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42 苦しみは天秤に乗るか 【葬舞師と星の声を聴く楽師/連載小説】

連載小説『葬舞師そうまいしと星の声を聴く楽師がくし』です。
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前話

42 苦しみは天秤に乗るか


 市街の方で3発立て続いた爆発音。
「ん、花火か?」とハーヴィドが訊ねた。
「いや、勤労感謝祭レイバーフェスでは花火を上げたりしない……よな、姉さん」
 アシュディンは念のため、取り仕切りをしているラファーニに確認した。しかし姉はあれほどの爆発音を気にも留めず、弟を叱責した。
「そんなことはどうでもいいのです。あなた私の言いつけを破って、ここで何をしましたか?」
「あの……えっと……」
 アシュディンが言い淀んでいると、何やら外がざわつき始めた。おめでたい感じではなく、ひどく物々しい雰囲気が感じられた。
〈おい、あれは砲撃だぞ!〉
 誰かが叫喚の声を上げた。アシュディンたちは驚愕して顔を見合わせると、前室を経て棟の入り口まで出た。宮廷の人々がこぞって見晴台へ駆けていくのが見える。
 アシュディンとハーヴィドは弾き出されるようにそこへ向かうと、後ろでラファーニの狼狽した声が響いた。
「アシュディン! 行ってはなりません! アシュディン!!」

 見晴台には老若男女が所狭しと集まっており、みな一様に市街中心へと顔を向けていた。
 アシュディンは俄に目を瞠った。
鐘塔しょうとうが、無くなっている!?」
「何だと!?」
 帝都入り口の門と宮廷の門の真ん中にあるはずの塔がすっかり姿を消していた。他の建物に隠れて見えにくかったが、塔のあったふもとには煙が上がっているように見える。
「確かに誰かが〈砲撃だ〉と言った。いったい何が起きたのだ?」
 ハーヴィドが雑踏からひとつ抜き出た頭で辺りを見渡した。すると見晴台の横から大宮殿まで続く道を、勢いよく駆け上がっていく人影が目に飛び込んできた。
「急げ!」「武器を持て!」
「皇帝陛下をお守りしろ!」
 顔を真っ赤に染めた私服姿の男たち。市街でフェスに参加していた宮廷衛兵隊の面々だ。
 そう間を置かずして、見晴台の騒めきに紛れて悲鳴が上がるのも聞こえた。宮廷にほど近い第1第2街区からだ。この緊迫感はどう考えても祭とは無関係のものだった。

 不遜な靴音を立てながら玉座の間に近付いてくる集団があった。20人ほどが隊列を組んで行進してくる。全員が同じ軍服を身に纏い、その手には長銃が携えられている。肩から飛び出す銃口は全て同じ角度で揃えられていた。
 宮廷の者たちは逃げ惑って道を開けた。
 隊が途中で左右に割れると、その中心にひとりの男が姿を現した。上襟と下襟が大きく横に張り出した立派な軍服の上で、角張った顎が自己主張していた。軍帽に翳る目元は深く窪んでおり、ずっと奥に暗い瞳が据わっている。男の左腕には黒と白のシンプルな腕章。左胸のポケットからは幾つもの勲章がこれ見よがしに垂れ下がっていた。
「お前たち、いったい何者だ!?」
 盾部隊、槍部隊、剣部隊の層に取り囲まれた奥から、皇帝陛下ムドファーマルⅡ世の声が響いた。縦に伸びる絨毯の線上で睨み合うふたつの部隊。皇帝側の面々の誰しもが固唾を呑んだ。
 やがて沈黙の底から恐ろしく調子の低い声が響いてきた。
「皇帝陛下、どうぞお顔をお見せ下さい」
 男の指示とは真逆に、盾部隊が中心に寄って皇帝を覆い隠した。
「帝都は我々が完全に包囲しましたよ。また市街の一部はすでに占拠済みです」
「なんだと!?」
「どうぞ、ご拝顔を」
 その瞬間、帝都の方で再び爆発音がした。皇帝は声を震わせながら「道をあけよ」と言った。しかし衛兵隊は主君を護ろうとするあまり微動だにしない。場に長い沈黙が流れた。
「どうぞ」男がふたたび言うと、皇帝は「ええい、あけよ!」と声を張って真正面にいる衛兵を横に退けた。衛兵たちは、敵の動向から目を離さぬようにじりじりと道をあけた。

