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“ひとりてらり”へ至る道 02 (Ep.-5)

 全6回の連載(転載)記事、第2回。
 第1回はこちらからどうぞ


似て非なる「開発」と「運営」

 ゲームは組織で作るもの。個人で活動を続けるには限界がある。
 故に、コンテンツホルダーとなる会社の社員になるしかない――――
 
 そうして始めた求職活動が実を結び、まず採用されたのは、海外資本のゲーム運営会社でした。2018年のちょうど末ごろだったかな。
 ここは本当に居心地が良かったんですが、開発会社ではなく運営会社だったことが、個人的には唯一かつ最大の難点でした。高度化して複雑になる一方の昨今のゲームにおいて、開発と運営が別になっている本当の理由というのを、僕はこの時まで知らなかったんです。
 
 簡単に言うと、運営会社というのは、出来上がったコンテンツを稼働させる組織です。
 ユーザーの購買意欲(つまり課金へのモチベ)をあおるために、毎週のようにイベントを仕掛け、素材を実装し、ユーザーの要望や苦情の窓口となって情報を精査・整理し、開発元へフィードバックさせる。
 
 このとき、コンテンツ本体に瑕疵があったとしても、運営会社は原則としてスルーしなければなりません。
 
 たとえば、本編のシナリオにおいてシリアスな要素が強すぎるために、イベントを考案する幅組みが狭められているとします。でも運営側はこれを勝手に変更できません。開発側から任されているコンテンツの大枠をねじ曲げるような自由は運営側にはないからです。
 結果、またいつもの討伐イベントかよ……などとユーザーに陰口をたたかれながらも、似たようなイベントをルーチンで提供するしかなかったり。
 
 あるいは、開発から提供されたシナリオに設定上の矛盾が見つかったり、根本的に言葉の意味を勘違いして使用されているケースが実装時に見つかったとします。これはあきらかにライターのミスで、開発中のデバッグであれば即刻修正すべき案件です。
 でも、開発と運営が分かれているとそう簡単に対応できません。運営で最優先すべきはメンテ時間の厳守であり、ユーザーの興味を惹く新しいコンテンツを供給し続けること。コンテンツの完成度を上げることは運営の領域ではないんですね。
 厳密に言うとおかしいんだけど、今回は目をつぶろう。ヘタに手を入れてメンテ時間を延長することになれば、詫び石だの何だのと配布することになって売上の減少に直結してしまうから……と。
 
 これが、個人的に、大変な苦痛だったのです。
 
 僕はずっと開発サイドに居た人間なので、シナリオのクオリティ低下に直結するミスを看過し続けるのが辛くてたまらなかった。一日数時間でもいいからこのシナリオを俺に触らせてくれ、もっとわかりやすくて面白くて今後のイベントの布石も打てるから。どんなに強く思っていてもどうにもなりません。だって採用されたのはあくまで「運営スタッフとして」なんだもん。
 だったらなんでそんな会社に入ったんだ? そもそも開発志望なんだから採用されないんじゃない? と思いますよね。僕も思った。
 なんでも上司によると、今後は運営側で直接シナリオを書くことになる場合も出てくるかもしれず、文芸方面に強い人間がいてくれれば告知やら音声収録やらでも重宝するということで、今後の戦力として期待はされていたようなのですが……これは「今後」そういう仕事が来る「かもしれない」ということで、確定事項ではなかったんですね。
 
 ということで、わずか二ヶ月。
 試用期間中に職を辞することになりました。
 
 基本的には円満退社で、退職の意思を伝えた後も再三留意されました。短期間のうちに仕事のコツを呑み込んでよくやってくれたということで「いつでも戻ってきていいからね」と言われてはいたんですが……残念ながら、退職時の給与支払でかなり揉めてしまいまして。
 まあね、外資系だとね、お金の管理をしてるのは日本のスタッフじゃないからね、融通の利かないときもあるよね……って理性では納得するんですが、現実問題として手取りの半分近くが未払いになって、それが「就業規定のとおりなのでどうにもなりません」ってなるとね、うん、まあ、僕も人間だし霞を食って生きてるわけではないので、そらもう穏やかではいられませんでしたよね。
 

そうして迎える2019年

 その次に採用されたのは、永元史上最も規模の大きなゲーム会社でした。
 
 社員数は数百人。社内には常に開発ラインが複数平行で走っていて、それぞれが独立した開発会社のようになっていました。入社直後の新入社員でもデュアルモニタ環境が当たり前に支給されます。超有名IPである某なんちゃら戦士関連の仕事もしてました。シナリオライターが全く必要ない部署だったのでどう足掻いても参加できなかったんですけど。
 
