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“ひとりてらり”へ至る道 05 (Ep.-2)

 全6回の連載(転載)記事、第5回。
 第1回第2回第3回第4回


まずはそのふざけた幻想をブチ壊す!

 大量生産されるプラスチック製品には「温かみ」がない。
 
 よく言われることですね。金型にプラスチックを流し込んでガッシャンすれば同じモノがいくらでも出来上がる。おもしろみもへったくれもない量産品。こんなものばかりに取り囲まれていたら人間の心は荒む一方だ。価格が安いから仕方なく使っているけれども、できることなら職人が手ずから作った一品モノの方がいい――――
 
 もしもあなたがこんなフザけたことを考えているようなら、今回はそのくだらない思い込みを完膚なきまで破壊いたしますのでお覚悟ください。
 

量産品は“劣っている”のか

 まずは基礎的なことから解説していきましょう。
 
 すんげえシンプルな箱、あるいは籠のようなものを想像してみてください。大きさや用途は何だって構わないんですが、ここでは仮に洗濯籠(ランドリーバスケット)としてみましょうか。お風呂に入る前、一日着たままだった服や下着を脱いでポイッと放り込むアレです。
 経済的に余裕のあるご家庭、あるいはオーガニックとか天然素材にこだわるご家庭だと、洗濯籠は竹や藤で編み上げて作られたものを使用してるはずです。一方、特にこだわりがなかったり経済的に余裕のない世帯だと、だいたいプラスチックの一体成形で作られた安物なんじゃないですかね。
 
 我々は普段、天然素材のほうが高価かつ上等で、プラスチックの量産品は安価かつ下等であると思い込んでおります。
 ぶっちゃけ、金型屋さんで働く前までの永元もそうでした。
 だってしょうがないじゃんね。前者は職人が時間をかけて手仕事で作ってるから5000円とか6000円くらい平気でするもの。売ってる場所も無印良品のオサレな陳列棚とかですわ。後者はそこらのホームセンターで無造作に山積みされて数百円くらいで投げ売りです。
 
 どうしてこんなに安いのか。
 簡単に作れるから。性能的に劣るから。
 だいたいそう思ってるでしょ?
 
 大きな間違いだ。
 
 プラスチック製の洗濯籠をもう一度よく想像してみましょう。下辺から上辺へ向けて広くなっていく台形で、持ち運びしやすいように取っ手の部分に穴が空いていて、側面には通気性を確保するためのスリットがたくさんある。モノによっては籐籠を模した彫刻が施されているかもしれません。
 
 これの金型、どうやって作るのか、想像できます?
 
 大半の人は、二つにパカッと分かれる金属の塊の内側に機械で彫刻した模様があって、アツアツに熱したドロドロのプラスチックを流し込めばすぐできると思ってるんじゃないでしょうか。

 まァ確かに、基本的な構造はその通りなんですけどね。

 そうだな、まずは洗濯籠にくまなく粘土をおしつけてみましょうか。そして粘土が乾くまで待ちましょう。この粘土がだいたい金型と同じモノであるとして、さて、中に封じ込められた洗濯籠を文字通り一瞬で取り出すには、粘土をどうバラせばいいでしょうか? なお、バラして洗濯籠を取り出した後、粘土は一瞬で元通り組み上がらなければいけませんので、あしからず。
 
 「無茶言うんじゃねえそんなのできるわけあるか!」
 
 と大抵の人は言うはずです。穴という穴、取っ手やら通気用のスリットやらにくまなく粘土が入り込んでこびりついてますからね。一発でスポーンと外れるわけがない。
 
 でも、それを可能としなければ、金型による大量生産はできません。
 取っ手にしろスリットにしろあんなもんいちいち彫ってるわけないということくらいは誰でも想像つくはずです。んなことしてたら籐や竹で編んだヤツ以上のコストかかっちゃうもんな! つまり金型でガシャコンした時点で必要な穴が全部空いてなきゃいかんのだ。
 