 皇帝と侵略者が対面した。
「お初にお目にかかれて光栄です。ムドファーマルⅡ世、皇帝陛下」
「お前は何者だ。いったい帝都に何をした?」
「ふぅ、我々は名づけることも名を呼ばれることもあまり好かないのですよ。たとえばどこぞやの帝国みたいに皇族の姓の一部を国名になどはしない。ですから我々のことは、あなた方から見て〈西の国〉とでもお呼び下さい」
「無礼じゃないか! せめてお前の名を名乗れ!」
「ふっ、名前など、どうでもいいじゃありませんか」
「なんだと!?」
「そうだ! あなた方の信奉する古臭い宗教には四方を司る精霊とやらがおりましたね。西の守護精霊は……たしか……」
 軍人が言いあぐねていると、つと隊の中からひとりの兵が飛び出てきて、彼に耳打ちをした。
「……そうだ、ビャロンだ。私のことは〈ビャロン〉とでもお呼び下さい。クックックッ」
 帝国の衛兵たちは信仰を愚弄する言葉を聞き流すことができず、武器を構えたまま怒鳴り散らした。
「なんと下劣な!」「恥を知れ!」
 罵られても涼しい顔を浮かべている軍人。
「西の国、東方侵攻部隊司令、ビャロン。これで名前ができましたよ、ムドファーマルⅡ世皇帝陛下、さぁ!」
 その問答はまるで絵踏みだった。皇帝の噛んだ唇に血が滲んだ。
「…………くそっ。西の国の使者、ビャロンよ。直ちに国民を解放しろ。お前たちの目的はなんだ? 」
「聡明な御方のようでありがたい限り。実はかねてより軍が訓練場を欲していましてね。そう遠くない場所にうってつけの国があったので本日参った次第です。ついでに要塞でも手に入れられれば、と」
「まさか、我が帝都を乗っ取って、お前らの要塞にすると言うのか?」
「左様にございます、皇帝陛下」
 目的は占拠、つまりここにいる全員が直ちに射殺されてもおかしくない状況だった。陛下のすぐ傍にいた宮廷衛兵隊隊長が、微かに踵を鳴らして合図をした。〈皇帝の緊急避難〉 いざというとき衛兵全員が壁となって陛下だけを逃す算段を伝令した。
 しかし先に動いたのは西の国の先頭にいた銃兵だった。彼は狙撃銃ライフルをチャキっと天井に向けて構えて、直ちに引き金を引いた。けたたましい銃声と共に、ふたつの部隊の間にガシャンと照明が落ちた。
 反響がやまないうちに再びビャロンが口を開いた。
「先ほどの砲撃は鐘塔を狙ったものでした。そこそこ離れた場所から打ったのですが、3発とも見事命中しましたよ。今みたいにね。帝都の外周には軽いものから重いものまで、100門の大砲を用意しております」
 たった3発の砲弾で堅固な石造の塔が崩落、もし100発の一斉砲撃だったらと誰しもが想像を巡らせた。戦争経験のほとんどない皇帝陛下にもその結果は目に見えていた。
「……まずは要求を聞こう」
「簡単なことです。帝国の持つ全領土、全権利、全資産、全資材の明け渡しを。国民たちは資材に当たりますゆえ、全員、我が国への強制連行です。軍事国家には人手も要るんですよ、クックックッ」
「戦いもせずに国を明け渡し、民を奴隷にしろというのか!?」
「もちろんです。それとも大砲と銃に、剣と槍で戦いますか?」
 ビャロンは泰然とした顔で一歩二歩と近づいていった。
「……い、いや、せめて交渉を」
 ビャロンはその言葉を、靴を床に打ち付ける音で遮った。
「いかなる交渉も受け付けません。たったいま提示した条件が飲まれなければ〈10日後〉に帝都への一斉砲撃を開始します。まずご自身の目で、倒された塔を見て確かめるといい」
 最前列の盾隊のすぐ傍まで来たビャロンは下卑た笑いを浮かべて挑発した。
「ちなみに私が本部に戻らなければ、その半日後に砲撃が始まることになっています。どうか妙な気を起こされませんよう」
 軍人は余裕で背を向けると、高笑いを上げて玉座の間を後にした。
 驚くべきことに、帝国側の幹部から、学者たちから、衛兵隊から計数人が前に出て、何食わぬ顔で敵兵と合流して去っていった。
 衛兵隊長が地団駄を踏み、「くそっ、間者がいたか!」と己の洞察力のなさを嘆いた。


