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「並の先生なら管理職目指したほうがいい」と先輩女性教師に言われた話

 まだ私が20代の頃だった話だ。
 私はある教育団体で活動していた。
 その飲み会で、いっしょの席になった先輩の女性教師と話をしていた。
 その中で、管理職の話になった。
 将来、管理職を目指すか目指さないかみたいな内容だ。
 当時、私は退職まで一般教員としてずっと教壇に立つつもりでいた。
 教育団体には、管理職にはならず、教育実践を次々発表して周りの教員たちから尊敬と憧れを集めていた何人かの大物先生がいた。
 自分も、そんな感じでいこう、そしていつか、あんな大物先生たちみたいな教員になろう――そんなふうに考えていた。
 そもそも、教頭、校長といった学校管理職に、どうやってなるのか、そのなり方も知らなかった。
 私は多分、その先輩女性教師に、
「自分は管理職にならない。ずっと普通の先生としてやっていく」
みたいな話をしたんだと思う。
 すると、その先輩女性教師は、要旨次のような内容の話を私にした。
「あの大物先生たちみたいになれる人は、そうはいない」
「私(その女性教師のこと)の身の回りにいる、管理職になっていない男の先生は、みんなぱっとしていない感じの人ばかり」
「並の先生は、普通に管理職を目指したほうがいいと思う」
 そのときは、その先輩女性教師の話を聞いて
「そんなものかなあ」
と思ったが、今、考えると、
「そのとおりだ」
と思う。

 私が一般教員だった頃(今でもそうだろうが)、学校現場で力のある先生は、大体、教頭、校長というように管理職になっていった。
 それを見聞きするたびに、
「ああ、そうだろうな」
「なるほどな」
と納得していたものだ。
 普通に力のある先生ならば、管理職になっていくケースが多い。

 そもそも、まずどうやれば、一般教員から教頭へとなれるのか。
 私は具体的なことを知らなかったが、何となくは分かっていた。
 勤務校の校長が、当該の教員に管理職になるよう働きかけるのだろうと。
 だから、その学校にいる優秀な先生には、校長から声がかかる。
 管理職への登用の仕方は、自治体によって様々だ。
 試験を行う場合もあれば、面接の場合もある。
 推薦の場合もある。
 どのような方法であったとしても、校長から
「教頭試験を受けてみないか?」
「教頭に推薦しようと思うがどうだ?」
と打診があるのだ。
 打診された本人にも、いずれ管理職になろうという気があるのなら、それを受け、教頭、校長と、管理職を目指すわけである。

 だから、校長から見て、力量が無いと判断されたり、人間関係に難があると判断されたりすれば、声はかからない。
 校長から声がかかるには、最低限、校長と良好な人間関係が築けていることは必須だ。
 それが分かっているから、教員によっては、令和の今でも校長に対して媚びへつらうみたいな態度をとる人がいる。
 だが、そんなことしたって、その人の力量なり職場の人間関係に難ありと判断されれば、校長からの声はかからない。
 自治体によっては、学校管理職試験の要項は秘匿されている場合もあるし、広く一般教員に公開されている場合もある。
 公開されている自治体の場合、中には、校長から声はかからないけれど自分で申し込み書類を書いて校長に「教頭試験を受けます」と持ってくる者がいる。
 いや、もちろん、制度的にそれはOKなんだけど、校長から声がかからないということは、アナタはもうその時点で、教頭向きでないとジャッジされているということなんだよ。
 まあでも拒絶はできないから、校長は申込書類を受け取る。
 それだけで教頭試験を受けられるわけではない。
 高校受験や大学受験と同じように、教頭試験にも校長が作成する内申書みたいなものがある。
 どういった内容を書くかは、校長次第だ。
 だから、校長から声がかからない人が、教頭試験の申込書をいきなり校長に「受験します」と持ってきたって、その内申書に高評価が書かれる可能性は低い。
 この文章を読んでいる、学校管理職を目指している教員の方。
 校長から声がかかるのを待つのがいちばんだ。
 良い教育実践を積み上げ、周りの教員たちとも良好な人間関係を築き、子どもや保護者からも信頼を得るように毎日を過ごそう。
 教育実践のレベルが低く、周りの教員たちとの人間関係はギクシャクし、子どもや保護者から信頼を得られていないような人に、校長は
「管理職にならないか?」
と声はかけない。

