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“ひとりてらり”へ至る道 04 (Ep.-3)

 全6回の連載(転載)記事、第4回。
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Why Factory Work?

 2019年3月から2020年3月までの一年間、永元がプラスチック射出成形に用いる金型の製造会社で働いていたことはすでに述べた通り。
 40年以上にわたって存続してきた会社で、首都圏でもわりと規模が大きいほう、どの部署にも腕一本で食っていける技師や職人しかいない、とも言いました。
 
 勘のいい人は、たぶん気付いていたんじゃないかしら。
 
「そんなの専門職以外お断りな職場なんじゃないの? なんで永元みたいな元文筆業のド素人(しかも40代半ば!)が採用されたんだ?」
 
 今回は、そのあたりの説明をしつつ、忘備録的な意味合いを持たせながら、金型工場での思い出について書き記していきたいと思います。
 

まずは大前提

 金型工場って、製造業の中でもかなり高度な部類に入るんですよ。
 設計・ワイヤーカット・マシニング・放電・NCフライス・手仕事による磨き仕上げ。他にも薬品を用いたシボ加工やレーザーによる刻印なんかもありますが、とにかく金属加工に用いられる技術ほぼすべてを駆使しないと金型は組み上がりません。
 
 喩えるなら、原画・CG・効果音・音楽・プログラム・シナリオ・声優さんの演技すべてが集まってはじめて出来上がるゲームみたいなものですな。
 「ゲームは総合芸術だ」という表現をする人、けっこういらっしゃると思いますが、だとしたら金型だって充分すぎるくらい総合芸術なんですよ。いやほんとに。まじでまじで。
 
 故に、それぞれのセクションを担当するのは一定以上の腕を持つプロフェッショナルでなきゃいけません。どこかのクオリティが低いと全体の足を引っ張って完成品の質を下げてしまうのです。
 キャラデはいいけどシナリオがダメすぎる=クソゲー。
 製品表面はキレイだけど加工精度が悪くてバリが出る=ダメな金型。
 まあつまり、そういうこと。なるべくなら新卒なんて採りたくない、即戦力の経験者が欲しい。うむ、そこのところはまったく同じなのだ。
 
 かつて、まったくのド素人だった二十代半ばの永元が某老舗エロゲ会社に採用してもらえたのは、21世紀の到来を間近に控えた90年代末期という背景あればこそでした。
 エロゲという媒体自体が上り調子で、市場が拡大していたおかげ。
 大ブームを巻き起こして後のオタク産業のありかたそのものを変えてしまったLeaf(アクアプラス)やKeyをはじめ、現在マギレコや刀剣乱舞を開発運営するニトロプラスは永元のエロゲ業界デビューとほぼ同じ時期に発足した会社です。後にFateシリーズで押しも押されもしない地位を築くタイプムーンもエロデジタルノベル専門メーカーっていうか同人サークルだったし、涼宮ハルヒの憂鬱で一躍売れっ子イラストレーターになるいとうのいぢさんも当時は小さなエロゲメーカーの原画家にすぎませんでした……とか言うとだいたい今の若いオタクのみなさんは驚かれます。そのくらいエロゲに勢いのあった時代があったんですよ。
 とにかく人が欲しい。シナリオライターが圧倒的に足りてない。文章力があって物語の書けるヤツなら未経験でも構わない。心構えだの技術だのは今で言うところのOn The Jobで叩き込めばいい。そういう時代の流れがまずあって、たまたま条件に合致していたのが、四国生まれでモノカキ志望の田舎者・若かりし頃の永元千尋だったのです。
 
 じゃあ、金型業界も同じ? 素人を欲しがるほど市場が拡大してた?
 んなわきゃーない。むしろ真逆です。市場的には縮小の一途。ベテランは辞めていくし若手も来ない。慢性的に人手不足。
 