 ただね。
 僕が配属された先は、本当にろくでもないところで。
 永元史上最悪の非効率的で非人間的な開発をしている部署だったのです。
 
 先に結論だけ言ってしまうと、僕は一ヶ月でトンズラこきました。
 
 開発はすでに数年のスパンで続けられているのに、世界設定のレベルで何度かちゃぶ台返しが起きていて、メインライターも何度か交代(上役の扱いに耐えられずに退職)しているようでした。だから僕みたいなエロゲ出身の中途半端なのが潜り込めたという側面もあって、これをやり遂げればネームバリューもつくぞとさかしい計算をしていた時期もあったんですけどね。実際にメインライター候補に指名されたりしてたので。
 逆に言うと、入社直後のペーペーをメインに据えるようなヤバいとこだったとも言える。
 
 この頃のことは、ほんと思い出したくもないんですけど……。
 
 とりあえず書き散らかされていたアイデアのメモ書きをまとめて世界設定としてまともに読めるような形にすると「俺たちの作ってるゲームの全体像が見えてきた、コレ面白いなって初めて思ったね!」って今までみなさん何してたんですか数年開発してたんですよね? まあとりあえずコレを元にライター陣の間でゲーム世界内の価値観やキャラクターに関する共通認識を固めていきましょうか「いやαやβの公開まで時間がないし丁寧にやってる時間はないからとにかくイベントテキストを書いてくれ」ときて。まあそんなこともあるよねしょうがないよねって右から左にテキスト量産しはじめたら「イメージが違う」ってだからイメージあるなら先に言えよ「まずはこのゲームをやってくれ」って同業他社のヒット作いじってる場合か劣化コピーになるのが関の山だろ「それでいいんだオリジナリティはいらない」はあそうですか「君は手が早いからバンバン書いてドンドンダメ出しした方が」正気かよオイ「時間がないなら残業してくれ」冗談はよしこちゃんですよ締め切りも明確になってない頃から残業が当たり前なんて「そのためのみなし残業代だろ毎日3~4時間の残業はむしろ義務」だったら定時に含めとけよ求人広告に10時~23時って書いとけ「うちはサブロク協定を守ってるし残業代も出してるからブラックじゃない」誰もブラックかどうかなんて聞いてねえよ「君は考え方が甘い! 全てを捧げるつもりで仕事に邁進するのは当たり前だろ!」ああああだめだこいつらなんにも考えてねえええええええ!!!

 ……とまあ、こんな感じでした。
 恐ろしいことにすべてノンフィクションだぜ。
 
 でね。
 挙げ句の果てにこの開発陣、声優さんの選定を始めたんですよ。
 OKが出てるシナリオテキスト、ひとつも存在してないのにだよ?
 
 リリース予定から逆算すると有名どころの売れっ子は今からスケジュール押さえなきゃいけないとかで。それだけでも正気を疑うレベルですけどまあここでは良しとする。しちゃいけないけど。
 んで、誰でも知ってる有名どころの役者さんを一通り挙げたあと、会議の席でディレクター氏が言ったんだ。頑張れば憧れの声優さんにナマで会えるよ、最高に楽しい瞬間だよ、辛くて長い開発も時にはそういう楽しみがないとね……って。
 
 ああ、ダメだ。こりゃひどい。
 完全に絶望した瞬間でした。
 
 音声収録がご褒美? 冗談じゃありません。あれはテキスト書いた側からすれば針の筵もいいところ。まして有名な声優さんなら国内でも有数の役者さんで、このキャラクターの本質は何か、このシーンの意味は、作品全体に資するにはどういう演技が求められているのか、それこそ台本に穴が空くほど読み込んで来るんだよ。場合によっては演出や脚本の描写よりも「演者である私」のエゴとイメージを押し通そうとすることもある。それに理路整然と反論できるか、あるいは自分の中に取り込んで利用させてもらうか。その判断を即時迫られるのが収録ブース。プロとプロの意地がぶつかりあう、まさに戦場。心底怖い場所だよ。正直言えば俺、近寄りたくないもん!
 
