見出し画像

“ひとりてらり”へ至る道 03 (Ep.-4)

 全6回の連載(転載)記事、第3回。
 第1回はこちらから、第2回はこちらからどうぞ。


前回までのあらすじ

 永元千尋は、コンシューマゲーム業界の闇を垣間見た。
 諦観と失望の底にあってなお、人は働かねばならぬ。食わねばならぬ。
 模索する次の一歩がどこへ向かうのか、それは神のみぞ知る――――
 

それは全否定から始まった

 これまで自分がやってきたことは、全て間違っていたのかもしれない。
 ちょうど一年前、2019年の3月に永元の心を占めていたのは、ただその思いのみでした。
 
 振り返れば自分、四半世紀以上にわたって「夢」をひたすら追いかけてきたんですよ。
 中学生の頃に漫画家を志し、高校時代に小説という形で物語を紡ぐことの楽しさと奥深さを知って、プロ作家になって「好きなことで食っていく」ための方法を割と真剣に考え始めた。夢を夢で終わらせずどう実現するかが人生の大きなテーマだったのです。
 やがて四国の片田舎を飛び出し、えっちなゲームのプランナー兼シナリオライターをこなしながら、冒険小説や活劇小説を書く作家になりたいと足掻き続けて十余年。自著の出版も成し遂げた。企画立案した作品もアニメ化までこぎつけた。うん、そういう意味では、僕はまがりなりにも夢を叶えた側の人間になれたのでしょう。
 
 でもしかし貧乏だ。どうしようもなくカネがない。仕事がない。
 そして先々への希望もない。
 
 なぜなら、自分はもう知ってしまったのです。かつて憧れていた作家業は、出版業界は、「好きなこと」をしていれば食っていけるような理想郷などではないのだと。
 それはゲーム業界も同じ。特にコンシューマ界隈は矛盾と理不尽の連続でした。才能溢れる若い人材が集まる業界だからこそ、そこで働く人間の扱いはかぎりなくザツでいいかげんになる。志半ばで斃れた者たちの屍の山を足場にして、たまたま生き残ってきたごくひとにぎりの者が「クリエイター様でござい」という顔でふんぞり返って、若いヤツらは覚悟が足りないと繰り返すばかりで思考停止して地獄を再生産しているという現実があります。
 
 過去を振り返ってみれば、自分を育ててくれて、養ってくれて、そして必要としてくれたのは(けっして目標としていたわけではない)エロゲ業界だけでした。上司や先輩はどうやって人材を育てるかにいつも腐心していた。社長だ部長だと肩書きがついていても年齢もキャリアもそう変わらないから、待遇改善の意見や相談もしやすかった。
 職場環境、福利厚生、勤務時間等々を鑑みても、エロゲ屋さん時代がいちばん「まともな職場」だったのです。
 
 けれど、それは単に幸運だっただけ。
 たまたま人の縁に恵まれていただけ。
 
 自分が歩いてきた道の脇には、奈落の底へつながる大穴や致死性の罠がいくつもあった。本来なら手にしていたはずの報酬を気付かないうちにかすめ取られていたことも一度や二度じゃない。どうにかこうにかそれらをくぐり抜けて食い扶持をつないできたけれども、今後も同じようにやっていける自信はありません。
 何度だって言うよ、永元千尋ってヤツぁ本当に運が良かったんだ。
 自分はじきに五十、六十という年になる。おじいちゃんと呼ばれて当たり前の世代です。その頃まで二十歳そこそこの主人公やヒロインの性や愛を描写し続けられるのか。エロゲという媒体にそこまでの愛があるのか。それらの疑念や不安を抑えこんでフタをして鍵をかけて外へ蹴り出し命がけでエロゲライターの仕事に従事し続けたとしても、先々どのくらい食っていけるのか。斜陽と言われて久しいエロゲ業界がそこまで存続しうるのか――――
 
 ああ、ダメだ。
 考えれば考えるほど、とてもかつてのようには働けない。
 
 だから。
 永元は全力で探し始めたのです。
 
 自宅から通勤時間30分圏内にあるお仕事を!
 
