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それゆけ李白マン~中国街歩き詩選~ 第23回 続・B級旅行者のたくらみ

(70)ここまでくると話は早い。ぼくはさっそく適当な中国地図をプリントアウトして、上海・常州・荊州・武漢の四都市をプロット。蛍光ペンでコースをなぞり、配色をほどこした。眺めれば眺めるほど、良きアイデアに思えてきた。あとはエクセルで作った旅程シート(中身はブランク)に、移動・観光・宿泊・食事などのイベントをフリーハンドで書き込んでいき、ときに所要時間や訪問順を調整しながら、旅の大まかな流れを作っていった。参考にしたのは、日本と中国の観光案内書や古本、口コミサイト、ブログ、動画サイト、その他もろもろだ。最近ではやはり、地図アプリと谷歌地球(グーグルアース)が便利な街歩きガイドとして重宝しているが、新しい情報をキャッチするだけではつまらないので、ぼくは昔のガイドブックや雑本を拾い集め、参考にしたりもしている(この手の情報収集もまた楽しいのである)。こうして自作旅程を組み立て、鉄道とホテルを手配し、携行品をそろえて旅に備えた。そうそう、羽毛球(バドミントン)のチケットは、インターネットで中国国内の代行業者を見つけて入手した。ぼくが購入したのは二等票というグレードで、これは下から二番目のランク。価格は準々決勝までは380元だが、準決勝が580元、決勝が880元と高騰する。毎度経済的な旅を志向している身としては、わりと贅沢な出費だ。コートそばのアリーナ席にいたっては、なんと決勝2880元(約4万6千円)とかなり高額である。ここまでくると、いわば御大尽(おだいじん)向けの席といえる。ちなみに、注文時には入場者氏名と身分証番号がしっかり照会された──ぼくの場合は護照(パスポート)番号を提出──。

(71)というふうに、旅の素材選びから組み立て方までを簡単にご紹介した。これは別に『地球の歩き方』みたいなノリで、みなさんに中国行きを強くお勧めするものではない。むしろ本書の取説(トリセツ)として、ぼくの旅が誰にでも代替可能だという性質を端的にお示したいのである。僭越(せんえつ)ながら申し上げると、本稿の目論見はこうだ。

(72)ぼくは一人でも多くの方がもっと気軽に、実体と近接したシン中国のイメージを獲得ないし共有できるよう新しい補助線を描いてみたい、そんな思いでこの文章を書いている。テレビや新聞がスルーしがちな中国の取るに足らない風景を、ランダムに実況するという趣向によってだ。政治・経済・社会問題に偏りがちな中国情報のスキマを、みんなが等身大目線で埋めていき、(プロローグにも書いたように)その上で専門家・解説者の声に耳を傾ければ、となりの大地の輪郭や内実をより正しく捉えられるのではないだろうか。そう、マスに向けた、およそ最大公約数的な報道からは漏れてしまう路上の「端っこリアル」にも、もっと目を向けてみませんかというのがぼくの提案である。ここでは、便利な諸アイテムを手にした「ぼく」という旅行者が、ほぼ等速度で「冒険」を進行させ、「実況」していく。だから中国語学習者であろうとなかろうと、駐在(帯同)経験があろうとなかろうと、隅から隅までずずずいっと誰もがこれをなぞりながら、気軽にツッコミを入れられる設定なのだ。未体験者ならばなおのこと、本稿を通じ、疑似中国Walkerとして散策プレイを体験できるはず。ご自分の性格や経験値に応じて、現場の風景にもぼくの文章にもツッコミながら、サクサク読み進めていただければ幸いである。力まずに言うと、多忙な方々を横目に幾度となく中国徘徊の休日を過ごしてきたので、コロナ禍のさなか、ともかくこれを恭しくシェアしたいと思う次第である。このたくらみが成功するか否か、それはみなさんのご判断に委ねるとして、作者としてはそうしたコンセプトに沿うように、本稿内容の再現可能性についても積極的に言及しておこうと考えるのである。

(73)すでにお分かりのように、ぼくの旅は他人の使命を帯びた出張・取材ではない。本稿では、ある程度みんなが必然的に出会える景観や人波、そして現地の空気をなかば意識的に再現しており、その上で過去のぼくの体験や行きがかり上の思索を刺身のツマ程度に添えている。情報検索のアテだって、ほぼ誰でも入手可能なものばかりだ。よって、なんとなれば書いてあることが嘘かまことか、かんたんに検証可能なのである。ぼくは自分個人の特別な体験というよりも、n(エヌ)人の歩行者ないし旅行者の一つのサンプル、という体でこの文章を書いている。こうした見地から必然として、旅の企画から手配のあれこれを、食品の成分表示のようなものとして共有させていただいた。みなさんもぜひ、この街歩きにご自身を代入するような気持ちで、リアルな散歩を味わってみてほしい。

(74)さて、今日は羽毛球中国公開賽(オープン)の準々決勝。5種目20試合が行われている。これが二部構成で、12時開始の前半と19時開始の後半に分かれている(チケットも別々)。あらかじめドロー(トーナメントの組み合わせと試合予定)が発表されているとはいえ、2ゲーム先取で勝敗が決するまで次の試合が始まらないので、終了時刻はまったく読めない。コートも3面中2面しか使用しないため、試合間のインターバルを含めると観戦が深夜まで及ぶ可能性がある。ぼくの場合、見るものを見たら夜行でもいいから早く次の都市へ移動したいのだが、かような事情が初日の常州泊を決定づけた。今回、駅近の酒店(ホテル)を選んだのも、そんなせっかちな性分のためである。

(75)まあ趣旨としては、みなさんに空調の利いた快適な環境下で中国の街を疑似体験していただきたいというのが先決なので、「旅のレシピ」と「本稿のトリセツ」の話はこれまでにして、話を進めます。

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