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踊らないではいられない【コラム】

 今回は踊りと神話についてのお話です。自作『葬舞師と星を見る楽師』の17話「真紅と珊瑚赤」18話「乱痴気の火付け役」の解題も兼ねて。

 かねてより気になっている神格がふたつあって、それはギリシア神話のディオニュソス(ローマ神話ではバッコス/バッカス)とインド神話のシヴァです。彼らが象徴するものには、舞踊、両性、享楽、放逸などと共通点が多く、起源を同じにしているのではないかという説もあります。
 ずっと気になっていると書いた通り、自分の詩の主題にしたり、小説にもたびたび登場させています。自身の創作の大きなテーマのひとつなのかもしれません。ご興味のある方は、ぜひ『アポロンの顔をして』と『花の矢をくれたひと』もご覧ください(宣伝かよ←)

 今回はふたつの神格のうちディオニュソスについて書いていきます。
 まず自作小説では主人公の舞師アシュディンが失意のもとに酒場を訪れ、快楽主義者の男に唆されて女装をさせられ舞台に立ちます。昂奮剤・媚薬入りの口紅を舐めさせられた上で。
 このシーンはギリシア悲劇のひとつ、エウリーピデース作『バッカイ〜バッコスに憑かれた女たち』のオマージュになっています。本劇はテーバイ国の女たちが異国の神ディオニュソス(ローマ神話のバッコス/バッカス)に唆されて山で狂乱しており、それを王ペンテウスが諌めようとする、という筋書きです。理知的で勇ましい王ペンテウスはディオニュソスの計略・幻惑にかかり、女装させられた上で狂気の山へと向かわせられます。

 この展開は、誘惑や狂乱に対する人間の理性の無力、として語られることが多く、ここでの理性とは「男らしさ」の中に含まれるものです。現代の価値観からすると男らしさと理性があまり繋がらないようにも思えますが、ギリシア哲学が男性によって先導されたことや、論理が常に男性の側から語られてきたことを加味すると、ひとまず納得はできそうです。

 またアシュディンは元々の伝統舞踏衣を脱ぎ捨てて、珊瑚赤コーラルレッドのドレスに身を纏います。これは理性・男性性の敗北の象徴として描いたものです。

https://greek-myth.info/GreeceTragedy/Bacchus-Women1.html より

 ドレスを珊瑚赤にしたのはこの絵画に着想を得て。また舞台となった店の名前を〈葡萄の冠グレイプ・クラウン〉としたのも、もちろんディオニュソスの頭上の飾りから取っています。

 続いて、アシュディンは破茶滅茶なダンスで乱痴気騒ぎを扇動しました。
 ディオニュソスの舞踏がどういうものだったのか具体的には見つけられませんでしたが、調査の中では、豊穣と多産を願うもの、エネルギーを放出するもの、秩序を破壊するもの、などのキーワードが出てきます。
 同じ系譜にある後世のダンスは常に、愛と肉欲、暴力などと結びついていたそうです。紀元後6世紀頃に存在していた、激しく放埒なカーニバルのダンスはディオニュソスに起源を持つとも言われ、思想家による次のような記述が残されています。

浮かれ騒ぐ民衆は、けしからん姿になる。まるで獣のようだ。男なのに女のような表情をして、しなをつくる者もいる。民衆たちは跳ね、足を踏み鳴らし、手を叩き、さらに恥ずべきことには、男女が輪になって一緒に踊っているのだ。
ジェラルド・ジョナス著、田中祥子・山口順子 訳
『世界のダンスー民族の踊り、その歴史と文化ー』
(2000年)大修館書店、p.47

 近代以降のダンスにはなりますが、サン・サーンスの歌劇「サムソンとデリラ」の中に「バッカナール」という楽曲があります。バッカス神を讃える酒宴の踊りです。調査ではどうしても視覚的情報が少なかったので、このバレエを自作の乱痴気騒ぎに取り入れてみました。

 ディオニュソスの舞踏の歴史は、常に哲学者や教会など理性による規制・弾圧とともにありました。詳細は割愛しますが、このようなダンスの秩序を破壊するものとしての側面がずっと恐れられてきたのでしょう。
 小説を執筆している中、また調査している中で、つい最近どこかで耳にした「人は躍らないではいられない」という言葉が何度も脳裏をよぎりました。2010年頃から展開された「風営法によるダンス規制」の報道の中で、クラブ文化を守ろうと立ち上がった団体代表(有名な方でしたが失念しました)がインタビューで発したものです。ここにも現代のディオニュソス的な舞踏への衝動が潜んでいるのでしょうか。ちなみに規制側の言い分は「男女間の享楽的な雰囲気が過度に渡る可能性がある」とのことで、ああここにも規制弾圧の歴史の続きがあるのかと、妙な感慨を得ました。
 「人は踊らないではいられない」は印象的だったので、性の放埒の含意も込めて、踊り娘ダルワナールのセリフに使わせてもらいました。

 最後に、快楽主義者による鞭打ちの話ですが、本来はもうちょっとノーマルというか、通常のエッチな範囲に収めるつもりだったのです。しかしディオニュソス的な踊りへの衝動を調べている中で「中世に自分の体に鞭を打ちながら踊った民衆がいた」という記述を目にして、それを書かずにはいられませんでした。笑
 1348年から1351年にかけてヨーロッパでペストが猛威をふるった時に、この〈鞭打ち苦行者〉が現れました。教会によって抑圧されていた踊りへの衝動が、伝染病の蔓延を終わらせたいという祈願とともに、このような奇異な文化として現れたそうです。ちなみに教会や民衆指導者らがただちに鎮圧に乗り出したのは、想像に難くありません。

 というわけで今回は舞踏と葡萄の神ディオニュソスについて書きました。
 拙著『葬舞師と星の声を聴く楽師』は基本的にはBLファンタジーですが、現実世界の神話や文化を絡めながら面白くしていきたいと思います。引き続きお読み頂けたら、著者も嬉しさにダンスせずにはいられなくなります←
 note神話部も併せてどうぞよろしくお願いします!

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