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初ショートショート「夜を通り抜けていく」

もうすぐヒースローにつく

深夜便を初めて利用したのは、彼女がロンドン勤務になった初めての夏だった。到着が早朝だから、ぐっすりと眠ればいいことに安心して、この便を選ぶようになった。

夜空に向かって旅立ち、夜を越えていく
彼女の住む街へ

そのロマンチックさが好きなのか、深夜便に許されたラウンジ利用が好きなのか、どちらかと言われれば、両方だ。

**

圭太郎がいくことを、彼女はまだ知らない。

高校の同級生だった彼女は、入学した時から目立っていた。抜けるように肌が白く、大きな瞳と長い黒髪、一方で物静かで地味な性格というギャップに気づいたのはすぐだった。そしていつもクラストップの成績。

高嶺の花、だ。なのに、なぜか、いつも誰かの後ろにそっといる、そんな子だった。だからなおさら、ずかずかと踏み込めない、そんな神聖な領域にいるような気がしていた。

一方、俺は野球部で、クラス最下位を争っていた。いや、学年最下位か。特に数学は最低だった。落ちこぼれていた俺に、ある日そっと数学を教え始めた彼女の俯いた睫毛に見とれて、さっぱり数学は頭に入ってこなかった。

3年間同じクラスだった運命の悪戯で、おとなしい彼女にとって、俺は数少ない男友達だった。本人はさっぱりモテない、と思っているのを知っていたけれど、神聖な領域にいる彼女を目で追いかけているやつらは山のようにいた。

だから俺は彼女に誰にも言っていなかった夢を打ち明けた。笑われると思ったら、目をまん丸にして、すごくいいね、といった彼女の横顔が忘れられない。

野球に青春を捧げた結果、俺は浪人することになった。それから一年間、遊びも野球も封印して、予備校にひたすら通った。時々、彼女からくるラインの返事が楽しみだった。かっこつけて、勉強が楽しくなったと書いたら、すごくいいね、と返事がきた。また目を丸くしたんだろうな。

とうとう桜が咲き、第一志望の大学に合格したときに気づいた。そうか、俺は胸をはって、彼女に会いに行きたかったんだと。

***

ケイくんと連絡が取れなくなった。

付き合って3年以上たつのに、いつも欠かさず連絡をくれた彼。なのに丸1日連絡がない。心配で眠れなかった。ロンドンと東京、離れても大丈夫だよって言ってくれたけど、甘えすぎていたのかな。

とうとう一睡もできなかった。夜はまるで永遠に続くような気がしたけれど、しずしずと朝はやっぱりやってくるんだ。

○○

深夜便の中はずっと夜に包まれていた。ぐっすりと眠りながら、彼女がケイくんと悲しそうに俺を呼んでいる夢を見た。

もうすぐ会えるよ

窓の外には眩しい朝が訪れている。
ランディングの準備が始まった。


素敵な方たちの元気な企画に背中を押されて、私も書いてみたい!と、初めて書いてみたショートショートです。

すごくたのしかった!
でもすごく恥ずかしい!

テーマが睡眠だったので、ちょっとそこが難しかったです。が、なんとかnoteの大海に送り出します。

私が参加したのはこちら

ピリカさん、ありがとう♡
新しい扉をそおっと開けられました。






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