 いやね、実はワタクシ、生涯初だったんですよ。
 通勤時間で働き先を選ぶってことが。
 そんなのフツーだろってみなさん仰るかもしれませんが、前述のように「夢を叶えてナンボ」みたいな価値観で生きてるとそんな選択肢まず出てこないんです。作家になるにはまず人生経験を積むことだろだったら親元を離れて可能な限り遠くに行こうぜたとえばそう北海道とか! 大阪のゲーム会社が雇ってくれるらしいよやったぜ北海道より故郷の四国に近いやん! やっぱ作家とか出版業の本場は東京だよな派遣会社の制度使って首都圏殴り込むわ! 八王子ってパトレイバーの篠原重工本社があったとこだろそこに住むわ! 会社のある秋葉原まで通勤片道2時間かかるけどその間は本でも読んでりゃいいしヨユーっすよ! と、万事こうなる。
 あっはっはっは、今考えると狂っとるなァ我ながら。
 
 でも、ずっと狂ってたおかげで、納得するまでやりきったおかげで、ある意味吹っ切れたのです。
 モノカキはもう仕事じゃなくていい、趣味でもいいじゃないかと。
 そのためには自由時間が多い方がいい。通勤時間は短いほどいい。だから第一の条件は通勤時間片道30分圏内。これを最優先かつ最低条件に置くしかなかったのだ。うん、わかりやすいですね。当然の帰結というものです。
 

可能な限りラクして食いたい

 そして、もうひとつ条件がありました。
 可能な限り楽な仕事であること。

 ホントにもう世の中すべての社会人に全力でグーパンもらいそうですけど、できればここは譲りたくなかったんだ。精神的に消耗することもなくなるべく定時に終わって、家に帰って飯食って風呂入ってさあもう一働きだというテンションで原稿に向かう。日常的にそういう流れを作るためには比較的楽な仕事に就くしかない。給料は高くなくてもいい、とりあえず食うのに困らなければ充分だと。

 当初、候補に挙げたのは事務関係でした。
 僕は骨の髄まで文系ですけど、PCの扱いに関してはそこらのパンピーよりよほど長けている自信はありますからね。ワープロ検定も2級あるしな。

 でもまあ、定時で終わってキツくないデスクワークなんて、ぶっちゃけ誰もがやりたいわけです。近場にそんな都合良く転がっていません。派遣会社等の紹介でいくつか見つかったものはすべて遠隔地。車で片道二時間近くかかるような場所に通勤してたら行き帰りの運転だけで消耗しきっちゃうじゃん。却下!

 あともう一点、事務仕事ってのは世間一般では女性のお仕事だというイメージが強いんですよね。男の事務員は「エクセルの扱いが神クラス」とか「経理の実務経験が五年以上ある」とかそういう専門スキルがないと門前払いなので……なんだよちくしょう男だからって差別すんじゃねえようちの国には男女雇用機会均等法があるんじゃなかったのかよォ!

 泣き言を言っても始まりません。現状に不満があるなら耳と目を閉じ口を噤むか自分を変えろ少佐も言ってました。
 
 ようし、事務員はすっぱり諦めよう。
 次に狙うはお弁当作りの工場だ!
 
 なぜそうなったかと言えば、ワタクシ多少なりと料理には自信があるのです。貧乏フリーランスの時期が長かったので、自分が食べたいものはほぼ自力で作れるようになってしまったんですね。揚げモノ、丼モノ、煮物、汁物、炒め物などなど大半のものはどうにかなります。中でも麻婆豆腐については中華街まで出かけていって本場中国四川省のピーシェン豆板醤を銘柄指定で買い付けてくるほど。
 おまけに、実家は飲食業で自分も何年か調理場に立ってました。タマゴも片手で割れます。さすがに調理師免許とかは持ってないから本物のプロの厨房じゃ通用しませんが、お弁当工場で求められるスキルはいわゆる主婦レベル。自分で言うのも何ですが即戦力間違いなし!