 なにせ、キツい・汚い・危険の3Kをを地でいく職場ですからね。
 厳密には「キツい」ということはなくなってるんですが(中国に仕事取られて発注そのものが減ってるので)汚いのと危険なのはどうにもなりません。機械油やらサビやらスラッジやらパーツ洗浄用の汚い灯油やらで作業着はいつもドロドロ、エッジの立った鉄塊や切り子(加工時に発生する金属製の小片)で手や指を切るなんてこともしょちゅう。加工する対象の金属も数十キロの重さがあるのが当たり前で、組み上げた金型の総重量は数百キロ、ヘタをすると1トンを軽く超えてきます。こんなもの人力じゃ運べないからクレーンで吊り上げるんですが、1トンの鋼鉄が数センチ動いた場合の運動エネルギーって想像できます? もし頭蓋骨に直撃したら陥没確実ってレベルですよ。
 
 だから、仕事中に迂闊なことをやると、簡単に骨を折ったり手足を潰したりするわけ。何度も繰り返して恐縮なんですけど、下手すりゃホントに死んじゃう職場なのです。
 
 まあ、慣れれば大丈夫なんですけどね。命が危険にさらされるような場所に立たなきゃいいんだもん。機械も使う人間が指示した通りにしか動かない。ちょっと頭のいいヤツなら「ドリルもグラインダーも一定方向にしか回転してないんだから、加工中の金属パーツが万一すっとんだとしても飛んでいく方向は常に同じはず」ってな感じでピンとくるんです。
 そして実際の職場には、その「万一」すら起こさないように長年かけて工夫された防御装置があり、安全のためのノウハウが蓄積されている。労災が必要な事故なんて滅多に起きません。
 永元がお勤めしてた一年間に限って言えば、社員総数25名のうち半年ほど会社に来られなかった人が若干1名いた程度かな。それを多いと感じるか、少ないなと感じるかは、みなさんの感覚次第。
 
 でも、これだけは言っておきたい。
 
 会社の中核は、みんな60代かその間際の人ばかりなんですよ。
 
少なくとも、定年まで現場にいて勤め上げられる仕事なんです。
 入社直後の永元に基礎的なノウハウを教えてくれた「先生」はすでに定年を迎えていて、身分としては嘱託社員。やってる仕事は同じなのに正社員の頃と今じゃ給料ダンチなんだよな~っつっていつもグチってました。後に仕上げ・磨き工程を任されるようになって師事した「親方」なんてなんと御年72歳。永元を面接・採用して何かと気にかけてくれた「副社長」も親方とだいたい同年代だったはず。
 
 一方のゲーム業界、60歳とか70歳まで現役でいられる人はまずいません。
 役員や管理職になればまあギリいけるかもだけど、現場じゃまず使い物になりませんわな。心の病やら過労やらで脱落あるいは自死するクリエイターと、労災モノの大怪我で現場を退いたり命を落としたりする技師や職人、どっちの方が多いかといえば断然前者なんじゃないかしら。
 
 考えれば考えるほどゲーム業界の労務環境悪すぎ。この世の地獄か。
 

ここは“工場”というより“スタジオ”だ

 コアメンバーは高齢化する一方で、若いヤツらもなかなか入ってこない。だから永元みたいな40代半ば未経験でも採用された。つまりそういうわけなんです。
 副社長は当初、永元のことをゆとり世代だと勘違いしてらっしゃったので、もしかしたらもうちょい若いのを入れたつもりだったのかもしれませんが……だとしても俺のせいちゃうよ。履歴書に嘘なんて書いてないもんね。
 
 とにもかくにも、無事に入社いたしまして。その時たまたまヒマだったベテランの方が先生役となって指導してくださることに。
 で、この先生いわく 「大丈夫だよちゃんと教えるから、未経験で入ったヤツもけっこういるし」 ということで、入社直後の永元は胸を撫で下ろしていたのですが……。
 
 先にも言ったとおり、金型製造は総合芸術のようなもの。
 一定以上の腕を持つプロフェッショナルでなきゃ社内に居場所はない。
 人間の能力や資質なんて一定じゃないんだから、親切丁寧に教えたところでモノにならない場合もある。その時はどうなる?
 
