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5. 春陽の少年【花の矢をくれたひと/連載小説】

不定期連載の『花の矢をくれたひと』
インド神話をベースにした小説です。

【これまでのあらすじ】

悪魔マーラは仏陀の瞑想を妨げようとしたが愛欲の力が足りずに失敗し、別時代の天上界へと飛ばされる。そこでは愛神カーマとして生きており、オウムの従者シュカの導きにより軍神インドラの守護する東方界にたどり着いた。悪魔ターラカの率いるアスラ神群が三界を侵略していること、ターラカを討伐するためには最高自在天シヴァの力を借りる必要があることなどを聞かされる。カーマの持つ弓矢の力が勝敗の鍵となると告げられるが、いっさい身に覚えのないカーマは親友の助言を得るために、また別時代へと旅立ったのだった。

【登場人物】

アビルーパ(愛神カーマ、悪魔マーラ)
愛神カーマの化身の1つ。聖地ウッジャイニーに住むバラモン一族の子息。

ヴァサンタ
春の神ヴァサンタの化身。クシャトリヤの家に生まれ、ヴェーダ(聖典)を学ぶためにアビルーパの家に出入りしている。

シュカ
愛神カーマに仕えるオウム。アビルーパの生きる時代(グプタ朝期)ではペットとして飼われている。

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5. 春陽の少年


目を覚ますと、木の根の上に坐し、背を幹に預けていた。全視界が葉の青色に取り囲まれている。さざめきの合間に鳥のさえずりが聞こえる。木漏れ日か反射光かも分からないほど、種々の光線が不規則に俺の顔に差し込んでいた。

両腿に不自然な重みを感じてそっと下を見やると、そこには何者かの頭が乗っかっていた。驚いて立ち上がろうとすると、静止するかのように頭を腿に押し付けられ……その顔がゆっくりと上を向いた。

「お、男?」

思わず声を漏らしてしまった。俺の腿に後頭部を預け見上げる顔は少年のものだった。長いまつ毛と二重瞼が印象的だ。肌はきめ細やかで、すっきりと通った鼻筋に薄い唇、一見女性かとも思ったが、よく発達した顎や首の筋肉は男性に特有のものと確信した。年頃は15、6歳といったところか。

「君は?」

「いやだなぁ、変なことを言って。アビルーパ、僕を試そうとしてるのかい?」

「ア……アビルーパ?」

「君の名だろう? ホント変なことを言う。僕はヴァサンタ、親友の名を忘れたとかいうのか?」

唐突に放たれた「親友」という言葉に反応し、俺は立ち上がろうと大地を踏みしめた。

「イタタタ。だからいきなり動かないでよ。そもそも僕が休みたかったのに、膝を貸したアビルーパの方が先に寝ちゃうなんて。起きたと思ったらずっと変なことを言っているし。君はひどいやつだ」

ヴァサンタと名乗った少年がそっぽ向くと、再び後頭部がこちらに向いた。苦情を言いながらも、ゆっくりとして温かみのある口ぶりだった。

「君は……ヴァサンタ。俺の、親友?」

空に話しかけるように呟くと、ヴァサンタはゆっくりと身を起こした。重しを外された腿をひんやりとした風がひと撫でした。

「そうだよ、アビルーパ。僕らは親友だ。無論、僕はそれ以上に君のことを想っているけれどね」

いつの間にか並んで座っていたヴァサンタが額を俺の肩に預けてくる。ただでさえ状況の整理がつかず混乱しているところに唐突に男から求愛をされた俺は、脳も体もすっかり硬直してしまった。何から話して良いか皆目検討がつかない。するとヴァサンタは訝しげな眼差しを向けてきた。

「……嫌がらないなんてやっぱり変だ。いつもならすぐ撥ねのけるのに」

真っ直ぐな瞳で見つめられ、俺は口を開かざるを得なくなった。

「すまん……ホント今日は混乱していて……」

目線を逸らして辺りを見回す。相変わらず木々の間に光が揺らめいていた。緑の中に赤や黄の斑点が揺れ、疎らに花が咲いているのがわかった。

「もういいよ!」

少年は声を荒げて立ち上がった。

「アビルーパは今日は僕と一緒にいたくないようだから、さっさと退散するよ。次はミーナの月に遊びに来るから」

いっさい振り返らず、木々の合間が作る道を去っていくヴァサンタ。俺はまだ幼さの残る背中を黙って見送るが、その時信じられない光景を目の当たりにした。

少年が通り過ぎると周囲の木々が仄かな光を帯び、幾つもの蕾が自然と花開いたのだ。一度二度、目を擦ってから確認するが、確かにヴァサンタの通った道だけ、赤や黄の花のアーチで彩られていた。ひときわ輝きの強い陽光がそこに差し込み、なんとも幻想的な道が奥へ奥へと続いていくのだった。

「なんなんだアイツは。変なのはどっちだよ?」


── to be continued──


【ご注意】

なお本作は何らかの宗教的信条を伝えたり誘導するために書かれたものではありません。あくまでエンターテインメントの1つとしてお読み頂くようお願い申し上げます。

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