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それゆけ李白マン~中国街歩き詩選~ 第26回 グッバイ 常州!

(83)明けて土曜日の早朝である。常州駅の待合室は一つ。片隅にこぎれいなパン屋が営業中で、ぼくはそこでウインナーロールをもとめて食べた。レジ隣のショーケースには、美味しそうなジェラートも売られていた。朗姆(ラム)、抹茶、草苺(ストロベリー)、巧克力(チョコレート)、紅豆栗子(あずきマロン)、芒果(マンゴー)と6種類、カラフルな光彩を放っている。一カップ32元と値は張る。品名には英字名が添えられていて、抹茶冰淇淋(アイス)には、Green tea ではなく、Matcha ice creamとしてある。普通話(プートンホワ、標準中国語)読みならMocha となるところだが、ここは外来語の含みが利いている。中国人が愛飲する緑茶ともニュアンスが異なる、デザートの味覚としての日本風「抹茶味」の名が、ここ大陸でも浸透しているようである。ただ、朝っぱらから身体を冷やして、腹を壊したらいけない。上海に戻るならもまだしも、ぼくはこれから内陸に行くのだ。朝アイスは遠慮して、午前7時28分のD352号で荊州へと発った。そういえば改札は上海と異なり、きっぷ挿入方式だった(あれれ、昨日の謎ルールはいったい)。

(84)あと蛇足になるが、帰国後に高徳(ガオドー)地図を開いて気づいたことがある。ぼくが常州を発った9月21日土曜日、それは記念すべき当地の地下鉄1号線開業日だったのである。地図上では、常州北站・奥体中心・常州火車站・文化宮など見おぼえのある地名が、かつて存在しなかった赤いラインによってみごとに連結されていた。その運行距離は30余公里(キロ)にわたっている。これには驚いた。あわてて中国版維基百科(ウィキペディア)、百度(バイドゥー)百科で検索すると、まさにその事実が掲載されていたのである。地下鉄が営業開始した都市としては、中国で36番目だという。正味半日の街歩きにすぎないが、常州はぼくが赴くところ、どこもかしこも改造中であった。率直に言って、所かまわずという印象である。とくに常州体育館近くの新駅予定地では、高齢者集団による牧歌的な作業風景に出会ったから、よもや旅のさなかに開業を迎えるとは思わなかった。もう少し調べてみると、常州市地下鉄は7路線以上計画されている(執筆現在。2020年には2号線が営業開始)。一見の遊子には想像もおよばぬ大変化である。ここでは、本当にバラエティーに富んだ新風景が同時進行で誕生し、そのかわり地元の人々が見つめてきた平凡な景色がひそやかに消滅している。旅人は、新時代のピカピカな街路や便利な新交通網に慨嘆しては、そのかたわらに散在する旧時代の痕跡を目にすることになる。短時間の散歩で出会ったり、すれ違ったりする人民のみなさんの戸惑いと幸福感をちょっぴり想像しながら。思うに、その繰り返しが一歩ごと、一瞬ごと、中国の旅の醍醐味である。ぼくは自分勝手な旅のあわただしさの中で街のすがたを記憶に留め、土地の方たちは生活のあわただしさの中で日々変化を受け入れている。もちろん二つのあわただしさはまったく異質なものだ。しかし、止めようのない、そのあわただしさがあるからこそ、ぼくは彼らと同じ時間を生きている、同じ世界に共存しているという確かな実感を現地でおぼえることができるのだ(ぼくらが同じ教室、同じオフィス、または同じスレッドであわただしく過ごすうちに、周囲の者を仲間だと意識していくように)。各地の風物や時代の変化を認めながら、ほんのひととき、その「実感」に浸りたいがため、ぼくは中国を旅している。

おかずパンにケーキにジェラードと早朝から豊富な品ぞろえ
駅ナカ価格で1カップ32元(約500円=2019年9月)


下から2番目のD352次(成都東ゆき)で荊州へ

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