「……すみません、当社の工場には、女性しかいませんので」

 うちの国には男女雇用機会均等法があるんじゃなかったのかよォ?!!!
 

逆転の発想で生き残れ

 自分の生涯でこんなにも切実に「女に生まれたかった」と思ったことはありませんでした。いやTS願望は昔からありますけどね。それとは別に。
 そういやプロでも同人でも細く長く活動を続けてる作家さんってだいたい女の人が多いイメージがあるんですけど、もしかしたらこういう事情が背景にあったりなかったり? 男の作家さんって第一線で成功しそこねたら筆折って消えちゃう印象めっちゃ強いんですが。気のせい???
 
 ともかく、僕は男に生まれてしまいましたので。
 現実問題として、この国では性別によって職業選択の幅が制限されているのだ。それはもうしょうがない。自分の力ですぐ変えられないもん。
 
 ならばいっそ、男の職場を目指そうじゃないか!
 工場の壁とか床とかぶっこわして作り替えるやつとか!
 倉庫でクソ重たい荷物を一日中上げ下げしてるとか!
 高所作業で足場を踏み外すと死んじゃいそうなやつとか!
 ああもう男の職場ってそんなのしかねぇのかよ畜生知ってたけどさあ!
 
 そうした「男の仕事」は、おしなべて給料が良いんですよね。そりゃまあ安かったら誰もやりたがらんしな。
 残業の有無についてはケースバイケースだけれど、望むならいくらでも働けますよ、と謳う求人も数多い。
 こうした職場がすべて女性の雇用を拒否してるかといえばそうでもないんですが、お肌が荒れるどころか手足が潰れてなくなる可能性もある職場へ積極的に女性がやってくるかといえば、まァあんまり考えられないよね。ハンマーひとつ満足に持ち上げられないようじゃ仕事になんないもの。
 その積み重ねが、たとえば重要な社会的指標のひとつである「男女の賃金格差」に現れてるんだとしたら、そりゃそうなるよな、としか言いようがないのかもしれません。
 世間でいう男女平等だの雇用機会均等だのフェミニズムだのがいかに現実から乖離しているか、我が身をもって痛感してしまいました。ああいう言説は思考実験とか論理的整合性にほど近い話であって、まんま適用できるのは一部の業種に限られるのでしょう。たとえば大手のゲーム屋さんとか、出版社とか、あるいは中央官庁とか、とにかくオフィスビルの中で男女がだいたい同じ仕事をやってる系統のやつね。
 
 ああ、世間のリアルはこんなもんなのだ……。
 自分はどっちかといえば浮ついた世界でフラフラしてた人間だったんだなと、心底思い知りました。
 
 それにね。
 
 自分が希望通りに一般事務や弁当工場に就業したとしたら、そこに入れたはずだった女の人から職を奪うことになったかもしれないんです。その人はたとえば幼子を養うシングルマザーかもしれないし、進学する子供のために今から学費を貯めておこうと考えた主婦かもしれない。まあ、要はうちのカミさんだな。僕と出会う前はかなり苦労してたようなので。
 小説を書きたいからって理由で、カミさんと似た境遇の女の人を押しのけるのか、なんて考えるとね。あんま寝覚めはよくないよね。
 いやま、こんなのしょせん前時代的な感覚なのかもしれないし、忌むべきジェンダーギャップの醸成に直結するのも明らかなんだけどさ。うちのカミさんに手足が潰れるような仕事をさせたくねえよなと考えることで自分を納得させられたのは事実だからね。しょうがない。
 
 てなわけで。
 
 自分の進む道は、一歩間違えば命の危険がある仕事にしかない。
 就業時間中は気を張ってなきゃいけない。少なくとも楽はできない。
 定時で上がれたとしても、小説を書ける余裕はまず望めません。
 
 で、あるならば。
 
 どうせだったら面白そうなほうに行くしかねえじゃんな!
 
