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おばあちゃんの遺言を守れなかったこと

自由をいつだって追い求めている。

年を重ねるごとに
自分の複雑さと単純さから
逃げ出したくなる。

その場所を自由と呼ぶならば、
いつだって追い求めている。

*

中学2年生の時だった。

末期の肺がんだった祖母が
自宅療養をしていたときに
枕元に呼ばれた。

「お嫁に行くなんていっちゃためだよ」

大好きな祖母からの
遺言代わりのその言葉は
私に重くのしかかってきた。

祖母はわかっていたんだろう
私が、家から飛び出したいと思っている
そんなことを。

**

祖母の息子である父は
祖父とは血のつながりがなかった。

父には弟妹が4人いるが、
父以外は全員祖父の子どもである。

これには複雑な事情がある。

祖母は跡継ぎ娘だった。
遺伝学上の父のお父さんは
祖母とは結婚の約束をしていたが
戦死してしまったらしい。
詳しい事情はよくわからないのだが、
どうやら籍は入っていなかった様子。
家族は周知の仲で、戦後、結婚するはず
だったようだ。
実際、祖母の実家で
一緒に暮らしていたらしい。

だが、父のお父さんは帰ってこなかった。
そして、祖母はのちに祖父と結婚する。

私はおばあちゃん子だったが、
同時に大変なおじいちゃん子でもあった。

祖父は仕立て屋さんだった。
小さなころ、祖父の洋裁部屋で多くの
時間をすごして、針と糸の使い方は
祖父から習った。

田んぼに行くのも畑にいくのも
いつだっていっしょだった。

かなり時間がたってから、
祖父とは血のつながりがないことを知り
大きなショックをうけた。

長男なのに、家をでていることの理由や
父が大学に行くことができなかった理由、
そして、いろんな不遇な幼少期について
あとから母に聞くことになった。

そんなことは祖母の枕元に呼ばれた時には
全く知らなかった私は
「あなたが本当は跡継ぎ娘だから」
という祖母の言葉をきちんと理解して
いなかったんだとおもう。

祖母の中では、長男である父を
優先させたい気持ちがあったものの
祖父への配慮から、それができなかったのだろう。

父はそんな歪んだ気持ちをもって育ち
そして、結果的に、私にとっては
あまり良い父親とはいえなかった。

父の本当の父親の親族たちも
ずっと、同じ地域に住んでいる。
時の流れというけじめがつき
父もわだかまりなく遠慮なく
血縁、という縁の中で
従兄にあたる人とは
まるで親友のように仲が良い。

祖母も空の上で喜んでいるはず。

**

祖母は65才で亡くなったが、
私がお嫁にいってしまったことを
怒ってはいないと勝手に思っている。

結果的に戻ってきたけれど、
離婚にまつわるあれこれについては
誰よりも胸をいため、
元夫のことを怒っているだろう。

そして隙あらば、っていうか、
きっとまた出て行ってしまう私を
笑ってみているような気がする。

好きなように生きてみなさい

そんな風にいっているはず。
そしていつも私たちを
守っていると思う。

**

私は祖母譲りなものを
いくつももっている。
多分、大勢いるいとこたちの中で
一番祖母に似ている。

祖母は俳句を詠んだ。
とても温かい句を詠んだ。
詩歌を愛する心は、祖母譲りだ。

花を慈しむ人だった。
庭でショウブを畝を作って育てていた。
祖母と祖父は仲が良くて
一緒に楽しそうに花を育てていた。

そして当時にしては
情熱的な恋愛に身を投じたことも
あった人だった。
私は情熱的ではないけれど
恋をあきらめたりはしない。

そして何より、
誰よりも顔が似ているらしい。

**

祖母の家と我が家は
裏道からだと100mも離れていない。
けれど、表通りからだと、500mくらいの距離がある。
暗くなってから、家に帰ろうとすると
祖母はかならず、家が見えるところまで
ついてきて送ってくれた。
ばいばいして、家に入るまで見届けてくれた。

私はそのあと、家に入ったふりをして
祖母の後姿を見送るのが常だった。

**

祖母の命日のころには
萩の花が咲き乱れる

その風に揺れる花枝に
たおやかさやを伸びやかさを感じて

いつもつい手を伸ばしてしまう

自由に恋焦がれ続けている私、
つい最近、思った

もしかしたら、
祖母もそうだったのかもしれないと

彼女は自分の置かれた場所で
精一杯家族を守りながら咲いた人。
自由には見えないけれど
おばあちゃんはきっと自由だったんだなと
今ならわかる

その場所で咲くと決めて
美しく咲いている 

決めていく

って不自由そうでも自由なんだな
すべてはその人の中にある
どんな人生も美しいって
感じるように


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