 次から次に新人がくるけど、次から次に辞めていく……基本的にはそういう職場なんです。
 永元の記憶にある限りでも、ひとりはクビを切られ、ひとりはひと月も保たずに辞めていきました。あと、入社直後にはいたはずなんだけど全員の顔と名前が一致するようになった頃には見かけなくなってた、という人も。
 
 そう、未経験でも大丈夫と言った先生の言葉には、続きがあったのです。
 
「教えるには教えるけど、適性のないやつはどーやったってダメなのよ。鉄削って火花が飛ぶのを見ただけで腰を抜かして“ボクには無理!”って辞めたやつもいた。だから、コイツ向いてないなと思ったらちゃんと言うから」
 
 でも、仕事そのものは神経質にならなくても大丈夫、とも。
 致命的なミスさえしなきゃベテランがフォローするから、と。
 
「それより、人間関係だけは気をつけて。会社の稼ぎにどれだけ貢献してるかによって、社員の中に見えない序列があるから。NCフライスの熟練工3人は稼ぎ頭だから絶対逆らっちゃダメ。他の人には真似できない職人技持ってる仕上げの親方もそう。基本、新人は人権がないと思ってて。社員全員にイジられてコキ使われるからね」
 
 これを聞いた永元は思いました。
 
 ゲーム会社じゃねえか。
 
 そういえば、自分より半年早く入社していて後にクビを切られた先輩格が言っていました。ここは工場と言いながら工場じゃない、雰囲気があまりに独特すぎる、違和感がありすぎて馴染める気がしない、と。
 
 確かに彼の言う通りなんです。永元もおよそ二十年前、ガラケーの全盛期に携帯電話工場で働いていたことがあるんですが、日本人なら名前を知らない人はまずいない大メーカーなんで基準として考えても差し支えないでしょう。とすると、基本的に製造業の工場って「誰がやっても大差のない作業」をやらされるものなんですよ。社員の序列なんて管理職かベテランかくらいで、売上に対する個々の貢献度もほぼ横一線。少なくともダンチってほどには差が生じない。それが工場勤務というお仕事のスタンダード。だから人によっては時給とか日給で雇用契約してるんだもん。
 
 でも、この金型工場の仕事はそういう「普通の工場」のイメージとはまるで違う。ほとんどゲーム会社と同じ。強いて言うなら工房。横文字で言ったらスタジオか。
 
 最終的には専門職にならなきゃいけないから、適性がないやつはどうやってもモノにならない。時には切り捨ててやることも優しさのうち。仮に戦力になるまで無事に育ったとしても、能力と技術と職種によってどうしようもなく格差が生まれ、会社に対する貢献度も段違いになるから、稼ぎ頭には原則として文句がつけられない。
 ほんとにゲーム会社そのものですよ。なーんにも変わりません。そっちの放電技師長はCGチーフ、あっちの設計担当がディレクター、ゴッドハンド扱いでみんなから尊敬されてる仕上げの親方やフライス職人代表がさしずめ原画とシナリオチーフかしら?
 
 こんなのむしろ俺のフィールドじゃん。
 違和感なんかねえよ、勝手知ったるナントヤラ。
 ぼかぁ本気でそう思いましたよね。
 

どこからか声が聞こえる

「でも、作ってるのは金型なんでしょ? 最終的には面白みもへったくれもない大量生産のプラスチック部品を作るための機械なんだから、クリエイターの個性が反映されるゲームとは全然違うじゃん
 
 甘い!!!!!!
 砂糖1kgを鍋ブチ込んで煮詰めて煮詰めてこさえたカラメルに合成甘味料で追い打ちかけながらカスタードプリンにしたやつをバニラアイスと一緒に添えてコーラフロートにするよりも認識が甘いッ!!!!!! 甘すぎて反吐が出るわああああああッ!!!!!!!!!!
 
 と叫んだところで、ひとつの記事としては尺が心配になってきました。
 次回に続く!


2020/04/01


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