 ただ、一方で、人間関係には相性があるのも事実だ。
 学校管理職を目指している教員が、どんなにすばらしい人でも、校長に見る目が無いとか、校長とその教員の相性が悪いとかいう場合はある。
 その場合は、その校長が異動して新しい校長が来るのを待ち、その校長と良好な人間関係を築くよう努力するか、あるいは自分から異動して、異動先の校長と良好な関係を築くようにするかだろう。
 いずれにしろ、良い教育実践を積み上げ、周りの教員たちとも良好な人間関係を築き、子どもや保護者からも信頼を得るようにしなければならないのは言うまでもない。

 教員の男女比は、小中学校で異なる。
 小学校は女性教員、中学校は男性教員のほうが、それぞれ多い。
 2021年の調査での小学校における男女比は3:5で、女性教員の数は男性教員の倍近くだ。
 これは、日本全国のものだから、学校によっては男性教員が過半数の小学校もあるし、女性教員が8割以上という小学校もある。
 私はどちらの学校にも勤務したことがあるが、前者の小学校は、なかなか子どもたちが大変であった。
 だから、教育委員会はその小学校に男性教員を多く配当しているのかなと思った。
 男女平等が言われる令和の世ではあるが、子どもの問題行動が多い学校では、女性の先生ばかりだとどうにもならない場面があるのは現実だ。
 残念ながら、問題行動の大きい子どもは、見た目で相手を判断するところがある。
 体の大きい男性教員に対してはおとなしく言うことを聞くが、小柄で優しい女性教員に対してはなめてかかってくるという事実が確かにある。
 そうなると、もう指導のスタート地点からして違ってしまう。
 同じ力量の教員だったとしても、体の大きい男性教員には大きなアドバンテージがあり、小柄な女性教員はマイナスからのスタートだ。

 さて、小学校の現場を見ると、私が20代の頃、先輩女性教師に言われたことは、あながち嘘でもなかったなと思う。
 小学校では、男性教員は少数派だ。
 その少数派の男性教員のうち、優秀な先生は教頭、校長へとなっていく。
 そうすると残った男性教員は……というわけだ。

 もちろん、優秀な教員の中には、校長から教頭登用の話があっても、それを断り、生涯一教員として勤め上げる人もいる。
 まあ実はそれも2種類あって、現場で子どもたちとやっていきたいという積極的理由で教頭登用を断る人と、管理職としての自信が無いからやりたくないという消極的理由で教頭登用を断る人とあるのだが。

 さて、「残った男性教員」の話に戻るが、私が見た限りにおいては、優秀だがあえて一般教員として現場に残っている――という人は、私が若い頃から現在に至るまで数えるほどしかいなかった。
 あとは、

・子どもに威圧的な指導
・保護者から信頼を得られていない
・職員同士の人間関係に問題あり
・校長にやたら逆らう

こういった男性教員ばかりで、管理職になっていないのが納得の人たちばかりであった。
 かつての私の先輩女性教師も、こんな事実を周りで見ていたのだろう。

 私は幸いにして、一般教員時代、校長から声をかけられ、こうして学校管理職になることができた。
 教頭、校長時代は、正直つらいことも少なくなかったが、世の中には、なりたくても教頭、校長になれなかった人たちが大勢いるのだ。
 学校管理職であることに文句言うならその立場を譲ってくれと、その人たちは言いたいだろう。
 だから私は、その人たちの分まで、学校管理職としての仕事を一生懸命やり遂げなければならないと思っている。

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