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私のかなりズレていた、奇妙な幼少期

私の幼少期は、かなり変でした。それは、今思えば不思議で信じられないような感覚でもあります。


 私の幼少期は、常に自分だけの世界観の中で生きていました。それは、孤独ではなくごく普通な日常なのでした。
 私は、幼稚園や小学校の掃除の時間、習い事のときは、積極奇異型の特性もあいまって調子乗ってはしゃいでいました。他人の事より自分が楽しければ、それでよかったのです。平気で調子乗って周りを振り回し、またひんしゅくを買う事もありました。
  〇〇さんが死んだ夢を見たら、本人や周りがいる中で平気で、『〇〇が死んだの!』と、〇〇さんが明らかに不快に感じる事をストレートに話してしまいました。
 ▲▲が特徴的で気になっていた時、『あ、▲▲の女だ!』と、本人をを指差して声をはりあげて言ってしまいました。
 その他、周りの反応を無視し自由気ままに自分が好きな言動をとり続けてました。

 私は他人の気持ちは、全く分かりませんでした。そもそもその概念がなかったです。
 私は、他者視点の概念が全く分からなかったのです。他人のを物のように感じていました。私は、常に自分中心の世界観で生きていました。その為、私は、他人が生きてきた人生を全く分からずにいました。自分の人生観が全てなのでした。

 親や幼稚園、学校の先生は、そういう事を教えてはくれません。他者視点で物事を想像する事は、彼らにとって当たり前の事だからです。他の子供達も、大抵の事は分かっていた事でしょう。

 小学校中学年あたりからちょっとずつ分かってきてはいましたが、他者の概念がしっかり分かったのが高学年の時です。

 今では、周りがどう思うか考えながら言動はとれるようになりましたが、昔の私は明らかにおかしな感覚の持ち主なのでした。

ここまで読んでくれて、ありがとうございましたm(_ _)m


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