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〈ラスト2話〉 46 証明せよ 流れの楽師たち 【葬舞師と星の声を聴く楽師】

連載小説『葬舞師そうまいしと星の声を聴く楽師がくし』です。
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前話

46 証明せよ 流れの楽師たち


「──!?」
 前方に投げ出されたワーグラムは左胸を射抜かれていた。その身が庭園の石畳に落下すると、すぐさま血が沼地を作り、彼を死の淵へと引き摺り込んでいた。
 惨状のずっと後方に男の影が立ち現れた。おもむろに近づいてくるその影は、西の国・東方侵攻部隊司令、通称ビャロン。携えられた狙撃銃ライフルが、歩くたびに不穏に揺れている。
 ビャロンは庭園に弧を描くように移動し、再びワーグラムに銃口を向けた。
「やめろ! やめてくれ!」
 アシュディンは叫んだ。駆け寄ろうとして一歩踏み出したが、銃口を自分に向け直されて、足を止めざるを得なかった。
「お前は……舞踏団をウロチョロしてた小僧か。あの女正統の弟とかいう。せっかく離散の沙汰が下りたというのに戻ってくるなんて、愚かな」
「そいつを、ワーグラムを返してくれ!」
 庭園を挟んで睨み合うふたり。ビャロンは心底不思議そうな顔をして答えた。
「返す? そいつはお門違いだ。この男は自らの意志で西の国こちらに来たのだぞ」
「そうじゃなくて──」
《体だけでも返してくれ、たとえ命が助からなくても、せめて弔いのために!》
 哀願の通じる相手でないことを悟って、アシュディンは口を噤んだ。
「小僧、知っているか? どんな物理法則や化学式よりも、太古からずっと確実だと言われている定律を……」
 ぞっとするほど落ち着き払った声だ。ビャロンは再び狙撃銃ライフルの矛先を変え、片目でスコープを覗き込んだ。
「それはな〈裏切り者はまた裏切る〉ということだ!」
 銃声がけたたましく鳴ると同時に、すでに息絶えていたワーグラムの骸が虚しく跳ねて落ちた。

 冷酷な所業。怒りに戦慄わななくアシュディンにまた銃口の脅威が向けられた。
「ワーグラムもお前も運が悪かったな。この銃は試作品プロトタイプだが、私は新しい武器ものを握ると試し撃たずにはいられないのだよ」
「──!?」
 突如、左脚に引きちぎられるような痛みが走り、後になって鋭い銃声が意識にのぼった。
 アシュディンは悲鳴を上げて崩れ落ち、痛みにのたうち回った。
「ははは、今のはちゃんとその脚を狙ったのだぞ。素晴らしい命中精度だろう」
《殺られる……動かなきゃ……》アシュディンは転がってその場を離れようとした。
 ビャロンはその場から一歩も動かず、口元に余裕の笑みを浮かべた。ふたたびスコープを覗き、十字の中心が青年の頭部に合わせられた。

「ワーグラムを返してほしければ、あの世で冥府の神にでも嘆願してみろ。無論、あの世もなければ、神もいないがな!」

 引き金に指が触れた途端、スコープの先の世界がわずかに煌めいた。訝しむビャロン。これまでに感じたことのない視界の動揺だった。
 ふと狙撃銃ライフルから目を外すと、辺りが先ほどよりもずっと明るくなっていた。世界がどんどん輝度を増していく。

《なんだ、この明るさは!?
  そしてなんだ、この音は!?》

 ビャロンは天を仰いで瞠若どうじゃくした。
「ま、まさか、太陽がふたつ──!?」


 刹那──大陸中が閃光に包まれた。


 凄まじい衝撃波と熱風が巻き起こり、帝都中に襲いかかる。アシュディンは一瞬で吹っ飛ばされ、ずっと後方へと転がっていった。
 遅れて爆発音が轟くと、岩がぶつかり合う衝撃音が畳み掛けるように鳴り、大宮殿が崩れ落ちていった。

 舞い上がる粉塵に視界を遮られるなか、アシュディンは身を持ち直して必死に叫んだ。

「ワーグラム!」鳴り止まぬ爆風。

「ワーグラム!!」収まらぬ崩落。

「聞こえるか!? ビャロン! ビャロンッ!!」
 どの声も容易く掻き消されて誰の耳にも届かない。返事があったとして、その声が聞こえるとも思えなかった。
 貫かれた左脚が全く立たない。アシュディンは這いつくばって煙の先へ向かおうとした。

「…………シュディ……アシュ……ン!」
 ふと微かな声を耳が捉えた。

「──!? ハーヴィド? ハーヴィドーー!!
 ここだ! 俺はここだーー!!!」
 アシュディンは精一杯の声で呼びかけた。煙幕の先に人影が立ち現れ、徐々に近づいてくる。

「アシュディン、無事か?」
 山岳から必死に追いかけてきたハーヴィド。倒れ伏す青年を見つけると、すぐさまその身をひょいと抱き上げた。
隕石群の襲来メテオーズ・ストライクだ、逃げるぞ、すぐに2発目が来る!」と切迫した声で警鐘を鳴らし、直ちに踵を返した。

「待って! まだアイツが、アイツがすぐそこに!!」
 アシュディンは身を捩ってワーグラムの倒れた方角に手を伸ばした。悲痛な叫び、がむしゃらな抵抗。
 楽師は一旦足を止めた。そのまま連れ去ることは容易かった。しかし神妙な面持ちで佇み、腕に抱えた青年をゆっくりと下ろしていった。