 なんかすっげえ高度な技術が必要そうな気がする……と気付いたあなたはとってもえらい。少なくとも「簡単にできる」ものはでないと、もう察しがついたはずです。
 
 もっと言うと、金型に流し込むモノがプラスチックだというのも、けっこう厄介な話なんですよ。
 プラスチックは熱するとドロドロの液状になり、冷えると固まります。で、冷えるときに収縮してちょっぴり小さくなるのね。このくらいは中学レベルの理科で習うから誰でも知ってるはずですが、さて、洗濯籠をネガポジ反転させた形が金型の内側に彫刻されててそこにプラスチックを流し込んだとして、出来上がった籠をいつ取り出せばいいのか?
 ドロドロの状態で金型は開けないし、冷えるまで待ってたら収縮して金型の中で割れちゃう。てことはその中間点、ドロドロでもなければ冷え固まってもいない、適度にあったかくて形を意地できる程度の柔らかさで取り出すことになるわけだ。
 
 この「成形した製品を取り出す」という機能も金型の役割です。
 二つに分かれた金属の塊の内側に洗濯籠をネガポジ反転させた形が彫ってあって、それをピタリと隙間無く密着させ、その内側にプラスチックを流す込むだけで望んだ通りの形が見事に出来上がって、かつ、金型をガシャコンと開けば出来たてホヤホヤの洗濯籠がほぼ自動的に取り出せるしくみが内包されていなければならないワケ。
 
 「いやいやいやいやそんなのどうやってやるんだよ?!」
 
 と思ったあなたのために、喩え話をします。
 自動小銃とかピストルとかを想像してみてくださいな。トリガーを引いたら弾丸を発射して、内部でなんだかよくわかんないフクザツな動きをして弾倉から勝手に次の弾薬が運ばれてきて、あっという間に次弾装填、発射準備完了。なんなら弾切れまで連続でババババババって撃ちまくれたりするアレ。
 銃の中には、モーターもバッテリーも仕込まれていません。なのに内部的にはめちゃくちゃ複雑な動きをします。細かく説明するとこれだけで本が一冊書けちゃうからめいっぱい端折りますが、銃弾を発射する時に生じる反動やガス圧などのエネルギーを利用して、テコの原理とかバネとかを駆使してうまいこと複雑な仕事をさせてるんですよ。
 金型もこれと一緒です。金型を開いたり閉じたりする力をうまいこと利用してあちこち動くようになってて、それがなんだかイイ感じに連動すると、できたてホヤホヤの成形品を自動的に排出してくれるというわけ。
 
 ここまでくれば、金型が高度な代物だということに疑いを持つ人はさすがにいないでしょう。
 単に金属を削って形を作っただけじゃないことも呑み込めたはず。
 
 しかしまだ甘い。
 そもそも洗濯籠なんて、プラスチック射出成形の中ではシンプルかつクッソ簡単なほうなのだ!
 
 そこらへんに転がってる家電製品をよく見てみてください。たとえばPCのモニターベゼル。食器乾燥機。冷蔵庫の扉。空気清浄機。自動車のダッシュボードなんかもぜんぶプラスチック製品でしょ。あなたがガンダムオタクだったらガンプラを想像するのが一番手っ取り早いかしらん。みんな色とりどりのパーツが組み合わさって出来上がってますよね?
 さっきも言った通り、プラスチックは冷え切っちゃうとけっこう縮んでしまうんですけど、その収縮率は一定じゃないんですよ。白いプラスチックと黒いプラスチックを同じ金型で成形しても、出来上がったものは同じ寸法になりません。強度だの耐熱性だのを確保するためにガラス繊維や添加物だの混ぜ込んだ素材だともっと収縮率は違ってくる。最終的に出来上がる製品には±1mmの誤差も許されないから、金型は流し込む素材の収縮率を計算にいれてちょっぴり大きめになってなきゃいけない。
 