 それでも過去、メインライターでございって顔して声優さんに向かって偉そうな指示ができたのは、この作品は俺が主導して立てた企画で、みんなが読んでるのは俺の書いたテキストだ、この物語を誰よりも深く理解しているのは俺だという自負があればこそ。それがなくっちゃとても役者さんと向き合えるもんじゃない。
 そもそもね、声優さんだって開発チームの一員なんですよ。作品をよりよくしようという気持ちで挑んでくる仲間なんだから。虚心坦懐、真っ正面からぶつかるしかないんです。
 
 でも、この開発でそんな気持ちになれる?
 いや無理! むりむりむりむり!!!!!!
 
 美少女ゲーム業界という小さな世界で生きてきた、井の中の蛙。
 僕は自分のことをそう思ってましたが、違いました。
 過去に関わってきた職場は、ここに比べると理想郷でした。上司や同僚たちはみんな立派な人たちだった。部下や同僚には無駄な仕事をしない、させない。自己管理とスケジュール管理は一体であり繋がっていて、それはそのまま作品のクオリティに反映される。実際にそう実行できているかはともかくとして、少なくともそういう認識が共有されていました。
 ここには、それすらない。
 動いている金が大きくて人がたくさんいるだけで、何一つ有機的に動いてない。意思決定を機能的に行おうという空気すらもない。
 
 なぜ?
 
 きっと、若くて元気でやる気のある若者が次から次に入ってくるから。どんなにヒドい上司でも、なにくそ、今に見てろ、って頑張っちゃうから。
 何人か何十人か何百人かが潰れて脱落していっても、そのうち一人はいつか成功する。そしてその成功した一人は「俺はこんな修羅場をくぐってきた、この業界ではこれが当たり前だ、お前もその覚悟で頑張れ!」と部下に指示する。
 現場は若くて元気でやる気のある若者ばっかりだから、それで通っちゃうんです。
 根本的にやり方が間違ってるんじゃないか、もっと余力をもって回す方法があったんじゃないか、開発中のゲームに関係ない演劇や創作やスポーツなんかに打ち込める時間を作れたんじゃないか、その方がクリエイターとして大きく伸びたんじゃないか……そんな可能性は1ミリも考えない。好きで入ってきた業界なんだろ、私生活を全て、お前の人生を全て捧げて当然だろ!
 大方、そんなところなんじゃないですかね。多分。知らんけど。
 
 とにかく、絶望した永元は半ば衝動的に上司にアポを取りました。退職の意を伝えるために。
 問題は、その席で具体的に何を話すか。
 ホントにおまえら素人以下だよこんなヒドい開発現場見たことねえよ! って真っ正面から言うわけにもいきません。そもそも僕はそんなに多くの現場を渡り歩いたわけではないし、どっちかといえば運が良かったほうに違いないんです。うん。キャリアのスタートが業界に名が轟くほど福利厚生のしっかりした某A社だった時点で超絶ラッキーマンだったのだ……!
 
 身も蓋もなく言うと、喧嘩するような元気が、もう、なかったんです。
 それっぽい理由をテキトーに並べて、シレッとフェードアウトしたかった。この職場にはそのくらい価値を感じてなかったので。
 
 そこでひらめいたのが、全般性不安障害のこと。
 
 フリーランス時に罹患していた心の病。深刻になると幻覚が見えたりするかなりヤバい病気らしいんですが、自分の場合はそれほど深刻ではありませんでした。自覚症状としては「いくら寝ても寝た気がしない、日中の集中力がまったくない、文章を書くのに必要な最低限の力が入らない」てな感じ。
 当時は「数ヶ月間ろくに成果物が上げられない」など相当苦しめられたんですが、それでも医者いわくかなり軽度だそうで。比較的弱い静穏剤を処方されてるうちに寛解しました。体感としては「なあんだ、俺は単にぐっすり寝てなかっただけなのか」だもんね。
 それが解決してからは、少なくとも、ここに至るまで山ほどシナリオ書いて何度が職を変えるだけの精力はあったのです。自分が病気だという認識は1ミリもありませんでした。
 
 でも、月に50時間だの100時間だの、そんな残業をこなすのが当たり前になったら、再発するかもしれない。今は大丈夫でも、リリース直前の追い込みで発症したら会社にも迷惑がかかる。
 正直ここまで激務だとは思わなかったので、申し訳ないんですけど……。
 
 よし、言い訳としては充分だろう。これでいこう!
 

