P#8 それは何の痛みなのか

ここの森は、特に夏の緑が美しい。どこを切り取っても絵になるぐらいだ。

春も花々が色とりどりに咲き乱れとても美しいが、木々の緑が主役になる夏はまた格別だ。気温も20度前後で過ごしやすい。

春に息吹を吹きこまれた森は、まるで森自身が一番夏を謳歌しているかのようだ。なんだか誇らしげで堂々としている。

今年もまたそんな夏がやってきた。

リエベンにとって昨年の夏との一番の違いは、パムという小さな『友達』ができたことだ。

三姉妹の末娘パムは、言わずもがな屋敷の主人の一番のお気に入りだ。上の二人はパムと歳が離れていて、長女にいたってはそろそろ結婚をという年頃である。

パムはリエベンと初めて遊んだあの日から、天気がいい日は必ず彼と遊びたがった。

その日はこの地方にしては珍しく、強い陽射しが地面をじりじりと照りつける一日だった。

朝から、主人は遠方に出かける準備をしている。そのことを知らせようと、主人がパムの部屋に入ると、パムは窓際で外を眺めていた。

「お父様。今日もわたし、ピアノのレッスンを頑張ったわ。だから、またお外でリエベンと遊んでもいい?お願い!」

主人に気づくなりパムは開口一番そう言った。

主人は、厩舎の少年にも仕事はあるからと一瞬ためらったが、すぐにあの時の嬉しそうなパムの笑顔が浮かんだ。

「わかったわかった、パム。父さんはこれから三日間、遠くでお仕事をしてくるから、その間お利口にしておるんだぞ。リエベンにも仕事があるのだから、お母様とアルベルトに訊いてからにするように。」

パムはお気に入りの空色のドレスをひらひらさせながら、おどけた顔でくるりと回った。それからお行儀よくドレスの裾を持って頭を下げ、主人に礼をした。

そうと決まったらパムの行動は早い。主人の準備が整う前にはすでに、パムはアルベルトを通してリエベンに芝庭に来るようにと呼び出していた。

アルベルトからパムへの同行を命じられた使用人のハンナは、陽射しをどうにかよけたくて日陰を探しては芝庭までしぶしぶついていった。

風は乾いていて気持ちがいいが、その陽射しはボール遊びどころではないくらいだ。それでもパムは、ボールを投げてはひゃっひゃっと笑っている。

しかし陽射しは思いのほか体力を奪う。屋敷に戻ろうとリエベンがパムを促そうと思った矢先だ。

パムがボールを蹴ろうとしたその時、その足が誤ってボールの上に乗っかった。パムは片足をボールの上で滑らせるようにしてバランスを崩し、ドンっと芝の上に転倒した。

一瞬、沈黙が三人を包んだが、その沈黙はすぐにパムの大きな泣き声でかき消された。

すぐさま、ハンナとリエベンがパムに駆け寄る。

パムは痛いから泣いているのか、転倒したときの驚きで泣いているのか、自分でもよくわからなくなっているようだ。まるで蜂の巣をつついたような騒ぎようである。

パムのそんな様子を見て取り乱すハンナの隣で、リエベンだけは冷静だった。

リエベンはパムの右足を軽くゆっくり動かす。パムは肩をひくひくと動かしながら自分の足に神経を集中させていた。リエベンが足を回す力を少しずつ強めていくと、パムはある時点で「痛い!」と叫んだ。

リエベンは屋敷に来る前のことを思い出していた。

腕を骨折したときに、父親がこうして患部を診てくれたのだ。リエベンはその時の感覚をたよりに、パムの様子をうかがっていたのだ。自分が骨折したときは、父親が腕に触れただけで大騒ぎだったし、見る間に腕は腫れていったな、と冷静だった。パムの様子からして、骨は折れてはいないという確信があった。

涙と汗とで頬についた髪の毛は、まるで必死にパムを守っているかのようだった。

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