 そう、最終的に出来上がる製品には±1mmの誤差も許されない。
 てことは、金型を作る時だって±1mmの誤差も許されない。
 
 そんな精度で作られたものが、ただ開け閉めするだけであちらこちらがガッシャンガッシャン連動して意図した通りの製品を吐き出してくれる。
 すなわち、金型とは文字通りの“精密機械”なのです。
 
 しかも。
 
 金型は簡単に壊れてもらっちゃ困ります。アホみたいに丈夫であることが要求されるのです。なんせひとつの金型のお値段は数百万とか、ヘタすると一千万円以上しますんでね。数百回とか数千回とか、そのくらいの使用に耐えられないとモトが取れませんから。
 とはいえ金型の中に流し込んでるのはアツアツのプラスチック。お水やお湯じゃないんですぜ。何百回も何千回も流し込んでガシャコンガシャコンやって成形品を取り出してりゃ鉄だってすり減ります。故障だって起こしますわな。そうなったらバラしてメンテしなきゃいけない。壊れたところだけ取り外して交換できるようにしないといかん。作って納品したらそれで終わり、ってことにはならんのです。
 
 まあ、中国の金型職人はメンテなんて度外視して適当に作ってるみたいだけどな! 壊れた金型の面倒は誰が見てるかって国内の工場だよ!! だったら最初から国内に発注しろやコスト下げて目先の儲けばっか追いかけやがって巡り巡って自分の首絞めてんだぞオイ聞いてんのか国内メーカー各社!!!!
 

落ち着いて一度話を戻そう

 籐や竹で編んだ洗濯籠と、プラスチック製の洗濯籠。
 どっちのほうが「簡単に作れる」のか。
 そもそも洗濯籠の用途として「性能が優れている」のはどちらか。
 
 めっちゃアタマのいい人が知恵を絞って設計し、腕利きの技師とベテランの職人が寄ってたかって丹精込めて作り上げた精密機械。それが金型。
 そこにプラを流し込んで成形する工程こそ一瞬ですけど、プラ製品はそもそも金型がなきゃ作れないんだから、プラ製品の工程には金型の製造工程が含まれていると考えるべきでしょう。そして金型は前述の通り、作るのがめっちゃたいへん。数週間から数ヶ月の製作期間をどうしても必要とします。
 そうして丹精込めて作り上げられた金型が生み出すプラ製品は、水に濡れても腐らないし、うっかり蹴っ飛ばしても簡単に壊れたりしない――――
 
 はい、永元が何を言わんとしているか、もうおわかりですね?
 
 プラスチック製品が安いのは、簡単に作れるからでも性能が劣っているからでもない。めちゃくちゃ大量に作るから結果的に安くなっているだけなのです。
 でも、大量に作るってことは、金型を酷使するということと同義。精密機械を長時間フル稼働させるんですからあちこちガタも出てきます。それをメンテしたり修理したりすることも事前に考えてなくちゃいけない。
 天然素材で作ったモノと違って、その一品を作れば終わりじゃない。
 
 別に、籐や竹で編んだ籠はダメだと言ってるんじゃないですよ。
 世間にはプラスチック製品が溢れすぎてて、実はものすごい代物なのだということにみんな気づきにくいだけなの。そこに思い至って欲しいのです。
 
 籐籠を指して「職人が手間暇かけて作ったから凄い」っていうなら、プラ製品も同等以上の手間暇がかかってる。そもそも金型を作ってるのは生身の人間で、特に最終工程の仕上げとか磨きは今も厳然として人間の手仕事で行われています。±1mmの誤差が許されない手仕事だよ。何を隠そう永元もそれを担当してたんだから。
 
 簡単に大量生産された製品には温かみがない?
 寝言は寝て言えコノヤロウ。
 人間が作ったものは、例外なく、知恵と努力と汗の結晶なのだ!!!!!
 