 宮廷には直ちに箝口令が敷かれたが、絶望を前にした者たちに命令などほとんど無意味だった。「どうせ10日後には死ぬんだ〜」と叫んで天を仰ぐ衛兵すらいた。彼は特に拡声器だった。
 侵略国による完全包囲、市街地占拠、〈10日後の一斉砲撃〉の話は瞬く間に宮廷中に広がった。もちろん舞踏団にも、アシュディンたちの耳にもすぐに届いた。
 当日の夜には、ラファーニによって団員全員が修練場に呼び集められた。しかしそこで告げられたのは、むやみに棟の外に出ないこと、舞の修練はしばらく中止とする、よく寝ておくようにと、この3点だけだった。
 解散の後、ハーヴィドとジールカインがアシュディンの部屋を訪れた。
「さて、困ったの」
 数十秒に1回、ジールカインが棒読みでそう繰り返す他には、ずっと沈黙が流れていた。
「未来は変えられないのかのう」
 老師長は何の気なしに言い方を変えた。
「……俺は未来が決まってるだなんて考えたこともなかったよ」青年がぼやいた。
「168年後の惨劇を〈見た〉ディ・シュアンが発狂した理由が、俺にもよく分かった」
 アシュディンもハーヴィドも打ちひしがれていた。
「侵略国の宣言とお前たちの占断が〈一致〉してまった。まさか災禍が軍事科学によってもたらされるとはな……」
 その後、特に実のある会話はされなかった。老師長の言ったことが、単に切りが良かったという理由で、解散前の最後の言葉になった。
「皇帝陛下のご英断を待つしかあるまい。いや、どんな決断も我々はご英断として受け取ろう」

 帝都包囲の1日目、西の国の兵が占拠した土地に血気盛んな若者たちが突入し、銃器であっけなく蹂躙された。帝都から逃げ出そうとする者たちもいたが、ほとんどが包囲網に阻まれ、見せしめとして射殺された。
 2日目、大人数でならばくぐり抜けられるとでも思ったのか、集団で駆け抜けた逃走者たちが連射銃で射殺された。折り重なった遺体が垣のようになり、ますます逃亡は困難になった。何かしらの反抗があるたびに威嚇する大砲の音が轟き、悲鳴が上がった。
 3日目、抵抗や逃亡を企てなければ、西の国は何もしてこないことを民たちは悟った。代わりに帝都内では強奪事件が横行した。被害者たちもさして抵抗せず、周囲の誰もが見て見ぬふりをした。強姦事件も多発し、自死の連鎖もあった。帝都は混乱の渦に飲み込まれた。
 全決定権は皇帝陛下の手に委ねられていた。形式上の緊急議会が何度か開かれたが、交戦、降伏、交渉継続の意見が3分の1ずつとなり、指針に繋がるような実のある見解は何一つ出てこなかった。
 ムドファーマルⅡ世は〈誇り高き死か、誇りなき生か〉を天秤にかけるような考え方はしなかった。〈一瞬の苦を回避して得る一生の苦に人は耐えうるのか〉そればかりを思い悩んでいた。しかし決断は早ければ早いほど良いはずだった。

 そして帝都占拠から4日目の深夜、不意にアシュディンの部屋の扉がノックされた。声を出すことがもっとも億劫に思われて、青年は黙ってその扉を開いた。


── to be continued──

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