 考え方としてはこうだ。かつて仕事だった文筆業を(やってもやらなくてもいいやってレベルの)趣味とするなら、逆に趣味のほうを仕事に昇格する、そういう方向に進もうじゃないか!
 自分の趣味。やってて楽しいこと。たとえばDIY。ベランダに吹き込む風が強すぎるんで風防ネットを張ったりとか室内物干し足りないから自作するとかそういう作業は大好きよ。あとプラモを作るのとか。下手の横好きレベルだけど地元の模型店のコンペで最優秀賞もらったこともあるよ。
 
 このへんと地続きの仕事、なんかないの?
 あるよね? あってくれええええええ!!!!!!!
 

ありました

 通勤時間、自転車で片道15分。業種としては製造業。プラスチック射出成型に使用される金型を作る工場。
 数百キロの鉄の塊が日常的に頭上を行き交い、うっかり巻き込まれればマジのガチで人が死ぬ機械が唸りをあげる危険な職場であると同時に、1/20mmから1/100mm単位の加工精度も日常的に要求される繊細な作業を問われる仕事。どの部署にも腕一本で食っていける技師や職人しかいねえ。まさにプロフェッショナル集団ってやつだ。
 普通だったら尻込みするところだけど、作ってるものそれ自体はガンプラの金型とおんなじだよ。
 
 ここだ、ここしかねえ! ここで技術を身につけていっぱしの職人になったら静岡にいってバンダイスピリッツに雇ってもらえばいいじゃん! やべえよもう俺の今後は希望とやりがいしかねえ!
 
 おれはやるぜ! やるぜやるぜやりまくるぜ!
 傾いた人生を今度こそ立て直すぞ!!!!!!!!
 

そして一年後

 会社が倒産しました。
 厳密には倒産じゃなく、倒産するまえに会社を畳んだんですけどね。
 
 みなさんもニュース等でご存じでしょうが、国内の製造業ってだいたい中国に仕事取られてるんですよ。金型についても同じ。人件費が圧倒的に安い外国と競り合えなくなってて、政府から「構造不況業種」のひとつに指定されてるくらいなの。
 つまり、景気のせいで儲からないんじゃなく、社会や経済の流れでもうどうしようもなく不況になっちゃってる。いわばデジカメのせいで職を失った町の写真屋さんみたいなもの。
 
 それでも、永元が入った会社は高い技術力を活かして40年以上やってきたところだったのね。リーマンショックも先の震災も乗り越えたくらいだから地力の強さは察してください。少なくとも首都圏の金型製造業では大きい部類の会社だったんだって。
 でも、2019年秋の消費増税のあおりで発注が激減。今後劇的に回復する見込みがない。このままだと会社を支えてきたコアメンバーの退職金も払えなくなる。いま会社を畳めばまだしも傷は浅い。そういう致し方ない決断だったのです。
 
 結果、永元はぴったり一年で職を失いました。
 
 師事していた親方にもそれなりに認めてもらえて、まァ3年もすれば独り立ちできるんじゃねぇか? なんて言われてたんですが、その1/3で強制終了。職人としては駆け出しもいいところ、素人に毛が生えたようなもんだ。今後これだけで食っていくのはちと無理だなと親方も言ってたし、俺も同感です。
 
 というわけで、失業手当もらいながら次どうすんべと考えつつ、奇しくも手に入れた膨大な自由時間を使って、この近況報告を書いているのでありました。
 あっはっはっは。いやあ、さすが俺。持ってるねえ。人生面白い方向にしか転ばねえな。こんちくしょうめ!
 

 次回へ続く!


2020/03/30

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?