金型は“個性”のカタマリだ

 何度も言いますが、金型ってのは精密機械なのです。一見クッソ簡単そうな形の洗濯籠ですら、これを射出成形するための金型はかなり複雑な仕組みで出来上がっています。
 
 てことは。
 
 同じ製品を得るために作られた金型でも、設計者や関わった技師や職人によって全く違う個性を持つようになってしまうのです。
 
 万一のときにメンテできるようにするとして、ではその仕組みをどうするか。小さなコマを組み合わせて型を作れば壊れたところだけピンポイントで交換できるけど、そうなると構造的に脆くなる。数百ショット数千ショットと打つのなら、でっかい金属の塊でドーンと作った方が丈夫でいい。でもそうなると加工の時も大変です。ちょこっと移動させるだけでクレーンが必要になってきますからね。
 
 何を重視するか、どう形にしていくか。
 それは設計者によって当然のごとく違ってきます。
 
 で、ひとたび設計が決まったあとも、加工を任された職人ごとに差が出てきます。「設計データを放り込めば機械が勝手に削ってくれるんじゃないの?」とお思いかもしれませんし実際一部の工程はそうなんですけど、その機械を扱う人によって仕上がりがぜんぜん違うのです。ドリルやエンドミルの回転数設定、欲しい形状を削り出すために部材の上を何往復させるか、もっというなら機械の清掃を真面目にやってるかどうかなんてレベルでも差が生まれます。いやほんとよマジでマジで。
 ましてや、人間が手で直に操作しながら作業するフライス盤だのボール盤だのは個人差が出まくり。初心者なんてただ穴ひとつ空けることすら満足にできません。操作としては単にレバーを上げ下げするだけにもかかわらず、熟練工なら数百の穴を空けるドリルを初心者はたったの一回でポッキリ折ってしまうこともある。ましてや複雑な三次曲面なんて言及するまでもありませんわな。
 
 そうした「差」を積み重ねて完成するのが金型ですから、個性としか呼びようのない何かが宿るのはむしろ自然なこと。
 言うならば、自動車やバイクですよ。
 興味のない人にとっては走ってくれりゃ何でもいいんでしょうけど、設計思想とか技術力とか製造の品質とかでどうしようもなく差が出てきますよね。俺はトヨタが一番いいとか、いや一番はスバルだろとか、バイクはやっぱカワサキだろとか、そんな風にこだわる人いっぱいいるじゃないですか。
 金型も、それと大差ない場所にある工業製品なんです。
 実際、永元に基礎を教えてくれた「先生」はホンダの出身で、創業者の本田宗一郎がまだ社長だったころに在籍してたそうで。ヨソじゃ聞いたことない武勇伝を色々と聞かせていただきました。
 
 そのくらい個性のある金型から生まれるんだから、プラスチック製品も当然ながら個性の塊です。
 パッと見では同じようなレターケースでも、まともな店で売ってる数千円するやつと100円ショップで取り扱ってるやつは明確に違います。個体差が少ないのは高いレベルで品質を均一に保つよう努力した結果にすぎず、洗練されて手仕事のアラが見えにくくなっているだけなんです。
 
 そもそも「作品」と「製品」の差ってどこにあるんだよ、と。
 どっちも人間が知恵を絞って努力を重ねて作り上げるものに違いはない。突き詰めれば等価にならざるを得ないんですよ。工業製品の最たるものである自動車だってそこに美を見出す人がいて、時にはアートにもなりうる。だったら金型だって、プラ製の洗濯籠だって、同じような扱いをする人がいてもいいんです。
 いやま、現実問題としてそんな変人いないでしょうけど……いや、世界は広いからひょっとするといるかもしれないな?!
 
 だからね。
 
 プラスチック製品を指して「おもしろみもへったくれもない量産品」なんてアホが言う台詞なんですよ。私はモノを見る目がない無知で愚かなミジンコですと自ら告白してるようなもの。
 ぶっちゃけ永元自身も2019年3月以前はミジンコでしたけどね!
 

そろそろ今回はシメとこう

 金型とプラ製品についてざっくり説明していただけで、こんなにも長くなってしまいました。永元が本当にお伝えしたかったことは次回また改めて語るとしましょう。

 というわけで、さらに続く!


2020/04/02

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