごと)く多し
  知らず 大会期間内に
  如何ばかりの 口銭を得たる

  *原詩 白髪三千丈 縁愁似箇長 不知明鏡裏 何処得秋霜

同じく李白の「白髪三千丈」のパロディー。黄牛はダフ屋のこと。あるいは、彼らの圧がものすごかったので、悪ノリして三千人と誇張してもよろしい。これも今一度、原詩を味読されたし。さて、入口には門の役割をはたす、青と黄色のそれっぽいモニュメントが設置され、威克多(ビクター)中国羽毛球公開賽(オープン)、中国・常州とあった。それはいいのだが、幼顔の男女、チケットのもぎり役が二人、鉄柵に寄りかかり突っ立っているのがどうにも頼りない。ともにダボっとした私服姿だからなおさらだ。外のダフ屋たちの方が、よっぽど良い仕事をしそうである。ぼくが彼らの鼻先にチケットをかざすと、二人はまるで初めてそれを見るようなキラキラした瞳で覗き込み(しかも二人がかりで)、それから入口を指さして、行けという。こういう自然体なところが、いかにも中国らしい。でも、憎めない笑顔だった。

常州駅前を通過。朝は正面から見ていないので、巨大サイズに改めてビックリ!
オリンピックセンターに到着。目の前の施設は屋外競技場。
広大な敷地にはイベントホールも併設されている。
いよいよ試合会場の体育館へ。右の学生風の男女がもぎり。どう見てもユルい。

 秋浦歌・其十五 [唐]李白
白髪三千丈、愁ひに緣りて箇の似く長し。
知らず 明鏡の裏、何れの處にか 秋霜を得たる。

目加田誠『新釈漢文大系19 唐詩選』(明治書院,1964年)p.607-608

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