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アサガオの咲く朝に

・異常な日常

お父さんのクビが分かった瞬間から”いつも”が”いつも”じゃなくなった。

いつも寝ていたはずのベッドが、他人のベッドのように感じたし、柊との会話も一言一言が鮮明に脳内に書き出されて、気持ち悪かった。

今までの”いつも”の心地良い会話も違和感ばかりで、やけに頭に残った。

異常だ。いつもはなんとなく忘れるものだけど、なぜか忘れられなかった。

柊の寝息。お風呂の時間。夜中の外のコオロギの鳴き声。

異常に新鮮だった。

小学生の柊には事の重大さが分かっていないのだろう。彼だけには”いつも”が流れていた。

ベッドで横になりながら、晩御飯中のお父さんの言葉を反芻する。

「みんなに大事な話がある。ごめんな、お父さん会社をクビになった。明日から、また仕事を探すけど、大半の仕事が機械化されていて、そう簡単に見つかりそうにない。だから、しばらくは節約をしなきゃいけなくなる。本当にすまない。」

それを語っているときのお父さんはとても穏やかで、冷静だった。

いつも明るいお父さんからは考えられない雰囲気だった。

相反して、お母さんは、取り乱した様子で怒りなのか、悲しみなのか分からない表情と言動を繰り返していた。

いつも穏やかなお母さんからは考えられなかった。

柊は、と言えば、真面目な顔をして聞いていたが、状況を理解していなかったのか、話が終わるとすぐに元気にご飯を食べ始めた。

私は”いつも”が崩れていく音を聞きながら、黙って両親の会話を聞いていた。器用だ。二つの音を聞いていたのだ。

私には珍しいことに、黙っていたし、はっきりと記憶に刻み込まれていた。

日常の出来事を覚えることが、滅多にない私がここまで一言一句覚えているのは異常だ。

考えだしたら止まらなかった。何を考えたかって、ずっと同じシーンを頭の中で繰り返していただけだけど。

気づいたら朝だった。いつも通り朝日がカーテンからのぞかせる。

柊が「ねーちゃーん!起きてるー?」と居間から甲高い声で呼んでくる。

今日は顔を洗っていなかった。だけど、その呼び声に従えば”いつも”が帰ってきてくれるような気がして、顔も洗わず部屋から居間に向かってゆっくりと歩き、願いにも似た感情を抱きながら居間のドアを穏やかに開ける。

その願いは一瞬にして砕かれた。やはりそこに”いつも”は無かった。

椅子がすでに3席埋まっていた。お父さんは一緒にご飯を食べて、それからハローワークに行くようだ。

一緒にご飯を食べるのは晩御飯だけのはずだった、もしくは休日だけ。

平日の朝にお父さんとご飯を食べるなんて異常だった。

お父さんは私たちよりも先に家を出ていった。仕事を探しに行ったのだ。

柊はいつも通りの時間に家を出るための準備をしていた。

私も姉として、準備をしなければならない。私よりも出来のいい弟に迷惑はかけられない。

学校に行く準備はできた。時間だけはどうやらいつも通りのスピードで流れているみたいだった。

柊のいつも通りのタイミングで出発する。やはり、柊も”いつも”の中を生きているみたいだ。

私は柊の”いつも”に身を任せた。ドアはいつも通り開いてくれた。

通学路もいつも通りだ。アサガオも綺麗に咲いている。

この世界で異常なのは私だけなのかもしれない。

こんなことを考える私も異常だ。嫌いだ。

今朝は少し空気が冷たく感じた。

今日はとても気分が悪い。


今回はここまでです!

今回も最後まで読んでいただきありがとうございました!

ある程度の構成は自分の中にありますが書きたいことが増えてきているので少しずつ長くなるかもしれません(笑)

最後までお付き合いいただけると嬉しいです。

また次回も読んでいただけると嬉しいです!

ではまた!

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