現実は予想を超えていった

 
「心を病んだ経歴があると知っていたら、そもそも採用しなかった」

 
 上司に辞意を伝えたところ、苛立ち混じりにそう言われました。
 一度でも精神を病んだヤツは何度でも再発する可能性があるポンコツだから、修羅場を迎えてる俺のチームに入れたりしない、と。
 
「困るんだよ。そういうヤツは採用されなくなるから隠すんだよ。求人広告出すにも金がかかってるのに」
 
 採用されたいから病気のことを隠してたんだろ、と言わんばかり。
 さすがにカチンと来まして、医者にはもう治ったと言われたこと、どんどん仕事をしていいと許可もされたことを伝え、ついでに、過去に骨折や盲腸の手術をしたからっていちいち履歴書に書かないだろ、今現在罹患してるわけじゃない病気を知らせる必要はないはずだという反論をしました。
 今思えば無駄なことで、確実に退職へ向かってるんだからハイソウデスカと言えば良かったんですけど。元病人だからって差別すんのかよ、という気持ちが若干ありましてね。
 
「差別じゃない、区別だ」
 
 きっぱり仰る。これはどこの会社に行っても同じだと。
 ゲーム業界でうつ病など心の病に罹患するのは別に珍しいことじゃなく、そいつは(業界で常態となっている長期の残業に耐えられなかったという意味で)適性がなかったと判断される。よっぽど技能があればみなし残業手当を差し引いた状態で雇用を続けるが、定時で帰っていても前触れなく急に来なくなったりする……と、まるでこちら(会社)の方が被害者なんだと言わんばかり。
 
 後に事務方の偉い人とも話しましたが、そちらも「ゲーム業界では、処理すべきタスクが課せられることも、そこから長期残業が発生することも、雇用側・労働者側ともに織り込み済み」とか「男女の雇用機会の均等をうたいながら実際は男性だけ女性だけの求人が行われているように、心を病んだ経験のある者の採用はほぼ避けられている」とか、ほぼ同じ論調。
 
 結果的に。
 
 僕はこの会社において、過去に心を病んだ経歴のある者は採用前に申告すべきだという慣例を知らなかった「世間知らず」で、常識的にこなして当然の恒常的な残業を厭う「甘ったれ」であるとされました。
 望み通り退職はできましたけど、向こうからすれば「騙された!」とでも言いたい案件だったのかもしれませんね。
 
 ちなみにこの上司、会話の中で「うちよりキツいところは山ほどある、例えば大手の*****とか」なんてことを繰り返し言うもんでね。ちょうど知り合いがその大手ゲームメーカーに就職してたんで後で訊いてみたんですが「少なくとも自分のいる部署は互いに助け合いながらやってるし、残業もほとんどないですよ。ただ、過去に開発してた部署には相当ヒドいところもあったみたいですね」だそうな。
 世間知らずは僕なのかこの上司なのか、よくわかりません。僕の観測範囲だって言うほど広くないしね。ただここでは、この上司の見地も(おそらくは彼自身が思っているほどには)広くないんじゃないかな、という程度に留めます。
 
 ただし。
 
 ゲーム業界において、人材を使い潰すレベルの超過残業が恒常的に行われていることは確かなのです。その内情は地獄のミサワ的な笑えるものでも、プロジェクトX的な感動物語になりうるものでもなく、過労死という言葉が当たり前に飛び交う日本という国の中での「ごく普通の光景」に近いんだと思います。残念ながら。
 子供の頃から憧れてきたコンシューマゲームの世界だから、そこには能力や人格の優れた人がいるはず。大手で多額の開発資金が動いているから、システム的にもしっかりやってるんだろう。そう安直に考えるのは間違いだと気付いたわけです。
 だって日本国内のいち企業には違いないもんね。そりゃ状況によっちゃあ下請けのスタジオにはパワハラするし、いざとなれば外注のライターなんか切り捨てるのよ。半沢直樹や下町ロケットの構図そのままに。
 そして今後、コンシューマ関連のメーカーに自分が採用されるのは困難であろうことと、仮に採用されたところで長く勤められるかどうかは完全に運否天賦であろうことは、骨身にしみて理解をしました。
 
 結局のところ、人と人との出逢いだもんね。
 どこでどんな仕事をしようと、最後はそこの部分になっちゃうんでしょうな。どうしても。
 

そんなこんなで

 フリーランスとして文筆業を続けていくのはもう限界。
 さりとて、社員としてメーカーに就職するのも難しい。
 そもそも企画・シナリオという職種は椅子取りゲームみたいなもので、空いているポストなんてそうそうありません。進退窮まった永元は、ひとまず「食うための仕事」を探し始めるのですが――――
 
 と、ここまで書いた時点でクッソ長くなっちゃったんで。
 続きはまた次回に


2019/07/15

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