 二本の足が大地に着くや否や、ハーヴィドはその身を自分の胸にひしと抱きしめた。

「優しいお前が大好きだ! だが今は、俺と一緒に生きてくれないか?」

 ひたむきな抱擁、切実な告白。アシュディンはそれらを一身に受け、ようやく我に立ち返った。

《そうだ、俺、お前と生きていくんだ!》

 アシュディンはハーヴィドの肩に手を添えてわずかに身を離すと、眼前で不動の決意を湛える瞳を真っ直ぐに見つめ返した。
「ハーヴィド、脚が動かないんだ。助けてほしい」
「無論だ! 行くぞ!」
 ハーヴィドは痩身の青年を軽々とおぶって、宮殿に背を向けて駆け出した。アシュディンはもう前だけを見据え、楽師と身をひとつにするように懸命にしがみついた。

「来るぞ、しっかりつかまっていろ!」

 2度目の上空爆発が起こった。先ほどよりも遠かったが、それでも激しい衝撃と風がふたりを襲った。ハーヴィドが脚で、アシュディンが腕で必死に堪える。弾き出された隕石の破片が、大通りに幾つものクレーターを作った。

 風が手を緩めた隙に、ハーヴィドは再び駆け出した。走りながら必死に祈った。

《エル・ハーヴィドよ、もし俺たちの168年の旅に意味があるのなら──》

 行く手を左に見定めたところで3度目の爆音が鳴った。衝撃波で吹き飛ばされた石片が、ふたりの服や頬を切り裂いていった。

《夜空の下でむほどに浴びてきた星の声を、今こそ俺に聴かせてくれ。この忌まわしい隕石と、おびただしい数のつぶてを掻い潜る力を、どうか!》

 直線路を駆けるさなかで4度目の大爆発が巻き起こった。今までにない衝撃が大地を揺らし、突風が吹き荒れた。建物が崩落してふたりの逃走を阻もうとしてくる。

《エル・ハーヴィドよ、もし長い旅路に意味があるのなら、踏みしめてきた大地の数だけ強くなったこの脚を、今だけどうにか鼓舞し続けてくれ。このおぞましい惨状を最後まで走り抜ける力を、どうか!》

 ハーヴィドは雪崩れ落ちる石塊を避けながら市街をじぐざぐに駆け抜けた。

 帝都広場に入ると5度目の閃光と爆音。遮るもののない場所で、いよいよふたりは散り散りに吹っ飛ばされた。
 ハーヴィドは直ちに身を起こして、倒れるアシュディンに駆け寄った。揺さぶっても動かない、目蓋も開かない。

「アシュディン! アシュディン!」
 軽く頬を叩くと「んっ……」と小さな呻き声とともに喉元が上下した。息はしている。
 ふたたび青年を背負ったが、だらりとしてしがみ付いてはくれなかった。ハーヴィドは一歩一歩、鈍重な足取りで帝都から出た。

《エル・ハーヴィドよ、もし何代にも渡る旅に意味があるのなら、忌み嫌われた日々の果てにようやく巡り逢えた、この愛しい青年を守る力を。あなたが生涯かけて愛した人の子孫を、俺に守り抜かせてくれ! どうか!!》

 地鳴りは続き、あちこちから煙と炎が上がっていた。逃げそびれた無神論者たちの呻き声が、ふたりの裾を掴んで帝都に引き戻そうとしているようだった。
 大惨事カタストロフィはいつまで続くのか、いったいどこまで逃げればいいのか。答えは決まり切っていた。この身がもつまで、あたう限り遠くへ!!

《────!?》
 ハーヴィドは空が唸り声を上げるのを聞いて天を仰いだ。摩擦に大気が燃えて啼いている。夥しい数の亡者の、悍ましい合唱を引き連れて、それは確かに近づいていた。
 秒ごとに明るくなっていく空。物々しく恨めしい光が、帝都を押し潰そうと迫っていた。

《ダメだ……これは……直撃する!》

 ハーヴィドは最後の力を振り絞って再び走り出した。神経を昂らせ、全ての光、全ての音、全ての大気の動きを脳で捉える。そして見た、舞楽ダアルの超感覚で。

《せめて、あそこまで……
  あそこまで逃げられれば……》

 ハーヴィドの見定めた生死の境界線ラインは、まだずっと先にあった。逃げる楽師の背後に迫り来る隕石。
 飛来音が耳をつんざき、吹き荒れる暴風が逃走を妨げる。楽師はその音でまた〈見て〉しまった。

《もう、この脚では間に合わないのか……》

 歯を食いしばって境界線をきつと睨みつける。

《ならば、できる限り遠くへ!!》

 ハーヴィドは、意識を失ったままの青年を前に抱え直した。
「アシュディン、約束は守れそうにない、許せよ」
 謝罪の口づけが栗色の髪に落とされた。本当は唇に触れたかったが、それは叶わなかった。

「うぉーーーーーっ!!」
 ハーヴィドは全身全霊を込めてアシュディンを前方に投げ飛ばした!

 宙を舞う青年が

 描く放物線──

 それは生死の境界線ラインを越えて、先へ先へと伸びていった。
 ハーヴィドは思い人が奥の大地に転がっていくのを見届けると、安堵の笑みを浮かべ、足をもつれさせ倒れ込んだ。ラインの手前に。

《さようなら、アシュディン、愛しい人……》


 破滅の時。隕石が触れた場所から巨大なクレーターが四方八方へと広がっていった。
 6つめの隕石の直接落下でファーマール帝都は全壊した。ディ・シュアンの予見そのままに。
 伝統を育み、暮らしを見守り、侵略すらも歴史の1ページとして紡いできた都は、この瞬間にすべて消え失せた。


── to be continued──

次話最終回

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